初めての街でお買い物
駅前の駐車場に車を止め、日傘を差して外に出たそこは……ビルが立ち並び、ひっきりなしに人が行き交う都会でした。
(……はぁ、北の端の都市と聞いて居ましたが……これは、予想以上に凄いですねぇ)
(僕は、少し離れた場所を姿を消してついていきますね)
(……うん、踏まれないように気をつけてね?)
目的は地下街らしく、普通であれば入れないため、姿を隠し付いてくる彼。何だかんだで、彼が近くに居てくれるのは心強いです。
とはいえ気を抜いたらすぐに逸れてしまいそうで、後から出てきたお姉ちゃんに駆け寄ると、その手を握ります。
……邪魔じゃないかなと見上げてみると、上機嫌に相好を崩したお姉ちゃんが、きゅっと手を握り返して来ました。
……甘えるって、こんな感じでいいのかな?
嬉しそうだから、きっとこれで良いのでしょう。多分。
「えへへ……それで、お父さん。買い物と言っても、最初は何処に行くの?」
「そうですね……まずは携帯電話を契約していきましょうか」
電話? と首を傾げます。
「えー? 服じゃないの?」
お姉ちゃんも若干不満げ。ですが、お父さんは頑として譲りません。
「いいですか、緋桜。私達がまず第一に考えるべきは、可愛い娘、可愛い妹の安全です。携帯電話自体は所詮は副産物、私は……一刻も早く、GPSを持たせたい!」
拳を握って力説するお父さんに、良く分かりませんがとりあえず拍手をしておきます。「ありがとうございます、良い子ですね、あなたは」と頭を撫でられました。
「……ちょっと大げさじゃないかなぁ。契約に時間かかるし後からでもよくない?」
「何を言いますか!?」
どうやら早く
「よーーー……く、見てください! 一刻も早く、安全を確保しないといけないと思いませんか!」
「……確かに!? ミステルちゃん天使過ぎるから、きっと変態も一杯寄ってくるわ!」
ガーン、と音のしそうな表情で、同意するお姉ちゃん。
その二人のやり取りを、私はどう反応したらよいかわからず一人冷めた目で見ています。
「というわけで、納得いただけたところで携帯を見に行きましょう!」
「おー!」
元気いっぱいに出発する二人。微笑ましい物を見る目が集中する中、私は二人に両脇を挟まれ、ぶらんぶらんと連行されるのでした。
……とりあえず、分かった事があります。私達一行がとてつもなく目立つという事が。
すれ違う人みな振り返って来ます。視線を感じ目を向けると、だいたい本当にこちらを見ており、さっと視線が外されます。中には二度見する人も少なくありません。
お父さんもお姉ちゃんも、目立つタイプの美形ですから仕方がないのでしょうが……
「ありがとうございましたー!」
元気なショップのお姉さんに送り出され、店を後にします。
「親切な店だったねー」
「はい、最近のキャリアショップはこれほど手厚く歓待してくれる物なのですね、初めて知りました」
ニコニコと上機嫌で店を後にする二人。
駅の地下にあった携帯電話のお店。お父さんが契約の話を進めている間、窓際の席に案内され腰掛けた私たちは、店員さん達から手厚く歓待を受けました。
待っている間、頻繁に出てくるお菓子。例によって眼前に差し出された物はつい口に入れる癖のある私は、店員のお姉さんが差し出してきたお菓子をつい少し食べすぎてしまいました
『ちょっとお腹いっぱい』
「だよねぇ、ミステルちゃんがお菓子頬張るたびに、歓声上がってたし、みんなこぞってお菓子食べさせようとしてたもん」
そうなんですよね、何故でしょう。こちらに来るのかよく分かりませんでした。どちらかといえば、お姉さん方の目的は、その様子をニコニコと見守っていたお父さん狙いだと思うのですが、何故私に来ていたのか。子供好きアピールでしょうか?
ただ、まぁ……
『悪い感じはなかった、いやじゃない』
「……そっか、良かったね」
頭を撫でるお姉ちゃんに、こくんと頷くと、窓の外から店員さん達に手を振ってから、前を歩くお姉ちゃんに小走りで追いつき再び手を繋ぎました。
……後ろで大きな歓声が聞こえましたが、何でしょう。お姉ちゃん達に遅れないように必死な私には、確かめる事はできませんでした。
お姉ちゃんと手を繋ぎながら、真新しい携帯電話……スマートフォンの画面を不思議そうに触れては首を傾げる。
(どうしました、マスター。何か気になる事でも?)
(ううん、ただ……少しだけ、レスポンスが気になるかな)
比較対象は、先日『
(……あるいは、今度変身した際に改造してしまいましょうか?)
(壊しても知りませんよ、僕は)
(うっ……そうですね。私の専門ではないですからね……)
やはり慣れるしかないかな、そう考えていると、手を引いて歩いていたお姉ちゃんが立ち止まりました。
「さて……まずはココよね」
そう言って、まるで決戦の地を前にしたような気合いに満ちた佇まいで、お姉ちゃんがまず足を止めたのは……危惧していた最大の難所、カラフルでフリフリな布で煌びやかに彩られ、入ろうとする者を威圧するそこ。
……女性用下着コーナーでした。
「じゃ、私は向こうでコーヒーでも飲んでるから」
間髪入れず、お父さんが、爽やかな笑顔で緋桜にカードらしき物を握らせ、そそくさと立ち去りました。
『逃げた』
「逃げたねー」
かくいう私も、今の生物上の性別は女性ですが、若干逃げ腰気味です。このフリフリヒラヒラの空間はちょっといたたまれません。
「はいはい、ミステルちゃんは逃げちゃダメよー」
そんな私の事などお構いなく、お姉ちゃんは私の手を掴むと、ずいずいと店の中に踏み込んで行きました。
「すみません、お姉さん!」
「はい、何かお探しでしょうか?」
さくっと店員を呼び止めると、隠れようとしていた私の背中を押して前に立たせてしまいます。
「この子、初めてでサイズが分からなくて。計って欲しいんですけども」
「はい、こちらのお嬢様で……っ!? し、失礼しました、こちらのお嬢様のサイズですね、こちらへどうぞ」
あ、一瞬私を見て固まりました。そうですよね、こんな色だからびっくりしますよね。
それで、流石はプロのお姉さん。すぐに立ち直ると、試着室に案内され、メジャーを取り出して胸、腰、お尻と手早く計測を終えてしまいました。
「……お嬢様の体型ですと、まだ本格的なブラジャーは少し早そうです。こちらのような物が入門ようによろしいかと」
そう言ってお姉さんが手に取って見せたのは、ブラジャーとインナーの中間みたいなフリフリなタンクトップみたいな下着。
「あと、サイズは大体この辺りで」
「ありがとうございます、それじゃ、そのセットと、あと、似たようなのをもう二つくらいお願いします、あとはこの辺りで探してみます」
「お役に立てて何よりです……可愛らしい妹さんですね?」
「へへ、でしょー? 本当もう可愛いくて可愛くて。あ、ロリータみたいな服も着せたいからこういうのも良いかも」
「でしたら、こちらなどはいかがでしょう? 最近出た新作なのですが……」
だんだんとチョイスがフリル過多な方向へ行っている気がします。何やら私をダシに可愛い可愛いと連呼しながら仲良く私用の下着を選んでいる二人に、私は恥ずかしさで下を向いてついていくしかできませんでした。
お姉ちゃん……姉馬鹿すぎます……
そうこうして、二人が盛り上がっていると。
「そちらのお嬢様は、小柄でいらっしゃいますが全体的には綺麗系ですから、こういった少し背伸びしたようなものもお似合いになると思いますよ」
側で会話に加わりたそうにしていた他の店員さんが乱入して来ました。
……何ですか、そのフリルとレースで彩られた、股上が浅くて布面積が小さいの。
「逆に! 逆に! こういった、キャラや動物がプリントされたものはいかがでしょう!? クール系の容姿にギャップが可愛いとおもいますが、どうでしょう!?」
新たな乱入してきた、今度は鼻息を荒くした店員。
……どう、とこちらに聞かれても。とりあえずあの人には近寄らない方がいい気がしました。
その後、次々と現れる店員さんらとお姉ちゃんがあれやこれやと話が盛り上がっていき、すっかり取り残されポツンと佇む私。
……先にお父さんの所に帰っていよう。そう決め、そっと邪魔しないように踵を返しました。
「あら、どこに行くつもりかなぁ?」
(…………ぴぃ!?)
脳内で変な悲鳴が漏れました。恐る恐る振り返ると……
爛々と光る眼と、紅く弧を描く嗤った形をした口をした
ダラダラと冷や汗を流し、一歩も動けない程に恐怖で固まった私は、瞬く間に
これも、それもと持ち込まれた下着を着用の仕方の説明を受けながら……流石に下は試着で直接身につけるわけもなく、上から充てがうだけですが……チューブトップ?にキャミソール、ジュニアブラ、ゴスロリ、ローライズ、バックプリントに縞々に紐……五着目以降は、記憶が曖昧になっていました。
結局、シンプルなものからフリル過多の手入れが大変そうなもの、下着の上に着るスリップ数着と。果ては可愛らしいもののちょっといかがわしい雰囲気の透け透けなベビードールまで、山のように買い込んで下着の店を後にしました……それ、ちょっと着るのは気が引けるんですけど。
会計の際、お父さんから預かったカードに何故かしばらく固まった店員さん。
すっかり上客と見られたらしく、数名の店員に見送られ店を出た私達。
真っ白に燃え尽きつつ、なんとなしに店員のお姉さん達に手を振って見ると、皆にこやかに手を振り返してきました。
まだ立ち寄ったのは下着売り場だけなのに、お姉ちゃんの抱える荷物は物凄い量。その手の荷物に、お父さんの顔が若干引きつったのは見間違いではないでしょう。
『お金、だいじょうぶ?』
セール品とかであるならともかく、お姉ちゃん、あまり妥協せずに結構単価が張る物を遠慮なく買いまくっているため、心配になってお父さんの方を見ます。
「ん? あぁ、大丈夫、これでも私はそれなりに資産はありますから。気が引けるというのであれば、後で私の仕事に協力していただければ」
『私に出来る事だったら』
その言葉に、頷いておきます。
「ええ、では、近いうちにお願いすると思います」
そう告げると、お父さんは携帯電話を取り出すと、そそくさとどこかと話し始めました。
「ああ、私です。広報に…………はい、ええ、その件で……という訳で、こちらで確保しましたので、公募は終了で……はい、お願いします」
……お仕事の電話ですよね?
もしかして、早まったでしょうか。嫌な予感がひしひししてきました……
「心配しなくても大丈夫よ。私もやってるし、恥ずかしいのは最初だけだから」
『その言い方はもっとしんぱいだよ!?』
本当に、何をさせられるんですか!?
「さて! いよいよ服な訳ですが! ねぇお父さん、どんな物が必要?」
目的地へ着いたため、私の抗議はあっさりスルーされました。
「そうですね……よそ行きの服は今度『ローゼン』に連れて行きますので、ここでは普段使いの服をお願いします。着やすいワンピースや運動服、部屋着、そのあたりでしょうか」
「ん、おっけー」
ウキウキと、上機嫌で私の手を引いて歩き出すお姉ちゃん。しかし、どうしても気になることがあったため、その手を離しペンを取ります。
『ローゼンって?』
「ん? ああ、お父さんの会社だよ。本当はもっと長い社名なんだけど、略称ね。今キミが着てる服も、そこの商品だよ」
なるほど……今着ている服は見るからに繊細で、家で洗濯するには気が引ける物ばかりですからね……毎日クリーニングでは、手間も費用も馬鹿になりませんから。
「あと、肌の露出の少ない物かぁ。ホットパンツなんかも可愛い気がするけど、残念」
そういいながら、あ、これ可愛い、これも良いなぁ、と次々に手に取って行くお姉ちゃん。
……もしかして、それ全部試着させられるのでしょうか。お店に迷惑が……と周辺を見回すと、店員のお姉さんが良い笑顔でスタンバイしていました。試着室前で。
……あ、これ、また逃げられない奴ですね。お姉ちゃんが大魔王に見えてきました。
「さ、とりあえずこのくらい、試着してみよう!」
(とりあえず……?)
両手に抱えるほどの服を抱えて来たお姉ちゃん。その量は、とても「とりあえず」という量には見えませんでした。
どこかツヤツヤした表情で背中を押すお姉ちゃんに、荷馬車で連行される子牛はこんな心境かなぁと半ば諦めの心持ちで連れていかれました。
結局、あれやこれやと着せられて、ようやく終わったのは数時間後、お昼を大幅に回った頃になりました……下着よりはマシかな……最後の方は、またもやただ機械的に着替えていたから何を着たから覚えていませんでした……
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