私が彼女の「妹」になるまで

~幼年期1歳~ 目覚め

 ――諦観の果てに討たれ、消えゆく意識を虚無に委ねて……体感では一瞬にも何万年にも思えた時の果て――










 ……目が覚めたら、赤子になっていました。


 ……人間の、赤子です。




 ――私の意識が表に出てきたのは、既にに生まれて1年が経過した頃でした。


 思うように動かぬ手足に初めは焦りもしたが……小さな手足を見て、すぐに得心が行きます。前世の私は子供好きでしたが、よもや自分がその子供となっているのは想像もしませんでした。


 周囲を見回すと、丁寧に草で編まれた床……タタミ、というのでしたか。触れてみると、独特な手触りを返してきます。この建築様式は……もしや、『彼女』の言っていた、チキュウのニホン、というところでしょうか?




(まずは状況を把握しないと。レティム、居る?)


 周囲に誰もいない時を見計らい、私の眷属である竜……ルミナスドラゴンと呼ばれる前の世界では神の使いとされた一体を呼び出そうと試みます。もし繋がりがもはや残っていないのであれば、また別の手段を考えなければいけないけれど‥…


(……ここに馳せ参じました……と、これは、マスター……この状況は一体。それとそのお姿は)


 反応がありました。脳裏に懐かしく感じる彼の声。私の呼び出しに応じ顕界した彼は、現在は上空に姿を隠し旋回しているようです。戸惑っているようではありますが、仕方がない。私だって何が何だかなのです。


(私にも良く分かりません。貴方の方は?)

(……申し訳ありません、どうやら幼竜の姿にしかなれないようです。おそらく人となられたマスターに引っ張られたのでしょう。それにそのお身体への負担を考えると、これ以上力を解放するわけには行かず、お力にはなれなさそうです)

(でしょうね……)


 眷属の力を使う負荷は、マスターである私にも響きますので……きっと、彼が戦闘に耐えうる力を出せば、その瞬間この身にかかる負荷で、私のこの小さな体は深刻なダメージを受ける予感がします。


(でしたら、貴方には私の代わりに情報を集めて欲しいのです……どうにも、私はまともに外出も出来なさそうですので)


 今の私の境遇ですが……どうも、まともな扱いをされていないのは一目瞭然でした。


 まだ一歳と少し程度の赤子にもかかわらず、この小さな庵には普段は周囲に誰も居ません。

 時折定期的に表れ周囲で世話をしているのはやけに無感情な……というより、実際術により傀儡にされているらしい、狐の面で顔の半分を隠している者たちだけでした。

 こっそりと有する能力を精査スキャンしてみたところ、こうして才ある者の個人の感情を封じ、都合のいい手駒にしているらしいですが……なんとも、やることが姑息というか。これでは、自分たちに「まともにやったら仕える価値が無いと思われる」と感じているが故ではないかという気がします。


 とはいえ、ちょっとした歩行や立ち振る舞い、何気ない所作の中に見えるその練度は素人ではありえません。

 おそらく実力は本物です。このような者たちが周囲を警護している中に監禁されている以上、ちょっと散歩、などと出してもらえる可能性は限りなく低いと思われます。


(……まぁ、いつぞやの『希望の軍勢』程の練度ではないのは不幸中の幸いでしょうが)


 遠い目で、魔神たちと戦争を繰り返した在りし日を思い出します。

『彼女』の転生特典の一つである『潜在能力解放』……共に戦う者の成長率を高め、鍛錬次第でそのものの持つ可能性の限界の能力まで最終的には押し上げる、ある意味では彼女のもっとも凶悪なチートでした。それにがっつりと当てられた彼ら並の練度など、想像するのも恐ろしい。


(マスター、マスター、あのような魑魅魍魎と比較されては彼らも可哀想だと思うのですが)

(……彼らはちょっと成長しすぎてしまって、水上歩行や瞬歩、空中多段ジャンプは最低限の必須技能、とか宣ってましたからね)


 そりゃまぁ私は支援担当でしたけど、神の直接の被造物であったはずの私が、実力的には中堅どころだったのはやっぱりおかしいと思うのです。


閑話休題それは置いておいて……貴方なら、幼竜の姿になればきっと愛玩動物に紛れられるでしょう? 頼りにさせてもらいますね?)


 そう、鱗の代わりに手触りのいい純白の毛皮に覆われた彼らルミナスドラゴンの幼生体は、翼さえ隠してしまえばもこもこふわふわの子犬のような姿なのです。『彼女』もよく寝る前に貸してくれとせがんできた物です。


(その扱いには物申したいのですが……了解しました。マスターもどうか身の回りにはお気を付けを)


 気配が遠ざかっていく。変わらず真面目なまだ年若い眷属に、懐かしさを覚えます。




(気を付けろ、ですか……今更生まれ変わって、何を目的としろと言うのでしょうか……)


 繋がりは既に消え、私の存在意義はもう残っていません。役目を忘れて新しい生を謳歌しろというのであれば……なんと、残酷な仕打ちでしょう。




(……いけませんね。もしかしたら、見えていないだけで何か意味があるかもしれませんのに。例えば……『彼女』も、こちらに生まれ変わっている、とか)


 都合の良い妄想ですが、そうでも思わなければ押しつぶされてしまいそうでした。


 いつか、自由に動ける身となったら……あてもなく彼女を探してみるのも、一興でしょうか。そう自らを納得させて意識を切り替えます。








 ――さて、レティムが情報を集めて来るのもすぐではないでしょうし、その間、私は……とりあえず寝ることにしました。


 ……別にぼっているわけではありません。


 元は私……天使というのは、少なくとも私の居た世界では一種の神代の魔法そのものといえる生命体です。ゆえに、娯楽で食事はするし惰眠を貪ったりもしましたが、本質的にはそれらは必要な物ではありませんでした。その気であれば、飲まず食わず寝ずでどこまでも活動できたのです。


 ところがこうして人になって分かりましたが、肉体を持つ人の身の衝動というのはとても抗いがたいのです。


 特に、今はこうして……赤子の身なため……それ、が……顕著……ぐぅ




 ――私は、あっさり睡魔に陥落しました。











 そうして、レティムが情報収集している間の数か月、しばらくは普通の赤子として過ごしていました。


 大変だったのが排泄です。何せ前世ではその必要は無い体であり、一度も経験が無かったことでした。それをこうしておむつで行うのは、自尊心ががりがりと削られていくようで、この時ばかりはこんなに早く私の意識が目覚めたことをしゅに恨みました。













 ――眷属の集めた情報により、事情が分かってきました。 


 ちなみに、この世界は間違いなくチキュウであり、この国はニホンに相違ないみたいです。

 が、『彼女』の語っていたチキュウ、ニホンとは少し事情が違うようです。『彼女』の話には、創作物の話を除いて一切出てこなかった、私達の魔術や魔法に相当するものが普通に存在していました。

 もっとも、一般人の目には触れぬよう秘匿されているらしいですが、水面下では様々な陰謀や抗争が渦巻いている感じです。


 私がこのような状況に置かれているのもその一つ。どうやらこの家はかなり古い歴史を持つ術者の家系らしく、相応に上流階級に位置するみたいです。

 そうして、古い家には変な風習があるのも世の常ですが、この家では子供を霊的なものとする「神の子」としての信仰があったようです。

 ……その中で、『七つまでの神の内である幼子と交われば、黄泉に還すはずだった幼子の持つ神の力を得ることができる』という迷信を見た際は頭を抱えたくなりましたが。さすがにこれは……と言うのがこの家でも主流の考えのようで一安心でした。


 しかし、いずれにせよこうした風習はとうの昔に形骸化しており、このように本格的に行われていた事は何十年と無かったみたいです。

 そのような家で白羽の立った私。私という魂を内包しながらも人として生まれた今世の私は、どうやら真っ当な赤子ではなかったらしいです。


 ――まず、そのことを語る前に、情報を集めているうちに知った、今生の母親のことも触れなければなりません。


 どうやら私は、旅行に来ていた……よーろっぱ?のほうの古い一族の娘を事故に見せかけて誘拐し孕ませた子だとか。母は私を生んですぐ心身が限界に達して他界したそうな。

 その詳細は口にするもの憚れる内容で、あまりにも外道な所業で、この時点で現在の家族に対して何かしてやろうという気は全て消え失せました。


 しかもこの実の父親。勝手に惚れて攫って監禁して孕ませたくせに、子供が出来たと知るや、露骨に邪魔者扱いしたらしいです。私が生まれてからは、一層に。

 自分たちは古い歴史を持つ格式のある家だと無駄にプライドをこじらせていますが……汚い言葉を使用しますが、端的に言ってどうしようもないクズでした。


 ですので、最初に私の持つ異常に気が付いたのは、私のことなど目にも入れたくないと世話を放り投げた先の乳母でした。

 彼女も自身の子の育児疲れに疲弊していたそうですが、ある時体が妙に軽くなり、乳の出もすこぶる調子が良く、周囲に疑問を漏らしたところ……その周囲でも、多かれ少なかれ同じような経験をしていると言い出したのでした。


 私の傍にいた者たちが次々と体調が改善したと騒ぐ中で、父親は一つの可能性に至ったそうです。

 過去……といってももはや数百年前の黴の生えた話らしいですが、この家の信仰の源流である、時折この家系から癒しの奇跡の力を持って生まれていたと伝承に残る『神子みこ』なる存在ではないかと。


 思い当たる節はありすぎます。

 というか、私自体が実際に神様の被造物ですゆえ……そのようなものが、この場合私の魂が人の体に放り込まれたとなれば、漏れ出た神力で奇跡の一つ二つ起きようというものです。


 そうして私の今生の父親が目論んだのが、私を「神子」という都合のいい人形に仕立て上げる事でした。

 ゆえに、教育せず、望みを与えず、自我を与えず、ただ人形にように命令だけ聞いているだけの存在にしたかったようです。

 日々の食事……赤子ゆえに味気の無い流動食です……の中にも、そのように精神が変貌していくように呪いが込められているのだから恐ろしい。抵抗レジストしてますが。面倒なことになりそうなので、そうとバレないように彼らの望む子供の演技をしつつ。


 ――ある意味では、これは一種の儀式です。


 ただひたすら機械的に、無感情に、ただの不純物もない純粋な「神子」という人形にするための儀式。

 自我のあるものは一切近寄せない。私に自我が生まれないように。

 最低限生きるために決まった時間に決まった世話をするだけで、赤子らしく泣き叫んでいようが一切関与はしない。

 何も望まず、ただ自らが与えるだけの存在になれと。






(ですが、無事に成人まで成長する率は、最初から大事に育てられる嫡男、長男以外は低かったみたいですね)

(……でしょうね。赤子を放置していたらどうなるか、少し考えたら分かるでしょうに)

(だから、たまたま治癒系の才能がある子供だけが生き延びる率が高いから時折現れたように見える、っていうのもあるんですかね)

(そして、生存率の高い長男は『強い子』として持て囃されて跡を継ぐのが当然だから、そんな簡単な事にすら気が付けない。自分たちが特別で死んでいった者たちは特別ではなかったと代々語り継いできた。救いようが無いですね……)


 そんな中、強力な癒しの力を持って生まれた、生き延びる見込みのある私が現れたと。

 家の人達はさぞ喜んだのでしょうね。特に、自らが数百年ぶりの神子をもたらしたという実績で確固たる地位を得られるであろう現当主……私の父親は。


 ――最も、私という異物が入り込んでいたことでその目論見はご破算であるのでしょうけれど。


 しかしながら、前世であればそのような術など歯牙にもかけなかったであろう児戯ですが、生憎この体は人の、それも幼子の物。正直、本格的に動き出した場合抵抗できるかどうかは分の悪い賭けと言わざるを得ません。




 ――ならば……私は『神子』にはならないことにしましょう。


 そもそも、彼らが気が付いていないだけで……こうしてこの幼子の身で数か月を過ごして分かりましたが、その計画はのですし。


(もっとも、口惜しいですが、そのせいで私の方も手詰まりなのですよね……)


 しかし、どのような目に逢おうとも、しゅと『彼女』以外を主と仰ぐつもりはありません――たとえ、この命を失ったとしても。

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