第20話
GFI都市治安維持法:都市区画の出入りに関する規則の第3条3項。『何人も、同規則2条2項に基づいて定められた都市ゲート以外からの入場および出場を禁止する』
***
「こっちだよ!」
ガロクに破壊された脚部の復元を終えたスクリーマーと一緒に歩くXLD-078Lに先導されて、セドウィックたちは遺跡の中を進む。
「こっちで合ってるんです?」
「少なくとも方向は間違ってない。 ――あー、XLD-078L?」
「何?」
「さっきの話をもう少しよく聞かせてくれ。エルフの連中以外に、何がいたって?」
進むほどにドローンたちの構造体が複雑さを増し、活動するローグドローンの量が増える中、この量に襲われたら終わりだな、などと思いながらもセドウィックは問い直す。
「ふふっ、聞きたい?」
「ああ、聞きたい」
「そっか、友人――友達だからね、友達の頼みとあっては断れないよね!」
何かにつけて友達を強調しながら、XLD-078Lは楽しげにその長い髪を揺らしつつ、得意気に話し始める。
「私が知ってる、というより仲間の皆が見たのは、エルフの人が8人と、2メートル30センチの大きい人が1人と…… スクリーマーくん、あれはなんて言ったっけ?」
XLD-078Lの問いかけに、スクリーマーが砲身を上下させる。
「そうそう、ソムニウム・テクノロジー社のヴァンガードくんが1人と、センチネルくんが2人だね」
「マジかよ」
ソムテクのヴァンガードと言えば、同社が誇る戦闘ヘビードローン『ヴァンガード』しかいない。3大メガコーポのドローン市場の中では機動力と電子性能を売りとするソムテクにしては珍しく、恐ろしく重厚な防御力を誇る戦車型ドローン。ミスリル系の複合装甲に蓄えられた膨大な精霊力から運用される高出力レーザー砲を備え、火力も十分以上という代物だ。
人型戦闘ミディアムドローン『センチネル』ならセドウィックも下水道で破壊しているが、あれも重オーグ装着者に勝るとも劣らない高い機動力を誇り、装甲も決して脆くはないという高水準の性能を誇る対人戦闘ドローンだ。
「1体だけとはいえ、ヴァンガードの破壊は流石にガロクさんでも手こずりそうですわね」
「なによりガロクはレーザーに対しては相性が良くない。ヴァンガードはミーシャが処理するか、どこかに隠れてる操縦者を始末するかだな」
「ていうかスクリーマーにヴァンガードって、なんでこんな立て続けに戦闘ヘビードローンと戦わなきゃならないんですか」
「まったくだ。 ……身長のデカい奴も気になるが」
「それは俺が片付ける」
息を吐くセドウィックに、ガロクが唐突に口を挟む。
「――奴だと思うか?」
「間違いない。勘だが」
「なら任せる」
短いやり取りで確認し合いながら、一行はひたすらに遺跡の中を奥深くへと進む。
生物的構造体のうねりもピークを過ぎた頃、風景に変化が見られた。それまで石材を主としていた構造が金属を中心としたものとなり、空間の広さは縦へ横へと更に増し、金属でできた2階建て、3階建ての建物が立ち並ぶようになってくる。そして何より、ライトを使うまでもなく、空間に自然な光が満ち満ちていた。ドワーフの古い地下街だ。
気付けば、暖房が入っているかのように気温も上昇している。
「町並みが見えてきましたね。この上は、もう?」
「ああ、サウスロックの外壁近くだろ」
「ここからもう少し進むと、広いホールがあるよ。溶岩が流れてて、中央に大きな鍛冶場がある。エルフの人たちは、そこで見たんだ」
「溶岩に、鍛冶場?」
「それで、気温が上がってるんですのね」
「昔の工場区画だろう。昔は火の精霊力を十分に使う方法が溶岩炉しかなかったらしいからな。XLD-078L、その辺りで見晴らしのいい場所はないか?」
「それなら、こっちの方から行けばバルコニー付きの高い建物があるよ」
「案内してくれ」
「いいよ、なんてったって友達だからね!」
XLD-078Lは満面の笑顔で言って、ドワーフの遺跡街路を進み始める。大通りを逸れて、少し小さな通りへ。工場区画を中心に、ゆっくりと弧を描く回廊通りを5人と1機で進み、ややあって比較的大きな建物の前へ。
「ここだよ」
「なるほど、酒場兼宿屋か」
セドウィックの視線の先、軒先に突き出した看板には、酒樽とベッドのシンボルがあった。それを見て、ガロクが懐かしげに目を細める。
「懐かしい。オーガも昔はこのようなシンボルがあった」
「そうですのね」
「文盲率の高さがあったからな。幟に文字を書いても、読めん者が大勢いた」
「オーガ語の使いにくさもあったんだろうな」
「ああ。世界戦争の折にエルフに多くの部族が征服され、共通語を強制されて以降は、その心配もなくなったが」
「なんでそこで私を見るんです?」
宿屋の一階が酒場になっており、広いホールにカウンターがあった。円形のテーブルとそれを囲む椅子がホールに並べられたままで、いくつかのテーブルの上には木製のマグと皿、そして完全に干からびた料理の残骸が残っていた。カウンターの奥にはいくつかの酒瓶が残っており、中には値打ち物のラベルもあったが、保存状態を考えればさて、というところだろう。
「2階の奥の部屋だよ。スクリーマーくんはここで見張っててくれるかな」
スクリーマーが砲身を上下させるのを見つつ、セドウィックたちはホールから階段を上がり、宿になっている2階へ。
奥の大部屋は一番いい部屋らしく、ダブルサイズのベッドや鎧も入れられそうなクローゼットの他、一通りの家具が揃っており、大きな窓の外のバルコニーからは巨大なホールの中央にシンボルとして鎮座する幅3メートル近い巨大な金床と、今も溶岩が流れ込み運転している溶岩炉、それらを囲むように位置する赤く煮えたぎる溶岩池と、ホールに面した工場区画の回廊街を一望することができた。
そしてまさに、その巨大な金床の周囲に――
「――いた。奴らだ」
鎧めいたミスリル系合金製のコンバットスーツに身を包み、完全武装で待機しているソムテクのセキュリティ部隊が、油断なく周囲を警戒しながら集まっていた。
「あれが?」
「ああ。俺が最初にバイオラート・データサポート社に仕掛けた時に出てきた奴らだ。全員の顔まで確認できたわけじゃないから、断言はできないが。XLD-078L、仲間のドローンたちが見たっていうのはあいつらか?」
「そうだよ、間違いないね」
「よし、なら人数もおそらく確定だな」
セドウィックはインコムの補正を借りて望遠をかけ、彼らの様子を観察する。何か打ち合わせをしているようだった。中心になって話しているのは、エルフたちの中では1つ頭抜けて身長が高い、恐らく隊長格の男。位置、そして表情や態度から窺える副隊長格の男が2人。ヴァンガードも、その2メートルの巨体で溶岩炉に挟まれた通路の半分を塞ぐようにして鎮座している。ヴァンガードに寄りかかって立っているドローンの操縦手の男。見えるセンチネルは1機のみ。一団から少し離れて立っている、全身鎧めいたスーツを着ているオーガが2メートル30の大きい人。残りの2人が一般隊員。2人分の姿が見えない。そして――
「予想通り、精霊が顕現済みですか」
「まあ、そいつは世界戦争時代からの定石だ」
鍛冶場を囲むようにして、炎、風、水、土、光、雷の精霊が顕現していた。それぞれがいずれも5メートル近い半透明の巨体、あるいは裸体を、何をするでもなく宙に浮かばせ、漂わせている。
「あれがある限り、精霊力が使いたい放題、ということですわよね?」
「そういうことだな。外付け電源みたいなもんだ。まあ、今回は対策済みと言っていい。そう問題はない」
セドウィックは観察を続け――隊長らしき男の足元に、大きさ80センチほどのメタルケースがあるのを見つけ、それをしばし見つめて――ぎり、と歯軋りの音を立てた。
「――依頼の目標も発見」
ひとつ息を吐く。
「よし、やり合うぞ」
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