マインドリンク

 さて、わたしがやる、と大見得を切ったのは良いけれども。

 東狐と狸塚が出て行ったのを確認すると、レティムに質問をぶつけてみる。


「レティム、正直に言って欲しいんだけど……今回、わたしが勝てる見込みは、はっきり言って相当低いわよね」


 これは、疑問と言うより、確認だ。


(はい……正直なところ、緋桜さんの魔力量では、ほぼ間違いなく先に力尽きるのは緋桜さんの方です)

「でしょうね……」


 お父さんが言うには、わたしの魔力量はこの世界の魔術を嗜んでいる者たちの中で、平均より少し上程度、らしい。

 そんな魔力を燃焼させて使う『Burn Out』は、使えば使うほどに強化魔法の性能が落ちていく。

 要するに、時間が経てば経つほどわたしは足手まといになっていくのだ。


(ですから、僕からの提案です、マスター……緋桜さんと、リンクを繋ぎましょう)


 腕の中で、ミステルちゃんがピクリと震えた。


「あー……それ、何?」

(二人の間に経路を通して、魔力と思考を共有させます。痛みもお互いにフィードバックされるのが難点ですが、マスターの豊富な魔力を緋桜さんも使えるようになるので、継戦能力は格段に上がるはずです)


 なるほど、妹の力を借りてようやく戦えるというのはお姉ちゃんとして情けなくはあるけれど、ワガママを言っている場面でもない。


(マスターが、緋桜さんにあの事を知って欲しく無いのは重々承知していますが……今は、この場を切り抜ける事だけ考えましょう……?)


 あの事?

 気にはなるけれど、何やら葛藤しているこの子の様子を、黙って見守る。


『わかった、やる』


 どこか悲壮な雰囲気を滲ませて、頷いた。


「それで、何をすれば良いの?」

(施術は僕の方でやりますので、まずは体液……血液をお互い少しだけ体に取り込んでください)

「ふーん、血ね……指でいいの?」

(いえ、粘膜が望ましいです)

「ほうほう粘膜……粘膜!?」

(どうかしましたか?)


 見ると、レティムが、ミステルちゃんが小さく出した舌を少しだけ爪で切っていた。そんなあの子は、早く済ませよう? とでも言いたげにこちらを首を傾げて見ている。


 ……いいわよ、やってやるわ!


 ブツっと舌先少しだけ歯で切ると、大人しく座っているミステルちゃんの細い肩を掴んだ……






 うわー、うわー……まさかファーストキスの相手が小さな女の子になるとは思ってなかったよぅ。なんだかいたたまれたい雰囲気が場を満たし、目が合わせられない。


(あの……続けても良いですか?)

「ひゃい!? ど、どうぞ!」

(確認しますが、この術が成立すると、お互いの考えている事がある程度筒抜けになりますが……良いんですね、二人とも?)

『恥ずかしいけど、良いよ』

 ミステルちゃんが、そうスマホに打って見せた。


「わたしも、構わない」

(では、初めますね)


 レティムが、私達の間で、術の詠唱をはじめた。徐々に、胸の上、心臓の上あたりが燃えるように熱を持ち始める。

 視線を落として見ると、光る魔法陣みたいなものが、刻印されて行くのが見えた。


 ……大丈夫、一緒に居た日数はまだまだ短くても、わたしのこの子を思う気持ちは本物、知られて困る事は無いわ。




 ……あれ? 何かが思考の端に引っかかった気がする。何か大事な事を忘れているような




 ……


 …………


 ………………


 …………………あ゛。




 あるわ。めっちゃあったわ。知られて困る事。


「ちょ、待っ……!」


 急ぎ静止しようとした瞬間。眩い光が部屋を満たし、術が完成してしまった。


「……?」


 怪訝な表情で、突然慌て出したわたしに首を傾げるミステルちゃん。どうかお願い気が付かないで……!


「…………!?」


 びくっと驚きに目を見開き、だんだん顔が真っ赤になっていくミステルちゃん。ひぃ、気付いた!?

 駄目よ、考えるなわたし、記憶よ消え去れ……!


「!?!?!?」


 ……って無理だよう! 考えないように意識したら余計に、指先の感触まで鮮明に!


 ああ、ミステルちゃんがどんどん真っ赤に。視線をあちこちに彷徨わせてすっかりパニックだ。


 ……目の前で自分より慌てる子が居ると、冷静になるよねー。


(あ、ああああの!? おね、お姉ちゃんこれ……!?)


 おー、すごい、心の声が聞こえてくるわ。澄んだ鈴の音のような声。喉が無事だったらきっとこんな可愛い声だったんだねー。


 だけど、一個言って良いかな。




 ――こんな状況で初めて聞きたくなかった……っ!




 心の中で、天に向かって慟哭した。とりあえず、あれだ。


「応急処置だったんです、すみませんでした……っ!」


 土下座した。





(……うん、はい、大丈夫、事情は分かってるから……むしろ、助けてくれて感謝してるから……ね?)

「本当、ごめんね……こんなの、見せられても恥ずかしいだけだよね……」

(それは……うん、恥ずかしい、けど……私こそ、ごめんね? あんなところ、その……汚かったよね?)

「そ、そんな事なかったよ! 綺麗で、可愛……い、いやいや、何言ってんのわたしぃ!?」


 慌ててフォローしようてして、とんでもない事口走りそうになったぁ!? そんなとこ誉められて喜ぶ人が居るかぁ!!


 すっかり真っ赤になって、枕に顔を埋めたミステルちゃん。あああ、なんか頭から蒸気噴き出しちゃってるじゃん!視線を合わせにくいのか恐る恐る上目遣いでこちら見て……


(……その、確かに恥ずかしかったけど……大丈夫、気にしないで……お姉ちゃんなら…………いい、よ?)


 ――一瞬、意識が飛んだわ。いや、飛んだのは理性だわ。


 ビクッと震えたミステルちゃんに、ギリギリで襲いかかるのを堪えれたわ。


 落ち着けー。落ち着けわたしー。

 わたしは百合趣味じゃないからねー。

 この子が相手ならそれも良いかな、なんて思ってないからねー。


「ごめん、ミステルちゃん。それ禁止。次は耐えれないから」

(あ、はい、ごめんなさい……?)


 よし、一回落ち着こう。深呼吸だ。

 いやぁ、甘く見てたわよ、精神同調。色々ダダ漏れってすごい恥ずかしい。あとこの子の内心が素直で良い子で可愛すぎて辛い。



「それにしても……そっか、君は、あの時に会うずっと前からわたしの事を知っていたのね」


 次々と流れてくるミステルちゃんの記憶。この子は、私にこれらの記憶と無縁でいて欲しかったからさっき渋っていたのね。

 今にして思えば、あの月明かりの下で初めて会ったとき、この子が泣いていた理由がよく分かる。


 そっかー前世が勇者かー。背中がこそばゆいなぁ。


(ごめんなさい……私は、ずっとあなたに、前世のヒオウの影を重ねて見ていました……幻滅、した?)

「ううん、そんな事無いよ……君は、そんなに……まぁ、今のわたしではないのかもしれないけれど、そんなにもわたしのことを思っていてくれてたのが、嬉しい」


 生まれてから何百年、そしてこちらに生まれなおしてからも今までずっと。そんなに一途にわたしのことを思ってくれていた、いじらしいこの子に、より一層の愛おしさを感じた。


「でも、ごめんね、わたしはそのことを何も覚えていない。世界の勇者なんてわたしの柄じゃないと思う」


 当然だろう。前世のヒオウと、今生の緋桜では、生きてきた経緯が違う。お父さんに助けられ、暖かい家族が存在し、友人にも恵まれた。何を捨てても人の為に、なんて割り切る事は絶対にできない。


 ……一人、例外ができた、けどね。


「だけど……わたしは、君の勇者になりたい。今はまだまだ弱くて、君に守ってもらわないといけないけれど……でも、この思いは本当だから」


 そっと、眼前の、実はまだずっと小さく震えていた体を抱きしめる。


「だからお願い……あなたの、本当の気持ちを……わたしに言いたいことを、ちゃんと言って?」


 そのまま抱き締め続けていると、やがてポツリと、その思念は流れてきた。


(……怖い)

「……うん」

(怖いよ、お姉ちゃん……)

「うん、うん、怖かったよね、辛かったよね……っ!」


 ぎゅっと、震えるこの子を胸に抱き締め直す。胸の中に、何があったのか流れ込んで来る。


 これだけの目に遭って、尚も私達を守ろうと立ち上がったこの子は、本当に凄いけど……弱音くらいは、吐いて良いんだよ……っ!


(…………お願い、助けて……っ!!)


 ようやく、ミステルちゃんがその言葉を口にした。


「……うん。絶対、今度こそ、助ける……あなたは、わたしが守る……だから、貴女も、わたしを守ってくれるかな?」

(うん……うん……! 絶対、守るから……!)


 一人じゃ戦えない、妹の補助が無いと駄目なお姉ちゃんだけど……


「わたしも、君を、絶対守る。二人なら、勝てるよ、絶対に……」


 そのまま、この子が泣き疲れて眠りに落ちるまで、わたしはこの子を抱き締め続けていた――……

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