第4話「その事件は始まっていた」

 僕達、異世界警察いせかいけいさつ特務捜査官とくむそうさかんだって、重大な事件を担当することもある。

 そして、捜査一課そうさいっかの人手が足りなければ渋々駆り出されるのだ。

 そんな訳で、捜査一課の課長に言われるまま、僕はタュン・タップン警部と一緒に現場に来ている。凄惨な、凄絶な、筆舌ひつぜつがたい犯行現場に。


「大丈夫かね? ドッティ君」

「は、はい、一応は」

「私は駄目だ……うぷ」

「ちょ、ちょっと先輩! タュン先輩! 僕の外套がいとうに吐かないでくださいよ!?」


 今日の事件は、殺しだ。

 それも、尋常じんじょうじゃない。

 これはもう、殺しというより、だ。

 破壊の限りを尽くされた人体はもう、死体とはいえない状態で散らばっていた。流石さすがの捜査一課の強面こわもてさん達も、言葉を失っている。

 嫌に静かな室内には、タュン先輩が外でく音だけが聴こえていた。


「こりゃひでえな……おい、若いの。お前さんは痴女姫ちじょひめと違って平気そうだな?」

「ええ、まあ」


 酷く残念なことに、同じような状況を五歳の時に見た。

 目の前で起きた、両親の死だ。

 それ以来、どういう訳か変な耐性がついてしまったのだ。

 捜査一課のベテラン達は、思い出したように犯行現場の検証を始める。僕も手伝いながら、支持に従い規制線を貼る作業を始めた。

 自然と口数が多くなるのは、やはり捜査一課の刑事といえども人の子だからだろう。


「しかしなんてこった……死体らしい死体なんざ、どこにも残っちゃいねえ」

「全くだ。ミキサーにかけて粉々にしました、って感じだな」

「何だい? その、みきさあ、ってのは」

「異世界の勇者が持ち込んだ調理器具だよ。食材を自動的に刃物が滅茶苦茶めちゃくちゃに切り刻んでくれるのさ。こんなふうにな」

「それより、だ……これはもう、検死どころじゃないな」


 場所は、宿屋の別館だ。

 小さな一軒家で、お値段もまあまあ。

 そして、血塗ちまみれの冒険者証ぼうけんしゃしょうが身分をしめしている。

 しかも、それによれば被害者は……勇者だ。そう、神々によってこの世界に転生させられた、特殊な奇跡の力を持った異世界人なのだ。

 ようやく現場に戻ってきて、再度口を抑えたタュン先輩が背を向ける。

 出てゆく彼女と入れ違いに、刑事が紙片しへんを手にやってきた。


宿帳やどちょうから色々とわかりました。被害者は転生勇者番号1000175、氏名はシロウ・アマクサ。へえ、名字みょうじなんて持ってるのか。昨日の夜遅くこの街の宿に来て、そのままチェックインしてます」

「その後、来客は?」

「宿の人間が知る限りでは、ありませんでした」

「ふむ……しかし、手がかりがなさすぎる」


 血の海と化した客室には今、汚物おぶつ臓物ぞうもつにおいが充満している。

 だが、僕の心はいささかも同様しない。

 幼少期の思い出は、トラウマにすらなってくれなかった。

 それで僕は気付いたのだ……自分が、人間として決定的に壊れていることを。あるいは、両親を殺された時に壊れたのかもしれない。とにかく、残虐ざんぎゃくな行いや残虐ざんぎゃく極まる現場を見ても、なんとも思わなかった。

 勿論もちろん、このあと夕食に何を食べても平気だ。

 そんなことをぼんやり思っていると、一番年配の刑事が溜息ためいきと共につぶやく。


「これで17件目か……」

「なんです? それ」

「ああ、ボウズ。確か、ドッティとか言ったな……これは連続殺人なんだ。勇者連続殺人事件……この短期間で17件もの殺しが続いている。そのどれもが、常人ならざる力を持った勇者ばかりを狙ってるのさ」

「そうだったんですか……しかし、勇者をどうやったら殺せるんでしょう」


 勇者、それは超人の代名詞だ。

 一人が一つ、特殊な能力を持っている。

 そればかりか、肉体的にも精神的にも非常に頑強な人間である。そして、あらゆることから学び、経験を積んでさらに強くなる。

 神が呼び込んだ、魔王討伐のための戦闘民族みたいなものだ。

 戦うために召喚された、異世界の人間達……だからこそ不思議だ。

 我々より遥かに優れた勇者を、いったい誰が殺せるというのか。

 僕の単純な疑問に、年配の刑事は答えてくれる。


「まず、モンスター……それも、魔王が従える闇の軍勢だ。だが、これはありえない」

「どうしてですか?」

何故なぜって、街にはモンスターは入ってこないだろう? モンスターが街を襲うことはあるが、そんときゃ勇者に限らず街人全員が攻撃される。むしろ、勇者がいてくれたら戦ってくれるから、助かる確率は跳ね上がる。だが、戦いの痕跡もモンスターの死骸もない」

「ですね。じゃあ」

「同じ勇者なら、もしや……俺ならそう思うねえ」


 確かに、うなずける話だ。

 勇者だけが勇者を殺せる。

 勇者がそれぞれ持ってる特殊な力や、異世界から持ち込んだオーバーテクノロジー……まさにオーパーツとしか言えないアイテムの数々。それらを駆使すれば、勇者とて楽に殺せる可能性もある。

 そして、無数の勇者が魔王討伐のために戦ってる今は、どこの街にも勇者が出入りしてる。冒険者ギルドで冒険者証を持っていれば、それが信用となって誰にも疑われないのだ。


「ふむ、では容疑者は勇者」

「そういうこった。で、そうなるともう……俺等にゃお手上げさ」

「捜査しないんですか?」

「してるよ、十分に、慎重に。ただ、勇者と俺等普通の人間とじゃ、そもそも民族……いや、種族が違う。エルフやドワールと同じ亜人さ。同じ冒険者でも、勇者とそうでない者とじゃ天地の差があらあ」


 そんなことを話してると、不意に外の警官が「おい!」と声をあらげた。

 だが、その声をやんわりと遮って、一人の男がやってくる。

 振り向くとそこには、以前に迷宮ダンジョンで出会った聖職者……聖導騎士せいどうきしが立っていた。今日も輝く鎧にマント姿で、その表情は沈痛な面持ちだ。


「ここ、関係者以外は立入禁止ですよ。ガルテンさん」

「俺は関係者さ……死せる者のために祈るのも、俺の仕事だからね」


 そう、名はガルテン・ブラッベール。

 教会の枢機卿すうきけいにして聖導騎士。数多の勇者と違って、僕達の世界の人間でありながら……積極的に魔王の軍勢と戦っている。それだけの強さを持った屈強な騎士だ。

 つまり、彼なら勇者も殺せるかもしれない。

 一瞬そう思ったが、彼は静かに血の海にひざまずく。


「非業の死を遂げた魂に、よき幸運なる来世を。……TOトゥ LUCKラック


 ――幸運にTO LUCK

 これが、教会の祈りの言葉だ。

 教会は全ての街にあり、冒険者や街人達の救済のために奉仕している。主なる唯一神トゥラックの捧げられる祈りの言葉……TO LUCK。

 教会の教義では、神はトゥラックのみしか存在しない。

 トゥラックが無数の転生勇者を、救世主としてつかわしたという流れだ。

 あいにくと僕はそこまで信仰心が強いタイプじゃない。

 だから多分、死んでも蘇生率は二割を切るだろう。

 それに、ろくな死に方をしないだろうから。

 目の前の惨劇のように死体の損壊がいちじるしく酷い場合……魂が戻ってくるうつわがないので、蘇生はできないのだ。


「あれ? ひょっとしたら……?」

「ん? どうしたんだい、少年」

「あ、いえ……なんでもないです」

「しかし酷い事件だね。何故、救い主たる勇者ばかりを狙って」

「あれ? 知ってるんですか? 勇者連続殺人事件」

「教会も捜査には協力してるしね。耳には入っている」


 祈り終えて立ち上がったガルテンさんは、憂鬱ゆううつそうに溜息をこぼした。

 教会の信用は厚く、複数の国家が存在するこの大陸では、それぞれを繋ぐ役割を担っている。正規の冒険者や各国の騎士等、極めて限定された一部の人のみが、死んでも蘇生のチャンスが得られる。

 教会は他にも、その街の窓口として戸籍台帳こせきだいちょう等を管理していた。

 どこの国にも、王都や首都には荘厳な大聖堂があったりする。


「ところで、あの美しいレディはどうしたんだい?」

「あれ、そのへんで吐いてませんでした?」

「ああ、か弱い乙女にこの光景は辛いだろう……無理からぬ話だ」


 そんなことを言ってると、タュン先輩が戻ってきた。

 その手にはちゃっかり、口直しの茶が握られている。熱い湯気をあげるカップは二つあって、どうやら僕の分まで用意してくれたらしい。

 こういうとこ、意外と嬉しいんだよなあ。

 だが、げっそりした顔でタュン先輩は

 そして、難しい顔で天井を見上げて、右側のカップを僕に差し出した。


「今日の私はお茶よりコーヒーという気分だ。ドッティ君にはこっちをあげよう」

「ど、どうも。……さっき凄い吐いてたよなあ。ちょっと、なんか、ヤだなあ」

「ん? どうしたのだね?」

「い、いえ、何でも」


 ようやく落ち着いたのか、それとも胃袋が空っぽになったのか。

 捜査一課が忙しく働く中で呑気のんきにタュン先輩はコーヒーを飲み出した。そして、そんな彼女に向けられる捜査一課の面々の視線は冷たい。

 あの、僕まで一緒ににらまないでくれますか?

 手伝いたいんですよ、少なくとも僕は真面目に。

 だが、不意にガルテンさんをちらりと見て、タュン先輩は突然声をとがらせた。


「257件目だ」

「ん? 何だいレディ」

「勇者連続殺人事件……これで257人目の被害者なのさ」


 え? さっき確か、17件目って……それは?

 僕は耳を疑った。

 そして、ズズズとコーヒーを飲みながらタュン先輩は瞳を輝かせた。


「この事件は、十年以上前から続いている。国を変え、街を変え……大陸のどこかで毎日のように、勇者が殺され続けているのさ。そんなことができる連中は、いったいどういうやからだろうね」

「まったくだね、俺も許しがたいよ。だが、俺は祈ることしかできない」

「じゃあ、精々祈っててくれたまえよ? 事件は必ず私達が……うぷっ! んん!」


 あーあ、こんな所でコーヒーなんか飲むから……濃厚な血の臭いに再びやられたのか、急いでタュン先輩は出ていった。

 そんな彼女の背を、ガルテンさんはずっと見送っていたのだった。

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