閑話2

 ***


「――しっかし」

 定例のミーティングが終わって、ドローン操縦手のエウリオンの恒例の愚痴が始まった。私はこっそりと息を吐き、私と同じスカウトを務める同僚のエリディアが対応してくれることを祈り、彼女をちらと見る。

 幸いにもエリディアは私の視線に気付き、バイザーの向こうからウィンクを返してくれた。

「こんなクソ暑いところで何日も待機とは、ホントやってられねえな」

「それ言うの3回目よ、エウリオン。それに暑いって言っても、ウェザー・プロテクションがあるんだから不快ってほどじゃないでしょ?」

「気持ちの問題だっての。しかも、そこのよくわからんケースのためにだぜ」

 その言葉で、つい視線を向けてしまう。

 意味がわからないぐらい巨大な金床の横、大きさ80センチほどのやや長方形をした運搬用のメタルケースが置かれている。私達、サウスロックに潜入しているソムニウム・テクノロジー社第六セキュリティ部地域課の面々に与えられた任務は、そのメタルケースを二週間の間、死守することに他ならない。

 恒例のことではあるけれど、目標物であるメタルケースの詳細については一切知らされていない。知っているのは、メタルケースに一切の損傷および強い衝撃を与えてはならない、それだけだ。

 隊長ならもっと詳しいことを知っているだろうが、私は知りたいとは思わない。この手の目標物を運搬、護衛する任務において、誤って中身を見てしまった者は3日以内に必ず事故死すると社内でもまことしやかに噂されているからだ。

 皆それを知っているから、愚痴や疑問を口にすることはあっても「開けてみようぜ」などとは間違っても言い出さない。

『いつものことだろ。まだ気を緩められるお前たちが羨ましいぜ』

 会話を通信越しに聞き、早期警戒および狙撃手のアントレリアがインスタント・メッセージで会話に参加してくる。

『俺なんか、この部屋の中でずーっと絶え間なく警戒中だってのに』

「お疲れ様。次の補給の時に色々頼んでおいてあげる」

『助かるぜ。警戒しちゃいるんだが、たまにローグドローンが見えるぐらいだからな。お前たちも一応あいつらには注意しておいてくれよ』

「ローグドローンね。そこのところどうなの?」

「なんで俺に聞くんだよ」

「ドローンのことはあなたが一番詳しいじゃない」

「ドローンなら何でもかんでも詳しいわけじゃねえっての。どうせ使用期限を過ぎたか、GFIが実験かなんかで思考レベルを上げすぎたかトチ狂ったAIどもだろ。何も考えずに徘徊してるだけだ」

 機械のくせによ、と吐き捨てるエウリオン。ドローン操縦手の割に、彼がドローンやAIに向ける視線は使い捨ての道具を見るそれだ。

「そういや、残りのセンチネルもそろそろAIが使用期限だから、新調しねえとな」

「使用期限って、AIの学習能力が危険だから、ってやつ?」

「そうだ。AIは頭が良くなるとすぐつけあがるからな」

「メンテナンスも大変ね」

「AIに重要な仕事までやらせようって発想がイカれてるんだよ。オーガを管理職につけるようなもんだぜ」

 言いながら、エウリオンは離れて立っているオーガクローン突撃兵を見る。遺伝子強化を全身に施されたオーガクローン突撃兵は、私達のような限られた物資の中で活動する地域課には欠かせないものだ。人型戦車と言っていいレベルで戦闘力が高く、私はこれが少数戦闘で正面から倒されるのを見たことがない。

 一方で致命的に頭が悪いのが難点で、指揮権を設定された人以外の命令は聞かないし、命令されていないことはできない。オーガと言えば頭が悪い筋肉だけの労働種族で、昔にエルフが征服してやらなければ世界戦争で滅びていた種族。これを管理職に当てるというのは彼なりの最大級に近い皮肉だろう。

「お前たち、その辺にしとけよ?」

 ロレンティオ副隊長が、重オーグ化した腕を弄りながら笑って口を挟む。

「さっきも隊長が言ってたが、想定されてる敵は強いんだ。俺達が簡単に撒かれた上に、エウリオン、お前のセンチネルがあっさり倒されたのを忘れたわけじゃねえだろう?」

「お言葉ですが、あれは相手があんな大口径の火器を用意してるとは聞かなかったからですよ。男が一人に武器がハンドガン程度って聞いてたんで見失わないよう突っ込んだまでで……」

「ならそう思わせた相手が上手だったってことだ。分かったらそろそろヴァンガードの点検を始めろ。終わったら所定の位置について、センチネルで周囲を見回ってこい。補給物資を持ってきてくれるイマジナリ・ドリーム社の連中がローグドローンに襲われたら洒落にならん」

「ちっ、分かりました」

 悪態を吐きつつも、エウリオンは腰を上げる。

「……ロレンティオ副隊長、その敵は来ると思いますか?」

 ついでとばかりに質問を投げかけると、さてなあ、と彼は笑う。

「来るにしても来ないにしてもアレを守るのが俺達の任務というか、仕事だが――俺だったら来ない、というより来れないな。ここはGFIもまだ所在を掴んでない場所で、2週間と少しで突き止めること自体に無理がある。手前のエリアをディープコア・アドベンチャリング社の連中にしっかり固めてもらっているから、調べることすらできん。だが――」

 ちら、とロレンティオ副隊長は、少し離れたところで瞑想するようにして目を閉じて座っているリガリオ隊長と、その近くで直立不動で待機しているオーリブリーン隊長補佐を見る。

「隊長と補佐殿は、かならず来る、という考えのようだぜ」

「必ず、ですか」

「まあ、隊長のは一種の願望だと思うけどな。あれで結構執念深い性格してやがるから。とはいえ、そのつもりで準備してた方が業務上正しい態度なのは言うまでもねえだろ、なあエウリオン」

「わかりましたよ、まったくその通りです」

「ま、文句を言いたくなるのはわからんでもないが、その分の高給だ。我慢しろ」

「了解」

 私も返事をして、ファイアランスライフルを担ぎ直し、腰を上げ――

「――総員、伏せろ!」

 瞬間、リガリオ隊長の声がその場に響いた。

 腰を上げきったばかりで、反応が遅れた私が目の前に見たのは、溜め込んだ精霊力を解放して消滅する精霊たちと、迫りくるその余波だった。


 ***

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