飢饉の魔神将グラァバドーン
図書館のお姫様
――私立
比較的歴史は新しい学校であるが、外国の複数の資本家の出資により潤沢な資金を投じられ、政令都市近郊に建てられたその学園。
幼稚園から付属大学まで備えるこの学園は、豊富な資金に支えられた最新の設備と有能な教師陣、エスカレーター式に大学まで行けることもあって、入学を望むものは比較的多い。
初等部までは共学だが、中・高となると男女別に分かれる事になる……もっとも、その二つは同じ敷地内にあり、図書館や学生会館などの施設は共用なため、交流はそれなりにあるのだが。
国際色溢れる敷地内にはカフェテリアや大きな図書館、ミッションスクールらしく礼拝堂なども存在している。
ちなみに、ところどころレースをあしらったダークブラウンのワンピースタイプの中・高等部の制服は、落ち着いた風情ながらも可愛いと評判で、それを目当てに外部受験で入ってくるものも少なからず存在する。
良家の子女も多数通うこの女学校。
あちらこちらでそんなお嬢さん方が談笑する、百合の花咲き乱れていそうな……そんな雰囲気の漂う昼休みの中。
「にへへぇ……ああもう本当可愛いなぁ……」
‥…私はスマホの画面に夢中だった。
そこには、今朝家を出る前に撮った……ミステルちゃんが、白いロリータ服を着て照れている写真がアップで映っている。
恥ずかしいと手帳で口元を隠す癖があるあの子は、それで上目遣いで見つめてくる自分の破壊力を今ひとつよくわかっていないみたい。
そんないじらしいポーズで佇む写真の中のあの子に、ついついにへら、と頰が緩む。休み時間の度に眺めているが、すでにお昼休みも終わるというのに一向に飽きない。
「……ねぇ緋桜。いい加減気持ち悪いんだけど」
「ちょっと、
そんな私をとうとう見かねたのか、一歩引いてこちらを眺めいた友人の無情な一言。
……でも、気持ち悪いは酷くない!?
「だってねぇ……緋桜ちゃんったら、休学から戻って来たかと思ったら、朝からずっとスマホの待ち受け画面眺めてニヤニヤしてるんだもん、ねぇ?」
「そうだぞ、元々あまり締まりのある顔とは言えなかったが、今は……なんだ、スライムみたいだ」
「スライムってなによ!?」
そこまで崩れた顔してないし!
「あはは、東狐ちゃんも、久々に学校で会ったのに構ってくれなくて寂しいって言えば良いのに」
「違うし!?」
おお、珍しく東狐が口調を荒げた。
「それで、その……妹ちゃん? が関係してるの? あなたのここ一週間の休学」
私達が、ひとしきり叫んで切れた息を整えていると、ゆるふわとした方……
「うん、京都で見つかって……それで、迎えに行ってた」
事情は、少し濁す。二人は気にしないだろうけど、一応、あの子の親の話はあまり楽しいような物でも、人に話すような物でもないし……ね。
「はー……そんな遠くに居たなら見つからないわけだ……あんたのお父さんの妹さん」
「それで、そのあとずっと緋桜ってば、その妹ちゃんにぞっこんなのねぇ」
「まぁ、昔から弟か妹が欲しいって言ってたしな。良かったじゃないか」
「うん、可愛い妹が出来て本当に嬉しい!」
しかもあれだけ懐いてくれているのだ。可愛いに決まっている。出来ることなら一日中腕に抱いて離したくないくらいよ。思い出して、ついつい、にへらって顔が緩む。
「……ゆるっゆるだねぇ」
「……ああ、男には見せられんな……死人が出る」
何か密かに二人が話しているが、そんな事はどうでもいいや。
「でもでも、本当に可愛いの。見てみれば分かるって、ほら!」
「まぁ、あんたが言うならそうなんだろうけど。どれどれ」
「噂の妹ちゃんはどんなかなぁ……」
二人が、私の手からスマホをひったくるように奪うと、興味津々といった体で画面をのぞき込んで……
「……おぅ」
「うわぁ……」
二人とも、固まった。そうだろうそうだろう、固まるよなぁ。
「ふふん、どうよ二人とも」
うちの妹は可愛いだろう。どやぁ。
「緋桜ちゃん……」
「緋桜……」
「「3Dのゲームキャラは二次元なんだよ?」」
「ちっがぁぁああう!?」
なんでそうなったの!?
「だったら加工? こんな技術持ってたのねぇ」
「だから違うって!! 実在してます! 正真正銘私の義理のいもうとですぅ!?」
「だって……ねぇ」
「ああ……人間って言われるより、めちゃめちゃ高い人形だって言われたほうが信じるぞ、それ」
「うぐ……」
いけない、微妙に納得してしまった。しかしこのままでは、私はドールを妹と言い張る痛い子扱いされかねない。
……まぁ、この二人なら会わせても大丈夫か。
「……ああ、もう。信じないなら放課後会わせてやるんだから」
「「……来てるの!?」」
凄い勢いで食いついてきた二人の勢いにのけ反る……あんたら、実は興味津々だっただろ。会わせて大丈夫、よね? 少し不安になって来た……
「えっと……うん。家に一人で置いておくのは不安だからって、お父さんが図書館の司書さんに頼んで様子を見てもらってるの。勉強したいっていう本人の希望もあったから……来る?」
「「行く!!」」
折角だから、この後ミステルちゃんも連れて、街でお茶でもしに行こう。私ケーキバイキングやってる店知ってるよ。姦しくそんな話をしながら向かったのは、学園内にある、赤煉瓦造りの西洋建築の図書館。
「こんにちわ……あれ?」
図書館内の空気がなんだかいつもと違う。十月も半ばのこの時期になると、受験を控えた上級生がちらほら見えるから、空気がピリピリしていたはずなのに……中に流れていたのは、そのようなものとは程遠い、のんびりとした優しげな雰囲気だった。
「あ、いらっしゃい、天野さん」
「あ、こんにちわ、椿さん」
この人は、司書の椿さん。お父さんの知り合いで、私も顔見知り。優しく面倒見もいい人だから、お父さんは彼女にあの子を預けて仕事へ行ったらしい。
「すみません、椿さん。急な頼みで父が手間を取らせたみたいで」
「いえいえ、ヴァレンティン理事には、普段から色々便宜を図って貰ってますし、このくらいお安いご用です。それに、手のかからないお嬢さんでしたし」
「あー、あの子、やけに大人びてるからなぁ……そっか、良かった。それで、あの子は……」
キョロキョロと周囲を見回していると、別の司書のお姉さんが、しー、と口に手を当てて静かにするように合図をすると、入り口からは死角になっていた机の影、置いてあったソファの方を指さした。
「……おおぅ、これは」
「……ふわぁ」
先に覗き込んだ二人が、絶句している。なんだろう?
私も覗き込むと、そこ……大人でもゆったり座れるサイズの一人掛けのソファには、ころんと体を丸めてすやすやと眠っているミステルちゃんが居た。体が小さいから、一人掛けのソファでも、肘掛けを枕にしてすっぽり椅子の中に収まっている。
初めての顔見せだからと、張り切っちゃったお父さんによって着飾られたミステルちゃんの今日の服は、ロリータファッション、それも白ロリ。
繊細なフリルだらけの、自分で着るのはたとえこの子と同じ年齢だったとしても少し気が引けるような、少女趣味全開な衣装は、不思議とこの子はぴったりと似合っていた。
「なにこれ、童話の世界にでも来た?」
「すごいねー、お姫様みたい」
全くだ。
……にしても、この子、猫みたいに寝るよなぁ。近くに居るとすり寄って来るし……表面はつんと澄ましてるけど、本当は人懐っこい白猫ってイメージ。
……今度猫耳買ってこよう。そう心に決めた。
「午前中はずっと本を読んでお勉強頑張ってたんだけどねぇ。お昼を食べてしばらくしたら、眠くなっちゃったみたい」
なるほど、それでこの微笑ましい空気か。
風邪をひかないようにであろう、誰かが上から掛けてくれたらししい膝掛け……それも何枚も……に包まれて眠るこの子の顔はあどけない子供のそれで、眺めてるだけで幸せになれそうな何かをこれでもかと発散しまくっている。
「……うっわ、こんなの寝てたら先輩たち気になって勉強できないだろ」
「いえ、ところがそうでもないみたいですよ? 寝顔を見てたら疲れが吹っ飛んだとかいって机に向かってましたし、だいぶ捗った人も多かったみたいです」
「あー……」
……心当たりがあり過ぎる。
お父さんが言っていたなぁ。この子は常に周囲に治癒効果のある力を漏れさせていて、特に眠っている時は顕著になるって。
……この子を抱いて眠ると、一晩ですごい疲れが取れるんだよねぇ。
「まぁ、すっかり『図書館にお姫様が居る』って噂になっちゃって……有志が続々と現れる野次馬を追い出して一息ついた所なんだけどね」
「それは……皆さんご苦労様です……」
「という訳で、現在はこの図書館は、『おねむなお姫様を優しく見守る会』が占拠中です。ご協力お願いします」
「あは、あはは……」
みんなノリ良いなぁ勉強しろ。
何気にお姉さんもノリノリだし、この人も一員でしょその会。よく見たら、一番上に掛かってる赤茶色の猫の膝掛け、前にお姉さんが使ってたの見たことあるし。
「それで、その……そろそろ帰宅するので、起こして大丈夫、ですか……?」
「あ、もうそんな時間なのね、名残惜しいですが、どうぞ?」
「では失礼して」
良く考えたら、何故に家族の私が許可取らなきゃならんかったんだろ? そんな疑問を抱きつつ、眠り姫の肩を軽く揺する。
「おーい……起きろー寝坊助ー……」
「………」
お、起きた。眠そうにしばらく目を擦ると、周囲をキョロキョロと見回して……
その目が私に止まると……ふにゃりと力を抜いて私の胸に倒れ込んで、またすぐにスヤスヤと寝息が聞こえて来た……って、ちょっと待ってぇ!?
「……何この可愛い生き物」
「あはは……これは緋桜ちゃんが骨抜きになる訳だねぇ」
二人を筆頭に、周囲の生暖かい視線が集中する。
「……ねぇ、これ起こさないと駄目……?」
幸せそうに眠るお姫様を起こすのは辛いわよぅ。思わず涙目になった私は悪くない。
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