崩れ始めた平穏

 場所を改めて、学校の外。帰宅途中、街のとあるカフェに来たわたし達。4人分、ケーキバイキングを注文すると、各々が色とりどりのケーキを自分の皿に取って、テーブルで向かい合っていた。


「改めて……私は東狐とうこ 玲奈れな。君のお姉さんの友人だ、以後よろしく」


 そう、クールに決めて名乗った東狐。


 癖の無い黒髪を肩のあたりまで伸ばした、ややつり目がちの怜悧な美人さんで、わたしより若干背が高い。


 日本美人風の容姿と裏腹に、口調や所作は何故か男っぽい。

 中等部の女の子にすっごい人気があって、よく手紙貰ってるのを見かけることがあるけど、別にそういう趣味じゃ無いと私達には言い張っていた、が。


 ……でも、あんた、席に座ってからずっとミステルちゃんの頭撫でてるよね? クール系気取りで格好つけて紅茶を啜ってても、誤魔化せてないからね?


 とはいえ、ミステルちゃんも、目を細めて黙って撫でられているから、別に嫌ではないみたい。あれは気持ち良い時の顔だ。


 ……嫉妬なんてしてないんだから。わたしは帰ったら存分にミステルちゃん分を補充できるんだもの。


「ちなみに、胸のサイズに触れると無言、無表情でベアクローしてくるから要注意だよ」

「そうだな、こういう風に。口は災いの元って言葉、知ってる?」

「あだだだたっ! ごめん、ごめんって!?」


 ――割れる、割れるぅ!?


「あはは、それくらいにしておかないと、この子が怖がっちゃうよー?」

「む、そうだな、すまない」


 もう一人ののんびりとした制止の言葉に、東狐が渋々といった感じで私の頭から手を離す……おー、いてて……


「 私は狸塚まみづか ひじりだよー。はい、ミステルちゃん、あーん」


 差し出されたケーキを、いつもみたいにパクっと口に含むミステルちゃん。さっきからベッタベタに甘やかしまくっている狸塚に、困ったような顔でこちらに助けを求めて来るけれど……まぁ、害はないよ、多分。


 若干色素の薄いミディアムロングの髪を、顔の横、片側だけ三つ編みに編んだ、どこか気の抜けるふわふわした雰囲気の女の子だが、今はいつも以上に顔が緩んでいる。


 ちなみに、こいつ、私達の中で一番背が低い癖に、一番胸が大きい。圧倒的に。時折、東狐に恨みがましく殺気交じりに揉まれて涙目になっているのを見かけるの。


 ……以前ミステルちゃんに言った、初等部の時は成長不良に悩んでたくせに、成長期になったら急成長した、というのは彼女の事だ。


 小柄、童顔、おっとり、しかも巨乳の気立ての良い美少女という事もあって、この子はすごい男子にモテる。

 しかし、本人はシスターとして活動している事もあり、今まで全て「私、神様に操を立てて居るから恋愛はNGなんですー」と、並み居る告白者をにこやかに一刀両断していた。通称『二百人斬りの鉄の乙女アイアンメイデン


 わたし? わたしは……何だろう、そういう恋愛っていう物に何故か全く興味をもてないの。

というか、初恋? みたいなものはあったんだけど、良く覚えていない。というのも、何か夢の中で見た気がする人だったから……一回初等部の時その事を他人に言ってしまったため、ものすごく笑われて、以降誰にも言ってないけど。


 ――覚えていないのに、時折その事をふと思い出し、まるでずっと一緒に居た半身が欠けたように、無性に切なくなる事がある。あれは……誰だったんだろう?


 ……っと、そんな事より……!


「きゃー、本当可愛い! なんか雛鳥を餌付けしてるみたい!」

「ちょっと、人の妹を餌付けしないで!?」


 ぼーっとしている隙に、ミステルちゃんが誘惑されてる!? 分かるけど、痛いほど良く分かるけど!!

 そんな狸塚に気をとられていると、反対側に居た東狐が無表情のままミステルちゃんを奪って抱き込んだ。


「うむ、抱き心地も悪くない。緋桜、これ私にくれ」

「あげるかぁ!?  お前、実は可愛いもの好きだろ、ねぇ!?」


 初めて見たわこんな東狐!?


 わいわいとかしましい私達に、一人ついていけてないミステルちゃんが、困ったように視線を彷徨わせていた。


「っと、ごめんねー自己紹介の途中だったね、どうぞ?」


 二人から解放されたミステルちゃんが、真新しいスマートフォンに文章を打ち込み始めた。

 ……そういえばこの子、スマホで文章打つの早いなぁ。


『ミステル・ヴァレンティン、です』


 皆にそう書いた画面を見せてから、姿勢を正してぺこりと膝を揃えてお辞儀するミステルちゃん。


「おー、礼儀正しいなぁ、よしよし」

「所作が本当に綺麗よねぇ、これぞお嬢様って感じで」

「……どうせガサツですよーだ」


 これでも、ちゃんとした席ではきちんとTPO弁えてるんだからな、と口をとがらせて拗ねる。

 ……もうちょっと、勉強した方が良いかもだけど、と、ミステルちゃんを見ていると思うけど。お姉ちゃんとしての誇りの為に。












「それじゃ、また明日。ミステルちゃんも、またね?」

「じゃ、またな」


 店を出て、狸塚と二人、帰る方向の違う緋桜達と別れる


「可愛い子だったねぇ」

「そうだな、本当に居るんだな、ああいうの」


 狸塚の言葉に同意する。サラサラな髪は触り心地が良く、つい撫で過ぎてしまった。大人しいのも良い。邪魔になる事もないだろうし、可愛いものは好きだがうるさい子供は苦手な私も、あれなら近くに置いて愛でたいくらいだ。


 ――さて。


(……東狐ちゃん、左、お願い)

(……了解、右任せた)


 小声で素早く相談する。狸塚が、胸の十字架を手に取ると、何かを祈り始める。


 向かいから歩いて来た、大学生と思しき二人組……先程喫茶店で見た顔だ……とすれ違い様、その首に、鞄にいつでも抜けるように仕込んだ軍用ナイフを閃かせた。


「――がっ!?」

「――ぐぅ!?」


 見ると、狸塚が袖から短剣ミセリコルデを閃かせ反対の男の首元あたりを薙ぎ、何事も無かったように仕舞っていた。


「おっと、危ない」


 崩れ落ちたお兄さん達を、倒れる前に抱きとめる。そのまま、道路脇にあったベンチに座らせた。


「あの、大丈夫ですか?」

「……あ、あれ、ここは……? 」

「俺、どうして……」


 男達は、少し揺するだけですぐに目覚めた。

 まるで、突然具合を悪くして意識を失った彼らを献身的に看病するかのように、テキパキと対応している狸塚。


 おー、よくよく考えれば不自然な筈なのに、周囲の奴ら、あいつの行動疑ってないわ。見知らぬ男達でも甲斐甲斐しく看病する親切な女の子に、ポーッとした目を向けている。相変わらず、お特なキャラしてるな……羨ましくは無いけど。


 おそらくまたあいつの被害者が増えるであろうことを予測して、心の中で合掌した。








 すぐにまた元気になったお兄さん達を見送ってしばらく、周囲の人目も減って着た頃。


「これで、こっちに来たやつはは全部……かな?」

「かな? 他は皆散ったみたい」


 周囲を見回し、それらしき人影は残って居ないのを確認する。


「そうか……いつも助かる。こいつらはお前が居ないと、私だけじゃ駆除できないからな」


 男たちの首の後ろに引っ付いていた、気味の悪い虫をぺっと投げ捨てる。


 最近、緋桜の周りに、こういう連中が増えた。


 ……自慢するわけでは無いが、私と狸塚、それと緋桜は、それぞれタイプの違う美少女だと自覚している。それがこうして目立つ聖薇の制服を着ていれば、視線が集まるのは当然だろう。それに加えてあのお姫様ミステルも一緒であれば尚更だ。


 しかし、その中で一番男の目を引くであろうのは……腹立たしいが……狸塚だろう。容姿であればあのお姫様に軍配が上がるだろうが、いかんせん欲情対象にするには幼過ぎる。


 だが、お茶の途中、狸塚と一緒に一度お花摘みに見せかけて様子を探ったが、皆、緋桜達の方から注意を逸らさなかったから、やはり目的は向こうだったんだろう。


「いいのいいのー、本来は私達『修道会』のお仕事なんだから。むしろ、手伝ってくれて助かってるわ」


 ……私は、実のところ緋桜の父親の部下で、初めは護衛任務で傍に居た。といっても戦闘力は緋桜の方がずっと上だから、本当の本当の役割は、何かにつけて勧誘してくる修道会の牽制だけど。


 狸塚は、逆。修道会側の監視役。


 本来いがみ合っている間柄なのだけれど、緋桜に付き合っているうちにそんなことはどうでもよくなり、気が付いたらそんなの関係なしに、友人、兼相棒になっていたがそれはそれ。


「どうやら、終わりじゃないみたいだし」

「……だな。こいつは、初めてだ」


 いつの間にか、夕暮れ時にはちょっと日が高い位だったはずの空が、赤く染まっていた。

 夕日ではない、月だ。それも、やけに禍々しい赤い月。ここは、現世うつしよから隔絶かくぜつされた亜空間内。


 報告には聞いていたが、実際に遭遇したのは初めてだ。力のある、『魔神』と誰ともなしに呼んでいる狸塚たち修道会の連中の敵が、獲物を引きずり込むための亜空間。


「『裏界りかい』……って言ったっけか、これ」

「うん……気を付けてね、こうなると何が出て来るか……」


 狸塚がそう言った次の瞬間、地面から、じわりと染み出すように黒い影が現れたかと思うと、みるみる大型のオオカミのような姿になっていった。


「こいつら……いつもの雑魚とはちょっと違うな」

「宿主持ちかなぁ……面倒だよぉ……」


 泣き言を言いながら、狸塚が首から十字架を外すと、カバンから取り出した水のペットボトル……一応聖水らしいけど、ものすごくありがたみないなといつも思う……をその十字架へ掛けていく。すると、みるみる水が刀身となり、細身の長剣となっていった。


 聖水剣。この女のメインウェポンだけど、持ち歩き楽そうで羨ましい。こっちは公的に持ち歩くには特殊な届け出をしないと駄目なのに。不平等さを感じながら、カバンから黒い塊を取り出す。


「ほらよ、壊すなよ」

「いつもありがとー、東狐ちゃん」


 私が投げ渡した予備の銃に、コイツがポケットから自前の弾倉マガジン……中身は、修道会謹製の、退魔の力を籠めた銀弾、福音弾ゴスペルとかいう物が詰まっているらしい……を取り出して装填するのを横目に、私も自分の武器を出す。

 見た目はサブマシンガン……MP7A1。中身は緋桜のお父さんに相当魔改造されているらしいけど、詳しいことは知らない。


「犬型……『アザービースト』二匹か……そっちは任せたよ」

「はいはい、おっ任せー」


 緩い口調で狸塚が背後の一頭と切り結ぶのを確認し、その背後を突こうと動き出そうとしたもう一頭の足元へ数発けん制に打ち込む。


 悔しいけれど、こいつら相手はメインは狸塚……祓魔師エクソシストのあちらで、私はサポートしかできない。だけど、まぁ。


「背中を守るくらいは、きちんとこなさないと、ね」


狸塚が一対一を落ち着いてこなせるように、私はもう一体と対峙した。






 結局戦闘は、たいして時間もかからず、特に苦戦もなく片付いた。少し拍子抜けするくらいだ。


「なぁ、やっぱりそのゴスペル分けてくれない?  私も使えた方が楽になる気がするんだけど」

「だーめ、一応部外秘なんだからね、これ。今でさえあまり良い顔されないのに、そんなことしたら私が怒られるんだから」


 まぁ、そうだよな。

 銃なんて引鉄ひきがねさえ引ければ誰でも撃てるもんだ、そんな弾が出回ったら、それで食ってる祓魔師も商売あがったりに違いない。


 ……世知辛いなぁ。


「……仕方ないか、それじゃ、家まで送……」


 送ろう、そう言おうとした、が。


「ねぇ、東狐ちゃん。裏界、解除されてない……よね?」

「……っ!?」


 そういえば、そうだ。この世界はそれを作った魔神が居なくなれば崩壊するはず……!?




 ――パチパチパチ


そんな時、場違いに呑気な拍手が背後から聞こえてきた。


「――誰だ!?」


咄嗟に、銃を向ける。狸塚も、驚きながらも剣を構えた気配が伝わる。


「へぇ。邪魔になるお邪魔モブとしか思ってなかったけど、案外やるものだね君達」

「……あんた、誰?」


 気がついたら、近くに若い、中学生か……? 男が居た。身なりの良さそうな格好に、割と整っている顔。一応イケメンの部類なんだろうけど、浮かべた薄ら笑いがいやらしく見えて、はっきり言って嫌いなタイプだ。


 ……が、何だ? つい最近会った、誰かに少しだけ似た面影を感じる……?


「……気をつけて、東狐ちゃん、こいつが宿主だ」

「……ま、こんな所に居る奴が一般人なわけ無いよな」


 そう、改めて、銃を構直した。


 ――構え直そうと、した。




「……があっ!?」


 ――動こうとしたその瞬間、手足、それと腹と胸に、熱い火箸を押し付けられたような熱さ。


「東狐ちゃん!?」


 狸塚の悲鳴に、私が、足元から突き出した影に、全身貫かれたのだと遅れて理解した。


「……う、あ……がはっ!?」


 ずるりと全身を貫く影が抜けた瞬間、支えを失った体には力が入らず、がくりと膝を着く。

 息苦しさに、喉に詰まった何かを吐き出したら、目の前の地面がびちゃびちゃと赤黒い何かで染まる。


 ――あ、これ、ヤバ……い……


「安心しなよ、殺しはしないから……そっちの祓魔師のお姉さんはちょっと邪魔だから、僕と一緒に来てもらうけど」

「狸、塚……っ、逃げろ……っ!」

「で、でも!?」

「あー。逃げたら、気晴らしにそっちのお姉さんに八つ当たりするかも知れないなぁ?」

「……っ!」


 その言葉に、狸塚が泣きそうな顔で剣を構え直した……この、野郎……っ!


 足を引っ張ってしまったという悔しさに、唇を噛む。しかし、体は動かない。痛みと出血に、私の意識は、どうする事も出来ずに闇に飲まれて行った……

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