決戦 天上の道、浄火の剣

 予想外の出来事に驚きはしたが、それでも事態は私の想定を超える程ではない。


 未だ奮闘を続ける二人の小娘の目は陰りを見せず、足掻く手を止める気配は微塵も無い。


 ――だが……だがしかし、所詮は虚勢。


 悲しいかな、この無駄なあがきは結局は奴らの火力不足に終わる。


 その執念に肝を冷やされはしたが、先程からあの天使の小娘は、蝗たちと私の影の壁、その両方を抜くことができるような大火力の攻撃は一度も行ってきてはいない。 


 そう……天使の小娘は、未だに基本の低火力な射撃と、手に持った鎌での斬撃しか使用していない。


 隙が見いだせず、慎重になっているのか……それとも、調か。


 負けるはずはない。


 負けるはずはない、そのはず、なのだ。


 なのに……何だ、この悪寒は……?


 まやかしだと首を振る。往生際の悪い連中の視線に当てられただけ、そう、それだけだ。

 信じている? 馬鹿馬鹿しい、他人は所詮は他人、少し揺さぶればその連携など容易く瓦解する。


 そう……このように。












 ――蝗たちの、動きが変わった。


 どうやら、多少本気を出し始めたらしい。それまで慢心による単調な波状攻撃だったものが、連携らしきものを見せるようになってきた。


 ここまで順調に進んで来た歩みが、鈍る。


「は、ははは、よく頑張ったと褒めて差し上げたいところですがぁ!」


 ハッと、お姉ちゃんの方を振り向く。その背後から、『銃身』では到底処理しきれないような物量の、何百という影の槍が出現する。

 同時に、背後に凄まじい圧力。丁度私を中心とした、お姉ちゃんからは反対側、私の影となる位置に、耳をつんざくほどのぎちぎちという蟲の動く音。


 私が奴の影を薙ぎ払おうと鎌を振りかぶった先には、お姉ちゃんが。

 お姉ちゃんが、私の背後から迫る蝗に向けて剣を振るおうとした先には、私が。


 お互いがお互いを挟む位置に集中して押し寄せる敵の群れ。


 小技では対処できない物量。私も、お姉ちゃんも、自分の仕事を放り出して……背中を守る事を放棄して回避するか、お互いを巻き込まなければ敵の攻撃を押し留めておく事が出来ない。


「ははは、所詮こんなもの、醜く同士討ちを――」


 勝ち誇った奴の声。

 同士討ち……あるいはその可能性に怯んだ隙を晒すのを待ち構えているであろう、その声。


 ――信じてる

 ――うん、信じてる


 しかし、私達は……一切の躊躇いなく、お互いに向けてその武器を振り下ろした


「ははは……何!?」


 奴が、おそらく私達がお互いを傷つけあう姿を想像していたのであろう、愉悦に歪んだ表情をこわばらせた。


 私の鎌から波状に迸った光は、お姉ちゃんをすり抜け、その体に一切の傷を与えずに、眼前のレドルグの影の槍を飲み込んでを消し飛ばす。

 お姉ちゃんの炎が、私の髪の毛一本すらも傷めずに背後に抜け、無数の蝗が灰になり蒸発する音。



「馬鹿な……一切の躊躇いが無いだと、お互いを傷つけるのが怖くないのか、貴様らぁ!?」

(いいえ、怖い。何よりも、ずっと)


 だけど信じていた……私達は、お互いを傷つけるなんて絶対にありえないと……っ!



 一度は速度を落とした歩みが、再びその速度を上げ始めた。


 気がつけば、徐々に、視線を交わす事すら少なくなっていった。

 解る……まるで、一つの体の手足のように、お互いがやろうとしている事、どのように動こうとしているか、何を考えているか。

 まるで私達二人で一つの身体であるかのように、それが『思考』よりも前に『理解』できる。


 お姉ちゃんが迫る蝗を焼き払い、それによって出来た隙間をさらに抉って私が斬り込む。

 その背後を突こうとする敵は、私達を包んでいるお姉ちゃんの炎によって悉くが焼かれていく。


 目まぐるしくポジションを入れ替えスイッチしながら、加速度的に上がる殲滅速度に、奴との距離がついに最初の半分を切っ――


「おのれおのれおのれぇ! 一瞬で、喰いつくしてくれる……っ!!」

(――来た!)


 まるで、空間全てが軋むような圧力。全周囲を覆う何万という無数の蝗の群れが、一斉に総攻撃を仕掛けて来る。その物量は真っ黒な壁のようで、逃げ場はない。突破もおそらく不可能だ。


 今までレドルグはこうしてこなかった……一斉攻撃ではなく波状攻撃を仕掛けてきていたのは、私達をとして捕獲したいという奴の欲目、思惑があったからだ。


 だからずっと、警戒していた。奴が追い詰められれば、捕獲を諦め殲滅に走るのではないかと。

 私達は、奴が私達の捕獲を諦めて一斉攻撃を仕掛けてきたら、絶対に凌げない。炎が虫たちを焼き尽くすより早く、私達が喰いつくされるのは間違いない。


 ――だけど。


(それを……ずっと待ってた!!)


 追い詰めれば、焦れたレドルグは、必ず確実に……逃げ場も防ぎようもないこの攻撃を仕掛けてくると、確信していた。



 戦闘開始から今の今まで、ずっとチャージし続けていた魔法……私の、切り札中の切り札。発動待機状態でずっと常駐していたそれを選択し、眼前に出現した行使確認ウインドウを力いっぱい殴りつける!


(……開け――――――『ロード・エンピレオ』ぉ!!)


 ――至高天への道……そんな輝かしい名前と裏腹の、真っ黒な闇のドームが出現した。


 私の周囲が闇に飲まれる……否、全ての光をその身に取り込んで、閉鎖空間が爆発的に周囲に広がった。一斉に群がってきていた虫たちは、為す術も無くその黒い壁に激突し、その中へと取り込まれていく。


 瞬く間に、殺到した蝗たち、その半数以上を飲み込んでドームの成長が止まる。


 ――カウンター、一点狙い。私は、戦闘が始まってからずっと、このためにリソースのをひたすら貯め続けていたのだから!


「なんだ!? 何が起こっている!! この闇は何だ!!ええぃ。そのようなもの、空間ごと喰いつく……」


 そこで、レドルグの言葉が固まった。


「馬鹿な……反応が、無いだと……!?」


 この空間の内部は、『銃身』以上に高圧な私の光に満たされている。取り込まれたものは、瞬時に焼け落ち灰に……否、灰すら残さず浄化される。


 ――至高天エンピレオへの門……そこは、全ての邪悪を消しさる激しい浄火の道、資格なき者には開かない!


 私が、天敵に対してただ震えて何の対策も講じなかった訳ではない。前の世界では、結局は騒乱の終結とともに日の目は見ることは無かったけれど、ずっと、奴と対峙した時に勝つための手段は試行錯誤はしていたのだ。


 ――しかし……これは防御の切り札。奴を倒すには届かない。だがしかし、この闇の門と、分厚い蟲の壁、二重の死角に阻まれたレドルグは、気が付いていない。


「……クソ、糞っ!? 仕方ありません、これ以上の損耗は許容できない、ここは……ガアッ!?」


 その、レドルグの胸から、心臓を貫くように白刃が顔を出した。ゴポリと、血の代わりにタールのように真っ黒な影がその口から漏れる。


「……言ったでしょう……アンタは、絶対に、許さないって……っ!!」


 そう、このロード・エンピレオは、真の目的を覆い隠すための目眩し。

 発動と同時に、お姉ちゃんは全速力でその効果範囲を飛び出し、炎の翼を噴射させ、大きく弧を描く焼け跡を描いて背後へと回り込んでいた。

 私の亜空間と、蟲のカーテン、二重の暗幕によって遮られた視界を突いて背後に回り込んだお姉ちゃんの剣が、ついに奴に届いた……!


「……ば、馬鹿な……力を失った、ただの人間の、貴様、ごときに……っ!?」

「アンタに、傷つけられた、ミステルちゃんの、東狐の、狸塚の……皆の恨みをその身に受けろおぉおおっ!!」


 ゴウッ、と朱金の炎が巨大な火柱となって舞い上がった。それはみるみる兄の体……は無傷のまま、その内に巣食ったレドルグの体を焼き……グラァバドーンの体が制御を離れ、一瞬その動きを鈍らせた。


「ガッ、ハァッ……!? オノレ、折角ノ素体ヲ……ッ」


 意地汚く逃げようと、炎から逃げる様にその体から逃れたボロボロな影……レドルグの本体。


「……ミステルちゃん!」

(任せて!)


 その影は、まだまだ残る蝗たちの一部を取り込み、必死に遠ざかって行く。


 ――主人と仰いでいた者の体躯まで必死に取り込み、逃げようとする影……だけど!!


(……形態モード……『フラベルム』!!)


 手の内で、鎌が形を変えて、私の腕の長さ程度の杖……否、剣の柄に姿を変えていく。変化の終わった、宙に浮かんだその剣の柄を掴む。

 間断なく攻め続けていた蝗の群れが隙を見せたことで、本命、攻めの切り札が起動を始める。


 ――空間断裂剣形態。


 周囲の闇が、細く、長く収束していく。

 これまで、『ロード・エンピレオ』を形成していた要素が、その全てを一本の長大な板……限りなく薄く、長い、剣へと姿を変えていく。

 振りかぶって、肩に担ぐようにして上段に構えた。その過程で、長く広い閉鎖空間の刀身に、多数の蝗たちが巻き込まれて姿を消していく。


「バカナ……ソンナ馬鹿ナ……!? イヤダ、ココデ終ワリナド、認メルモノカァァァアアア!?」


 影に溶けていくレドルグ。影だけではない、亜空間、異界、異次元……別世界。おおよそ考えうる全ての手段で逃げようとするその影に。


(『ラプラス』……ターゲットをロック、追尾開始)

(『オーリオール』……ターゲットをロック、追尾開始)


『ラプラス』が時間から、『オーリオール』が空間から、対象の全てをありとあらゆる条件で捕捉する。その証が何十ものターゲットマーカーとして、その影の体のとある一部位……中位以上の魔神が顕現するための中枢である、レドルグの魔神核の上に灯った。


 それは、まるで、奴の核を磔にする十字架のように。


(――Bewein汝の dein大いなる suende罪を gross嘆け……!)


 キーワードによって、安全機構が解除される。眼前に、最終確認が表示される……承認!


(――承認を確認しました。『フラベルム』作動、空間断層臨界までカウントスタート)


 無機質なメッセージが脳内に流れると同時に、眼前で、真っ赤な数字がカウントダウンを開始する。そして……


 パキ――――ィン……


 高く高く澄んだ、何かが割れる音が鳴り響いた。


 荒れ狂う内圧に崩壊しかけた、罅割れた漆黒の亜空間から、内包していた輝きが漏れ始める。


 ――亜空間が、割れる。


 物理的にあり得ざる現象に、突如消失した亜空間の内包していた分だけ空間が裂け、その厚みは限りなく薄く、しかしながら内部には何メートルもの距離を内包した空間断層が発生する。それを、無理矢理に今の形に押し留め、刃に変じる。


「ヒッ!? イヤダ、イヤダイヤダイヤダ!! ヤメロォォォオオオ!!?」


 ――距離があるのであれば、その距離ごと。

 ――亜空間が阻むのであれば、その空間ごと。

 ――別世界が阻むのであれば……その世界の壁ごと――!!


 ――――何が阻んでも、絶対に、絶対に! こいつだけは……ぶった斬る!!


(――全セーフティ解除……っ!!)


 右足を一歩大きく踏み出し、半身で担ぐ様に構えたその次元の刃を……


(ディメンジョン……ソードォォオオぉっ!!)


 大地に叩きつける様に、その長大な刃を渾身の力で振り下ろす――!!


 あらゆる回避を無効化し、いかなる距離も超越し、どのような防御も断裂し――




 ――影……レドルグの、魔神核を、ただ静かに……断った。




「……ヤット……ジユウ……ニ…………ナ………ッ――」


 ――カウント、ゼロ。


 断末魔は、限界を迎え、魔神核を断った場所から砕け散った剣から一気に噴出した、光の柱に飲み込まれて消えていった――……





【後書き】

視覚的に派手なロックオン(場合によっては+拘束効果)からの一刀両断はロマン。


フラベルム……熾天使の持つ聖なる扇。

元々いろんな神話の神様たちがわちゃっと仲良くしている世界設定なので、特定の神話に固執しておらずごちゃまぜです。ご了承ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る