間話 ある魔術師の探し物は
「……はい。……はい。情報提供、感謝します。あとの手配はこちらで。また連絡しますので。手段は……では、あまり長くこうしていては危険ですので、これで」
通話を終え、受話器を置く。
――長かった。
――こちらに来て、既に十余年。
いくつかの事業をこちらで展開する下見のため……という名目で旅行へと行っていた、その時既に働いていた私と兄を除いた家族……両親と妹が、事故で行方を眩ました時から早いもので十数年。すぐに遺体の発見された両親と違って、まだギムナジウム生だった妹だけはついぞ発見されず、行方不明と処分された。
諦めのつかなかった私は、両親のこちらで展開予定だった事業を引き継ぎ、最後の足取りだったこの街で居を構え、仕事の傍らに地道な尋ね人の張り紙から、探偵の雇用や公的機関への要請、時には自分の足を棒にして探し回った。
そうしてずっと探していたものがとうとう見つかった……『もう見つかることは無い』という事が見つかったことに、ようやくあの日の事故が私の中で終わったという安堵と、二度と会うことができないことが確定した落胆、喪失感。
……しかし、立ち止まっていることもできない――同時に、やるべき事が出来た。
――そんな時、同居人の帰宅したことを知らせるドアのベルが鳴った。
「ただいまー! 父さん、ただいま!」
殆ど間を置かず、騒々しく帰宅を告げてきた屈託のない声。
女学校の制服に身を包み、艶のある長い黒髪を後ろでまとめて髪留めで留めた少女……私が引き取り育てている養子の少女は、私が電話を前にメモを走らせていることに気が付くと、あっと声を上げて申し訳なさそうにした。
「……っと、ごめん電話中だった?」
「いえ、それはもう済んだので大丈夫ですよ。それより……」
一瞬、躊躇した。これから行うことに、彼女を巻き込んでもいいのか、と。
しかし……戦力が必要だった。何せこれから単身、古くから続く一族へ殴り込みをかけようというのだから。
数年共に暮らしていて、彼女がこうした際に黙っていられない性分である事も重々承知している。そして、彼女であれば、決してどのような状況でも諦めずに自らの役目を果たしてくれるであろうということも。
――数瞬迷った末、協力を仰ぐことを決めた。
「これから数日、出かけますので旅支度をしておいてください。明日、京都へ飛びます……学校への連絡はこちらで済ませておきますのでご心配なく」
「ぅえ!? それはまた急だけど……もしかして、見つかった?」
相変わらず、落ち着きは無いにもかかわらず聡い子だ。途端に真剣な顔になった彼女に、頷く。
「……ええ。正確には、『もう見つからない』ということが、ですが。妹は、攫われた先で一子を生んだ後、既に他界したそうです」
「それは……その、なんと言ったらいいか」
「いいえ、十年以上も見つからなかったことで、最初から覚悟はしていました……‥問題は、その娘がかなり良くない環境に居るらしいのです」
妹が望む望まざるに関わらず、最後に残した子。その子は今、京都の外れに居を構える古い……あまり良い噂を聞くことのない陰陽師の家に居ると。
何年か前に不確定情報で『神子』の情報が噂で流れてはすぐに立ち消えていましたが、よもや……それが、その子だったとは。
そして、涙ながらにその近況を伝えてくれた、その娘の世話役だという者によれば、現在過酷な境遇に身を置いており、明日をも知れぬ身だと。
――私から家族を奪ったばかりか、その忘れ形見すらぞんざいに扱っているのか。
――私の妹は、誘拐した者たちにとってはその程度の価値しかないと言うのか。
平静を装ってはいるが、内心では怒りで腸が煮えくり返っており、どうにかなってしまいそうだ。
「そっか。それじゃ助けてあげないとね。ちょっと待っててね五分で支度してくる!」
そんな私の内心を知ってか知らずか、全くノータイムで決定した娘に苦笑する。
「……すみません。私の私事に巻き込んでしまって。戦力としてあなたを引き取った訳ではないのに、結果的にはそういう事になってしまいました」
「気にしないで……その子、お父さんが引き取るんなら、わたしの妹になるんだよね。ならお姉ちゃんとして、助けないわけにはいかないっしょ?」
「……ふふ、そうですね……きっと、貴女ならいい姉になってくれるでしょう、期待していますよ」
「まっかせて!」
ふん、と力こぶを作り、屈託のない笑顔で二階へ駆けていった彼女。
もう十年も前、妹が行方不明になったと聞いて祖国から日本へ飛んだ際に、偶然巻き込まれた飛行機事故。突如謎のトラブルにより航空機後部、尾翼が消失し操舵不能になったという。
不審な現象による事故に居合わせ、どうにか託された幼子を一人だけ救出した私は、日本へ着いた後すぐ、祖国で実家を継いだ兄に連絡を取ってこちらに居を構えることを告げ、身寄りのない彼女を養子にした。
人の役に立たないと、という強迫観念に暗く沈んでいた少女に始めはどうなるかと思ったが、気分転換になればと私の教えた『魔術』の修練と、自主的な鍛錬を続けているうちに、気が付けば真っ直ぐな……時折真っ直ぐすぎて不安になるくらいに育った少女。
善良で強い心を持つ少女へ育ったが、それ故に、いつか一人となっても無理をした果てに折れ砕け、消えてしまうのではないかという不安を感じ続けていた。
(その妹の残した子が、彼女が折れないように支えになってくれればいいのですが……っと、これはまだ皮算用ですね)
まずはその子を助けなければいけない。敵はかなりの歴史を持ち、現代まで生き残ってきた術師の家系であり……難敵も、存在する。だが、それで引くつもりは毛頭ない。
――私の名は、ヨアヒム・ヴァレンティン。
私達ヴァレンティン家は、表向きはとあるコンツェルンの重役の一つの家系、というだけでしかない。実際、妹を略取していった者たちも、そう認識していたであろう。
だが、しかし。その実態は――ヨーロッパで活動していた秘密結社を祖とする、魔術や錬金術に携わってきた、正真正銘の古くから続く魔術師の家系だ。
その我が家名に賭けて、お前たちの不当に略取した我が一族……お前たちが勝手に自分達の物として虐げていた子は、必ずこちらの手に返して貰う。そう、必ずだ――……
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