第28話

「片付きました?」

「ああ」

 徒歩で戻ってきたミーシャに、セドウィックは巨大な金床に寄り掛かった楽な姿勢のまま答えた。その足元には、回収目標のメタルケースがある。少しだけ離れたところでは、ガロクが感慨深げに溶岩池の方を見ていた。

「ガロクさんも、お疲れ様です」

「特に問題はない。まだ仕事が終わったわけではないからな。 ――シャルベルはどうした」

「今、捕まえたスナイパーの一人を処理してるそうです」

「あいつにも困ったもんだ」

 セドウィックは呆れるように言いつつ、さて、と身を屈ませ、メタルケースに触れる。

「それが回収目標です?」

「そういうことだ」

「担いで逃げるには、結構大きいですね」

「まあな。だが、心配いらん」

 言うなり、セドウィックはケースを開けていく。仕掛けられている物理錠と電子錠の2重ロックを当たり前のように解除し、その蓋を開いた。

「お、御開帳です……え?」

 ミーシャはメタルケースの中身を見て、目を丸くする。

 そこに入っていたのは、機械的な首輪ひとつのみの他は一糸まとわぬ姿で死んだように微動だにせず拘束されている、身長50センチほどの銀髪の妖精だった。背中からは半透明の翅が生えており、妖精であることを証明・主張している。

「これは――」

「これが件のバイオラート・データサポート社のサーバーにして、巷でフェアリー型デバイスサーバーと呼ばれている代物の正体だ」

「じゃあ、まさか、この子の脳を中央演算処理装置コア・プロセッサ代わりにして……」

「そういうことだ」

 答えながら、セドウィックは妖精の小さな手足に厳重に取り付けられている拘束具をひとつずつ外していき、メタルケースから抱き上げると、最後にその首輪を丁寧に取り外した。

 途端、その妖精の瞼が、眠たげに開かれた。

「ふぁ……」

 眠そうに欠伸をする妖精を、セドウィックは猫か犬でも撫でるようにする。薄らぼんやりと瞼を開き、実に眠そうな顔でセドウィックを見上げる彼女は、そのままセドウィックのコートを手繰り寄せるように抱きつくと、二度寝に入り始めた。

「はー…… 可愛いですね」

「そうかもな」

「なんですその顔。 ……ああ、まあ、レムちゃんの同類と思えば、そうですね」

「そういうことだ」

 どっちが奉仕種族だか、と独り言ちつつ、セドウィックは気持ちよさそうに小さな笑みを浮かべて眠る妖精の額にそっと触れる。途端、彼女の姿は銀色の燐光を伴いながらゆっくりと消え始め、10秒も掛からずに完全消滅した。

「今のが?」

「妖精の天然エレメンタルシフトだな。これで実質、回収完了だ」

「はー、なんだかんだレムちゃんのエレメンタルシフトは見たことなかったので、新鮮ですね」

「何度も言うが、レムはお前を警戒してるからな」

「私そんな警戒されることしましたっけ」

「存在そのものがミュータント法で禁止されてるチェンジリングが何を言ってるんだ。もしくは自分の穴に聞いてみろ」

「あ、それ言います? セドウィックさんだってなんだかんだ激しい癖に」

 面倒臭そうな顔で息を吐き、セドウィックは腰を上げる。

 丁度、何やら大きな麻袋を担いだシャルベルが戻って来たところだった。

「ひとまずはお疲れ様ですわ、先生」

「ああ。 ――それは?」

「少し面白いことが分かりましたから、遊ぼうかと思いまして」

 シャルベルの声に反応し、麻袋がもぞりと動く。

「程々にしておけよ」

「大丈夫ですわ、エルフの処理には特別慣れておりますから」

「そういうこと言われると怖いんですけど」

「あら、ミーシャさんは厳密にはエルフではないでしょう?」

「まあ、そうですけど」

 くすくす笑うシャルベルに、なんとも言えない顔をするミーシャ。それを眺めるようにして見ているガロク。

 3人を見回して、セドウィックはまた息を漏らす。

「よし、そろそろ脱出するぞ」

「そうですね。具体的にはどうするんです?」

「表から出る。外から中へはゴブリン1人たりとも通さない警備体制だが、中から外に出る分にはそこまで難しくはない。GFIセキュリティにも根回しをしてもらっているしな。いつもより少しだけ緩いはずだ」

「殺すのはいけませんわよね?」

「勿論だ。報酬が吹っ飛ぶだけじゃ済まん」

「その手の進行、ホント苦手なんですけど」

「ミーシャが一番得意だろ」

「相手が生きてる状態のチェンジリングは碌なことにならないんですもん」

 談笑しながらふと見ると、通路の向こう側でXLD-078Lとスクリーマーが手を振っていた。セドウィックたちが会釈を返すと、XLD-078Lは満足気に笑みを浮かべ、2機はドローンの巣の方へと戻っていった。

 それをしばし見送って、セドウィックたちは遺跡の出口へ向かった。


 ***


「御機嫌よう、アンダーソン君」

 雨雲亭の一室でベルモンドと相対するなりセドウィックは舌打ちをして、面倒くさそうな顔で息を吐く。

「そんな顔をしないでくれたまえ」

「うるせえ。 ――終わったぞ」

「ご苦労。こちらでも確認しているとも。依頼のものはどうなったかね?」

「回収してある。もう数日、休息が要る。引き渡せと言うなら――」

「ああ、結構」

 ミラーシェードの向こうで笑みを浮かべ、ベルモントは手を振る。

「我々は今のところそれにさほどの興味を持っていない。管理コストも馬鹿にできるものではないしな。面倒なものは外部委託アウトソーシングするに限る」

「けっ」

「そういうわけで次の依頼だ。件のサーバーから、君の方でデータの抽出――聞き取りの方を進めておいてくれたまえ。たいへん手のかかる我儘お姫様が今更ひとり増えたところで問題にはならないだろう?」

「世話代ぐらい寄越せよ」

「データ提出の折に別途経費として対外交渉部に申請してくれたまえ。報酬の件だが、前のPINは生きているのかね?」

「変わってるに決まってるだろ」

「ならば後ほどゲオルグくんに無記名電子通貨インゴッドで持って行かせよう。彼の年収の数倍だ、きちんと受け取りたまえよ?」

「余計なお世話だ」

 吐き捨てるように言い、セドウィックは踵を返す。

 その背中にベルモンドは笑みを消し、真摯な顔で言葉を投げかけた。

「――私は君の力がいずれ世界を変えると信じているよ。今後とも、GFIを宜しく頼むとも」

 セドウィックは返事をせずに、恐ろしく面倒くさそうな顔で部屋を出た。

 ベルモンドはくっくと声を殺して笑い、薄青色のカクテルが入ったグラスを傾けた。


 ***


 曇天の下に出て、セドウィックは息を吐く。

 外の天気は相変わらずの雨で、肌寒い空気に満されている。そこには未来や希望という言葉は想像できるものではなく、鈍く重い汚泥に似た現実がある。

 それでも、繁華街の表通りには賑やかしい町並みが続いている。華美な装飾のオーグを紹介している女がいる。寄り添って歩いている種族違いのカップルがいる。商売文句を重ねて客引きをする男がいる。忙しなく歩いて行くスーツの女がいる。そんな中でGマイマイドローンが道を掃除し、フライング・アイ型監視ドローンが道行く男にPINの提示を要求している。

 一方で無秩序に乱立するビルの隙間、暗い裏路地に目を凝らせば、カモを探して道を見張るストリート・ギャングの手下がいる。今日の寝床や糧にありつこうとしている老若さまざまな男娼や娼婦がいる。怪しげな雰囲気をたたえて何かを待っている武装した女がいる。どこから拾ってきたのかわからないものを売っているボロを着た男がいる。死体が転がっていることさえ珍しくはない。

 その混沌とした中には、人間も、エルフも、ドワーフも、そしてゴブリンやオーク、コボルドもいる。既に滅び去ったとされる種族を模したミュータントも。

 世界大戦以前、世界は今より遥かに分かたれていた。人間は人間と、エルフはエルフと、ドワーフはドワーフと、そしてその他の種族も同様に、同族と共に暮らし愛し死んでいった。触れ合うことはあったが、交わりひとつになることは決してなかった。世界大戦が起きるまで、人間とエルフは争い合うことさえなかった。

 それを思いながらセドウィックは道を歩き、己のねぐらへと向かう。いつもの手順を忘れずに、相棒謹製のプログラムを立ち上げ、鍵を開け、扉を開ける。薄暗い室内を進めば、愛らしくも邪な声を上げる相棒の声が聞こえてくる。

「へっへっへ、さあ、無駄な足掻きは止めてこっちにおいでー。痛いのは最初だけだからね、ほーら」

 私室に入ってもやはり気付かない――もしくはわざとそうしているのか――相棒を見つつ、セドウィックはコートを脱いで楽な格好になってから、そのVRヘルメットを取り上げた。

「あ”ーっ!?」

「ただいま、レム」

「ただいま、ってセド! いいところだったのに!」

「言われなくても分かってる、レム」

 いつものことだからな、と抗議を聞き流しながらレムをベッドに運ぶ。

「もうっ。ま、いいや。お疲れ様、セド」

「ああ」

 レムの口付けに、セドウィックもキスを返す。えへへ、と嬉しそうに笑うレムに、セドウィックも小さく笑みを浮かべた。


 それからたっぷり時間をかけてお互いを確かめ合って、一息ついたところでレムが言った。

「ところでセド、あたしまた欲しいものがあるんだけど」

「マジかよ」

 次にどんな夢を描けるかが重要だ、とは誰の言葉だったか。

 かつて万能の魔法が人々に夢を見せたように、次なる魔法であるエーテルも人々に夢を見せた。ならばその結果としてあるこの現実――世界は、今もそうであるように人々の次なる夢で変わりゆくだろう。

 それがどんなものであっても、決して無意味ではないはずだ。

 そうセドウィックは思いつつ、次の依頼に面倒臭そうな顔をするのだった。

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