新天地
ぐったりと、車の座席に体を預けます。苦痛に意識が朦朧とし、目を開けている事すら既に辛い。
そんな私を元気付けるように、しっかりと握られたお姉ちゃんの手の感触。
「こんな……事になるなんて……もっと私が様子を気にかけてあげていれば……っ」
「…………(ふるふる)」
弱々しくも首を振り、その言葉を否定します。
お姉ちゃんに落ち度はありません、これはひとえに私が初めての遠出に気が緩み、自分の事にすら気がつかなかった油断、それに私の弱さが招いた事。
舗装は綺麗に整備されているらしく、車は快調に行程を消化していますが、その穏やかな振動すら激しく私を痛めつけ、責め苛みます。
「……大丈夫?」
ぐったりと、寝かせた車の座席をベッドにして横になる私にかけられる、心配げな声。
固唾を呑んで見守られる中、震える指で、帳面ちょうめんに今の心境を書き綴ります……
『ごめんなさい、もう駄目みたい』
「諦めちゃダメ!?」
帳面を見たお姉ちゃんが、悲鳴を上げてすがりついて来る。だけど……
『お姉ちゃん、大声はきつい』
「あぁ!? ごめんね!?」
先程の大きな声にガンガンと響く頭痛・・に顔をしかめる私に、慌てて謝罪の言葉を口にするお姉ちゃん。
「……貴女達、一体何を盛り上がっているんですか。あと少しで休憩しますから、もう少し我慢してくださいね」
困惑と呆れを多分に含んだ、運転席のお父さんの、その言葉に安堵します。
それなりに高級車だとお父さんが控えめに自慢していた車は安定した走りを見せ、おそらく普通に乗っていたらかなり快適で静かな走行ですが、今の私にはその振動ですら気を抜けば大惨事になりかねません。既に胃の中には何もないはずですが、リバースしかねません。
……人生初めての飛行機。関西から北海道へと飛行機で飛んだ際……ものすごく酔いました。
……気持ち悪い……頭痛いです……耳の奥がみゅんみゅんする感じが消えません……
(私もう一生飛行機乗らない……お空怖い……)
(マスター……前世本当に天使ですか……?)
呆れたようなレティムの声。でも自分で飛ぶのと鉄の箱の中で飛ばされるのとでは全く違うのです……!
(あなたは大丈夫だったの……?)
客室に連れて入れないため、一人ケージに入って貨物室へ連れていかれた彼ですが、全く平然としています。
(はい、貨物室の一角みたいでしたが、意外と静かで快適でした)
(あぁ、それで機内で一回も念話が無かったのね……)
ゆっくり眠れたみたいで何よりです。羨ましい。
パーキングで休憩後さらに数時間、また市街地……というか都市? を抜け、やがて適度に街中に見える、民家の立ち並ぶ静かな場所へと出ました。
そんな中の一角、なだらかな丘の上、奥まった場所にある一件の家に車が駐車します。
「さぁ、着いた。ここが今日から君の暮らす家ですよ」
そうして私が車を降りるのに手を貸して……そのままヒョイっと抱えられ、抱っこで連れていかれた場所に、しばらくぽかんとしていました。
車庫が併設された、モザイクアートのような組まれ方をしたレンガ風の門を潜ると、その先に広がっていたのは広い広い芝生の庭。
その間を突っ切るように設けられた、石畳式の道の先には、クリーム色の石組みのようなデザインの壁の一階の上に、焦げ茶色の木組みと白亜の壁のコントラストが目を惹く、異国情緒溢れる豪邸と言って差し支えなさそうな家が鎮座していました。
恐るべき事に、その邸宅と比べたら小さいながらも、コテージ風の離れみたいな建物まで存在しています。
ふと視線を横へ向けると、その庭の一角、日当たりの良い場所にレンガで区切られた土のむき出しな場所もあります。
「あー、あそこはそのうち家庭菜園を開きたかったのですが、何かと暇がなくて滞っていまして……何か育てたければ自由に使ってください」
私の視線を察したのか、お父さんがそう解説してくれました。
……ハーブとか育てられないかな。あいにく今は秋から冬に向かう時期なため、来年の話になるでしょうけれど。
前世では、緋桜の研究用の畑にミントを植えた際に、気がついたら兵士総動員で片付けられてしまった上に栽培禁止を申しつけられ悲しい思いをしましたので、いつかリベンジしたいです。
――総評。
『なにこれすごい』
「あはは、凄いよねー。お父さんの国の建築様式っぽくしたらしいから、目立つし」
家の規模自体は、京都のあの家のほうがずっと大きかったです。何せ山一つ丸ごと敷地ですし。
しかし、こちらは……閑静な高級住宅地に忽然こつぜんと現れた邸宅はまだまだ真新しく、庭まで手入れの行き届いた家そのものは、向こうのお屋敷に全く引けを取ってはいません。
「ほら、お父さん仕事の関係で人を呼んだりするから、まぁ、多少はね」
『お父さん、何者?』
「え? あれでも一応社長だよ? 家族ぐるみで色々な会社を経営してるんだって、お父さんはその日本支部の統括。えっと、ファッションブランドに、出版社に……」
指折り数えていくお姉ちゃん。片手の指が全て折られたあたりで考えるのを辞めました。
「はは……魔術師や錬金術師っていうのは、真面目に研究したら資金がいくらあっても足りないから……これでも一応私の家の歴史は長いし、先祖代々資金繰りにと、さまざまな事業に手を伸ばしてたらいつの間にか、こんなになってたらしいよ」
最初はしがない神学者、兼小説家でしかなかったらしいんだけどね、と苦笑いするお父さん。
それに、向こうはこういった家族経営のコンツェルンはそこまで珍しくないし、と締めくくって私を抱え玄関へ向かう。
どうやら私の新しい保護者は中々とんでもない人のようでした……普段はちょっとぽややんとしているのに。
『お仕事、休んでて大丈夫?』
「ははは、どうでしょうねぇ。ちょっと前に電話して『私の机は今、例えるなら何山だ』と聞いたらチョモランマだと答えられたので、多分まだ大丈夫ですよ」
その基準は良く分かりません。
「ちなみに、一番ダメだった時はなんて例えられの?」
「月、ですね」
お姉ちゃんの質問に爽やかな笑顔で答えたお父さんですが、目が死んでいました。お仕事お疲れ様です……
『えっと、がんばって?』
「はい、それはもう。可愛い娘達の為ですからね」
そう言って私達の頭を撫でるお父さん。さらっとこういう事が言えるのはズルいです。多分少し赤くなっていそうな顔を、そっと背けました。
家に入るとまず目に入るのが、広い玄関ホール。中に入って少し進むとリビングがあり、ここから色々な部屋や二階へ行ける構造みたいです。
そうして、階段を登った先の最初の部屋。
「とりあえず、部屋はここを使って。すぐ一つ奥が緋桜ひおうの部屋だから、何かあったらすぐ言ってね。一応トイレとかは二階にもあるから」
その案内された部屋は、木目を活かした綺麗な壁の、こざっぱりとした部屋でした。すでにベッドは入っていますが、私には少し大きそう。多分緋桜と二人で入ってもまだ余裕はあると思います。
壁際には白木のテーブルや棚があらかじめ据え付けられており、綺麗なランプ風の電灯が少し大人っぽい雰囲気を醸し出していますが……その割には、棚の位置や机の高さなどはそれほど高くなく、全体的に小さくまとまっている感じでした。
『子供部屋?』
「うん、そう、いつか必要になると思って設計段階で作ったんだけど……生憎出会いが無くてね」
照れて頭を掻いているお父さん。独り身というのはともかく、恋人も居ないと。見た目は格好いいのに不思議。
「だから、遠慮なく使ってください、貴女はもう私の家族ですから……ああ、でもまだ窓のUVカット処理はしてないから、しばらくはカーテンは開けないように」
その後は、二階の各種設備を見て回り……といっても二人の寝室以外は客間や空き部屋でしたが。二階にもソファとテーブル、それとテレビが設置されたフリースペースがあったのは驚きました。
さらにその後、一階へと戻り、一回のキッチンや浴室などの、日常でよく使うであろう部屋を見て回りました。お風呂、広かったです。多分、私達三人くらいなら全員入れそう。
地下室もあるみたいですが、こちらは危ない物もあるため立ち入り禁止を厳命されました。
なんでもお父さんの工房で、私やお姉ちゃんみたいな女の子に見せるようなものではない物も沢山転がっているのだそう。
そうこうして、一通り家の設備を教えてもらう頃には、少し息が上がっていました。
この家、広いです……しばらくは、部屋とキッチン、お風呂くらいにしか行かなそう。
「さて、こちらに暮らすに当たって……少し、体力もつけないといけないな」
「……?」
首を傾げます。それはまぁ重々必要性は感じますが、まず最初にその話題が出る事に疑問を感じます。
「うん。そうだな……年明けあたりを目途に、学校に行けるようにしないとって。戸籍とか転入届けにちょっと時間もかかると思うから、その間に少しでも、ね」
ただし、私か緋桜が居る時にするように、そう念押しされて、しばらく家の周りを徐々に行動範囲を広げながら歩こうと、そう決まりました。周辺住民への顔見せも必要ですから、焦らず少しずつ、と。
学校。その言葉に、少し躊躇いを覚えます……異世界で何百年生きて、今更……それも、この体の年齢を考えると小学校でしょうか。精神年齢的に辛いという事もありますが、それよりも
「学校、行きたくない?」
その言葉には、ふるふると首を振って答えます。気遅れはしますが興味はあります。
数学や化学等は前世の記憶があるため多分大丈夫ですが、この世界の語学や歴史系はさっぱりなため学びたい欲はあります。
しかし、それでも渋っている理由は……
不思議そうにしている二人に、正直な心境を紙に書いて見せました。
『お姉ちゃんと離れたくない』
何かあった時に近くに居れないのは心配……って、あれ?
お父さんが、顔を覆って天を仰いでいます。お姉ちゃんに至っては、床に膝を着き、片手で顔の下半分を覆って項垂うなだれていました。
(……あれ、レティム、何か私やらかしました?)
(ええ、まぁ、その……はい。自覚、無かったのですね)
その反応に首を傾げます。
(……まぁ、あれです。耐ショック防御、しておいた方が良いですよ?)
(……どういうこと?)
そう首を傾げようとした、その瞬間。
「私も離れたくないよぉぉぉおお!!? うんうん、一緒にずっといようねぇぇえええ!?」
絶叫のような泣き喚く声と共に、ものすごい勢いで抱き上げられ、ぎゅうぎゅうと抱きしめられました。
胸に顔が押し付けられ、呼吸が出来なくなり、肺活量の少ないこの体はあっという間に意識が薄れていく。
あ、やば、意識……が……
「いいですか緋桜。あの子は貴女と違って身体が弱いのです、それを乱暴に接してはいけません」
「はい……ごめんなさい反省してます……うっかり理性吹っ飛んでしまいました……」
「正直、気持ちは分かります、あんな可愛い事を言われたら……あまりの尊さにお父さん思わす神に祈りを捧げてしまいましたが、それでもぐっと堪えて紳士淑女らしい接し方を……」
その後、ソファで目が醒めると、お姉ちゃんが説教(?)されていました。うん、なんかごめんなさい。
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