母の肖像
「買い物に行きましょう」
一晩明けて、この家へ来て二日目。
今日は日曜日という事で、二人ともお休み。皆のんびりと起き出して来たその日の朝。
お父さんの作ってくれた一つ目の目玉焼きと、ソーセージを一本、それと小さなライ麦? のパンを一個にハムとチーズを乗せたもの。あとは大きなボウルに盛られた、各々取り分けて食べるサラダ。
そんな朝食をむぐむぐしていると、そのお父さんからそう切り出されました。
私の眼前のお皿の光景は寂しく見えるかもしれませんが、私はこれしかお腹に入らないのです。
お父さんやお姉ちゃんは、卵二個使った目玉焼きに、ソーセージやパンの量も私の倍です。
……少しずつ、食事量も増やさなければいけませんね、と、お父さんは頭を抱えていました。ごめんなさい。
ちなみに、レティムのご飯も同じソーセージでした。ペット用のソーセージにするか悩んだみたいですが、本人が「同じものがいい」と言っていたので、そちらを優先させてもらいました。
本当は、犬用にするには……犬は汗として塩分を排出できないとかなんとかで……塩分が多くてよくないらしいのですが、彼は私の使い魔で、本性は竜であると知っている二人は、首を捻りつつOKを出してくれました。良かったですね。
それはさておき、口の中でむぐむぐしていた食べ物をよく噛んで飲み込むと、テーブルに備え付けられた筆談用のメモ帳とペンを手に取ります。
『買い物?』
「はい。女の子が、着替えもろくに無いのは頂けません。私がまだ休みの内に、必要な物を揃えてしまいましょう」
「あー、私も明日から学校だからなぁ。賛成賛成! 私も行きたい!」
目を輝かせて勢いよく手を上げるお姉ちゃん。ああ、これ着せ替え人形にされる奴ですね分かります。
前世でも色々着せられましたねぇ……あの時は、一番好評だった執事服で居ることが多かったですが、女の子になってしまった今回はどうなるやら。
「勿論、女の子同士ですので、頼りにしてますよ、緋桜」
「やったぁ!」
ガッツポーズまで加えて全身で喜びを表現するお姉ちゃん……少し、覚悟をしておきましょう。
「それに、午前中は窓の施工の人も来ますので。その間は家から一時退避です。緋桜、着替えが終わったら、ミステルちゃんへUVカットクリームを塗ってあげてください」
「はーい任せて! ミステルちゃん、お姉ちゃんが隅々まで塗ってあげるからねぇ……」
指をわきわきさせて迫ってくるお姉ちゃんに、正直な感想を書いて突きつけます。
『おねえちゃん、きもちわるい』
「……ぐはっ!?」
クリティカルヒットして撃沈したお姉ちゃんをよそに、私は自分の朝ごはんを食べ終えて、流し場へと食器を持っていきました。
ついでに、キッチン周辺を見渡します。調理器具、一杯あるなぁ。頭の中で、この場で作れそうなものを色々考えながら、水桶にぬるま湯を張ってそこに食器を浸しました。
(料理、作りたいんですか?)
(はい……こう、調理場を見ると、前世を思い出して色々作りたい欲求が……)
前世の料理研究を趣味にしていた血が騒ぎます。今生ではまだ一度も台所に立っていませんから、腕は鈍っていそうですが。
(ですが、子供に火や刃物を使わせてくれるかどうか……)
(そうなのよねぇ……)
あとで相談してみよう。そう決めて、ようやく復帰して急いでご飯を食べ始めたお姉ちゃんに、先に戻って待っていると告げ、階段を上りました。
支度が済んで、車に乗り込んだ私達。
私は以前のものによく似た黒のワンピースとカーディガン。黒い大きなリボンで耳の後ろあたりの髪を少し掬い、後ろで留めています。亡くなったのは何年も前ですが、一応、お母さんの喪に服している意味もあるのでしょうか。
お姉ちゃんはホットパンツにパーカーという、活動的な出で立ちで、髪も後ろで捻って後頭部でバレッタで止めたいつもの髪型。
すらっと長い手足と、引き締まってスレンダーな体と相まってどこかのモデルみたい。というか、うっすらと割れてるんですね、腹筋。
お父さんは何の変哲もないスラックスとチェック柄のシャツですが、清潔に、短めに刈り込んだ髪を適度に無造作に流して7:3に分けて整えたその様は、これまたどこの俳優かという出で立ちです。
……二人とも、わりとラフな格好な筈なのに、立っているだけで存在感が半端ないです。
こうして並ぶと、私は二人に並んで歩くのに不釣り合いなちんちくりんなのではないかと心配になります。幼児体形ですし。イカ腹ですし。
……まだまだ慌てる年齢じゃない、これからもっと成長するのだ……そう自らに言い聞かせて、車に乗り込みました。
目的地へ向かう前に、周辺で張り紙をさせて貰っていた方々の所へ挨拶らしいです。
そうして、最初に向かったのは家から車で五分もかからない場所にあったスーパーマーケット。
「それじゃ、もう張り紙は良いのか」
「はい、無事行方も分かり……妹の娘もこうして保護できたので。本当に、長い間ご協力ありがとうございました」
お父さんが、やや強面な、しかし優しい目をした、店長だというおじさんと会話をしていました。
「そうかい、妹さんの事は残念だったが……お嬢さん、見つかって良かったなぁ。嬢ちゃんも、これからよろしくな」
「ほら、大丈夫だよ、挨拶しなさいな?」
「……(こくり)」
促され、隠れるようにしていたお姉ちゃんの体の影から出る。返事のかわりに、軽くスカートを摘んで膝を軽く曲げ、頭を下げて礼を返すと……
「はは、父ちゃんに似て礼儀正しい嬢ちゃんだ。それに大層なぺっぴんさんじゃねぇか」
そう大笑いして、ゴツゴツした手が、グリグリと頭を撫でられました。突然首がぐわんぐわんする程の強い力で撫でられて、目を白黒させます。
「何かあったら遠慮なく頼ってきな、従業員や家族にも、見かけたら気にかけておくように言っておくぜ……で、いいんだな?」
「はい。助かります。特にこの子は声が出せませんから……」
「そうか、何かあっても助けも呼べねぇのか……まだ小さいのに可哀想になぁ、分かった、より気をつけるように言っておこう」
大人同士での会話になってしまったので、視線を移すと、レティムが周囲を不思議そう見回していました。
(あ……ここ、見覚えがあると思ったら)
(レティム? 来た事があるの?)
彼の口から語られたのは、私が監禁されている間の冒険でした。
私の母にあたる人が行方を眩ませた場所に行けば、まだ探している人が居るかもしれない、その一心でここまで来て、何ヶ月かさまよった末に見つけたこの人探しのチラシを早希さんの目に触れる場所に置いたのだと。
本当は、すぐ私の所へ駆けつけたかったそうですが、無茶が祟り、その後しばらく休眠に入ってしまい、気がついたのはあの日の夕方だったそうな。
(その時、広告を手に入れたのがまさにこの店でした……今思えば、あの時はマスクをしていたため分かりませんでしたが、緋桜さんにも会っていたかもしれません)
(あなた……こんな遠い場所まで、頑張っていてくれてたの……)
(はい……長い間、一人にしてしまってすみませんでした)
(ううん、そんな事ない、あなたのおかげよ、こうして居られるのは。ありがとう、本当に)
万感の思いを込めて、彼の小さな幼体の体を胸に抱き、もう一度、手触りの良い彼の体をひと撫ですると、張り紙を見せて欲しい、と、緋桜に視線を送ります。
「ん、見たい? ……ってそりゃそうか。はい」
彼女の見せてくれた紙には、まだ今の緋桜くらいの年齢の、綺麗な女の子が、写真の中で微笑んでいました。
……私は、母親似ですね。今はまだ幼いですが、成長したらこの写真の女の子に近い容姿になっていくのであろう、部分的に似た雰囲気のパーツが多数見受けられます。
『この人が、お母さん?』
レティムを解放し、帳面に書いて尋ねる。
「うん……綺麗な人だよね」
『あと、優しそう』
「そうですね……優しい子でした。だから私達みたいな魔術師にはならず、普通の人として幸せになって欲しかったのですが……今思うと、身を守る術だけでも教えて置くべきだったと時折後悔しています」
後悔の滲む表情で会話に入ってくる、店長さんとの話を終えて戻って来たお父さん。
――私という望まぬ子を胎に宿したはずなのに、どのような気持ちでそれでもこうして産み、世界に送り出してくれたのでしょう。それも、自分の命まで賭して。
――生きていたら、この人はどんなお母さんになっていたのでしょう。
……全て、もう知るすべのない架空の話です。ただ、私を産んだというその少女の姿を、頭に刻み込みました。
――それでも、貴女が私をこうして産んでくれたおかげで、こうしてまた大事な人に逢えた。だから……ありがとう、お母さん。私を産んでくれて。
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