閑話 魔術師の『お願い』

「――さて、案内のわんこ君はどこかへ飛んで行ってしまったし……もうそろそろですかね」


 先程、凄まじい光が大地を一直線に灼いた後……ここが人里離れた森の中で良かったですが、後できちんと言い含めなければいけませんね……目の前をパニックになった『奴』の取り巻きたちが逃げ去って行った。となれば、向こうもそろそろ決着も付いたでしょう。

 手につかんでいた『物』を手慰みに弄ぶのをやめ、腰かけていた岩から離れ、最後に一人、林道を坂の下から接近してくる気配……『奴』に注意を向ける。


「おのれ……っ! おのれ小娘……いや、あの化け物め……っ! よくも――誰だ!?」


 おや、私の存在に気が付いたとは案外やるものですね。流石に先程の有象無象とは違うようで。


 そこに居たのは、事前情報にあったこの家の当主……そして、憎い仇の男でした。しかし、このように情けなく取り乱した者が……この程度の者が。

 このようなくだらない者の欲で、妹の将来が喪われたのかと、そう、激しい落胆と虚しさを覚える。


「馬鹿な……貴様は、狐面衆を数人さし向けていたはずだぞ、何故ここに居る……!」


 待ち構えていたのが私と知り、蒼褪める彼。おそらく彼の中では既に仕留めた者だったのでしょう、が、しかし。


「ああ、彼らですか。いやぁ、確かに手ごわかったですね。少々痛い思いをするのも覚悟していましたよ……まったく、私は只の錬金術師であって、荒事は得意ではないというのに」


 彼に向けて、手に持っていたものを放り投げる。それは、からんからんと硬い音を立てて地面を転がった。


 それは――3個の、狐の面。


「……馬鹿な……どのようなトリックを使った!?」


 激昂する彼の周囲に、数体の鬼や妖怪……東洋の術で使役された式が現れる。意外なことに、その質は中々悪くない。


「これはこれは……てっきり命令するしか能がないお山の大将と侮っていましたが、意外と、それなりに術者としても実力がお在りだったのですね」

「舐めるな若造、お前達、やれ!!」


 私の挑発に、怒りに今にも倒れるのではないかという位に青筋を浮かべ、式たちが私の方へ向けて殺到します、が……


「……ですが、その程度ではまだまだ甘い」


 私の手の中に黄金に輝く細い鎖が現れ、その式たちに絡みつく。見た目は、アクセサリーに使われるような、華奢でか細い鎖。


「は、そのようなか細い鎖に何ができる! お前達、引きちぎれ!」

「……ああ、それはやめておいた方が良いですよ? って言ってももう遅いですが」

「……は? なん……っ!?」


 鎖に絡めとられた式達が前へ進もうとした瞬間……最も前に居た鬼のその身は、ズルリと何の抵抗もなく前進した……式の、首に絡みついた鎖を境目にし、重力に引かれ落ちていく頭だけを残して。

 その後に続く式達も、特に抵抗らしい抵抗は無く普通に歩を進める。ぬらりと鎖が通った跡は消失……融解しており、どしゃどしゃと破片をまき散らして崩れ落ちたそれらは術を保てずただの紙片へと戻っていく。


「『アルカエストの鎖』……魔術で固めた万物溶解液です。触れれば只ではすみませんよ?」

「な……な……なぜそのような物を!? 古い妄想の産物ではないか!!」

「いえ、実はとうの昔に極秘裏に製法はございまして。尤も手間と費用がかかる上に使い勝手が悪い為、滅多に作りませんが」


 今回ばかりは、手間と費用を惜しまず用意してきたのだ、光栄だと思って貰おう。


「……貴様、何者だ……!」

「えぇと、確か日本では、こういう時はこう言うんでしたか……名乗るほどの者ではありません、と」

「ふざけるな! ……いや、まさか……まさか貴様、今代のクリスティ……ひっ!?」


 私の名を推測しようとした彼にの眼前に、鎖が殺到する。このような輩にその名を口にされたくも無い。


「おっと、その名前は出すのは止めていただきましょうか。私は、ただお願いしに参ったのです」


 ちゃりりと涼やかな音をたて、浮遊する鎖が目の前の男を取り囲んでいく。その光景に、ひっ、ひっとひきつけを起こしたような変な呼吸音が聞こえた。


 その鎖の一部が、形を変え、小さな小さな鋭い楔に変じる。その最悪の毒液の塊が迫ってくる様子に、顔面を蒼白にしていく男。


「願いだと……何を言っている、そんなもの……」

「ああ、貴方に拒否権はございませんよ。はい、以外の答えであれば死んでいただくのみです」

「やっ、やめっ……あがっ!?」


 その胸に、楔が何の抵抗も無く沈み込む。


「やっ、止めろ!? 分かった、要求を呑む、死にたくな……あ?」


 しかし、変化はそれだけでした。男は、自分の先程の楔の沈み込んだ場所を不思議そうに触っています。が、安堵するにはまだ早い。


「……金輪際、あの子に近付かないでもらおう。貴方の心臓には先程のアルカエストの鎖を忍ばせました。今は結界で隔離してあるため、なんとも無いでしょうけど」


 既にいつでも殺せる。生殺与奪権を握られた事実に、彼の顔色が蒼白に変わっていく。あぁ、いい気味です。


「貴方の体の魔力を使って半永久的に作動する術なので日常生活は普通に送ってくださって結構です……ただし」


 すっと目を細めると、眼前の男が滑稽な程ビクリと肩を震わせた。


「彼女に近付いた瞬間、あるいは私が一つ術を解除するだけで、貴方は……まぁ、これ以上は言わなくてもお判りでしょう、それはきっと愉快で無残な最期になるでしょうね?」

「ひ、ひぃ……!?」

「それと、妹の遺骨だけでも返して貰いたい……まさかそれすらも供養も無しに闇に葬ったなどと、言いはしませんよね……?」

「わ、分かった! その者の遺骨は家人に命じ共同墓地へ埋葬してある!数日中に届ける、だからどうか……!」

「いいでしょう、場所は後程こちらから指定します」


 ぽん、と彼の肩を叩く。


「……もはや、貴方の命は貴方の為のものではなく、今まで貴方が虐げて来たあの子を守る為、私にお目溢しされたものだと理解しなさい。精々、穏やかな余生を送れると良いですね?」


 瘧のように震え、ダラダラと脂汗を流す彼の耳元で囁くと、男は全て諦めたようにがくりと項垂れた。その様子に満足する。


 ……正直、この手で縊り殺してやりたい気持ちは強いが、精々あの子への追っ手を抑える防壁になってもらうとしよう。その為にぐっと堪えて生かしたのだ。


 彼の逃げて来た方向……可愛い義理の娘と姪の居る方向へ歩き出す。


「……すっかり遅くなりました。緋桜には怒られそうだなぁ」


 とはいえ、義理の父のこのような一面など知らぬ方が良い。可愛い小言程度は甘んじて受け入れましょう。あの子達の父は、少し頼りないけど、彼女らを愛し、大事にしてくれる人物。それで良いのです。






 

「……それにしても、あの子も、中々難儀な生まれをしたようですね……今後は穏やかに子供らしく暮らしてほしかったのですが……そう上手くはいかないでしょうね……」


 先程見せた姪の力の片鱗。神子、というのもあながち間違いでは無さそうだ、と可愛い姪の将来を思い、深く深くため息をついた。




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