第17話
GFI都市治安維持法:AIの取り扱いに関する規則の第9条4項。『都市区画内およびその近隣100キロメートルの範囲内でローグAIによる営巣を確認した者は、その都市のGFIセキュリティ部へ通報する義務を負う』
***
「――よし、これでいいだろ」
ミーシャが入手してきた識別コードを調整して各々のPINに書き込み、遺跡内への突入準備が完了する。
「これで、この先のローグドローンたちからは狙われない、ということですのね」
「ま、理論上はな」
有人操作の場合はともかく、AIによる個人認証には、光学的判定よりもPINが持つデータのほうが優先される。識別コードを偽装した結果、この先のローグドローンたちには、セドウィックらが寄生改造済みのカットラスに見えるはずだ。
「まあ、これでやり過ごせるケースのほうが多いはずですよ」
「とはいえ、あくまでも向こうさんのセンサーが正常なら、の話だ。撃たれる準備は怠るなよ」
「勿論ですわ、先生」
「あぁ、嫌な準備です」
「俺が先に行く」
グール相手に使った剣の調整を終えて鞘に収めたガロクが立ち上がり、前へ出る。その後ろへセドウィック、ミーシャ、シャルベルの順で続き、洞窟からドワーフ遺跡内へと侵入を果たす。
「歩き易くていいですわね、こういうところは」
「その分、相手もクソさ倍増だがな」
一行はそのまま、足音がよく反響する廊下を進む。
奥に進むに連れて聞こえてくる不規則な機械音に警戒を強め、生物的な構造体が見えてくると、セドウィックは眉をしかめた。
「間違いなく、だな。 ――シャルベル、どうだ?」
「いますわね、ミーシャさんの報告通り、3機」
「そいつらが撃ってくるかどうかで対応を考えよう。ガロク、頼む」
「いいだろう」
頷き、ガロクは単独で前へ進む。
通路を抜けて奥行きのあるホールに出ると、暗闇の中から3機分の走行音が響いてくる。ガロクは腰元のライトの向きを調整しつつ、2本ある両手持ちの大金槌の片方に片手をかけながらゆっくりと進む。
ライトで照らした先、構造体の補修作業を行っているカットラスが見えて、ガロクは更に接近する。ライトで照らされたカットラスは、きゅいん、と音を立てて光学センサーを動かしたものの、反応はそれのみだった。
カットラス3機の隣をゆっくりと歩きながらすり抜け、ガロクは腰のポーチからスマートフォンを取り出し、太い指でひとつずつ文字を打ち込み、できるだけ短いインスタント・メッセージを送る。
『反応なし、進む』
『わかった。少し距離を開けてこちらも追いかける』
セドウィックの返信を確認し、ガロクは黙々と作業を続けるカットラス3機をしばし眺めてから、更に奥へと進んでいく。
ホールの奥は、巣、と形容するのに相応しい様相だった。意味不明、意図不明の生物的構造体は更に密度を増し、柱のようにそびえ立っているものもあれば、廊下の中央に渦巻く球形をして、独特の駆動音を立てているものもあった。恐らく何かしらの機能を備えているのだろうが、機械に疎いガロクには検討のつけようもない。
更に、徘徊しているローグドローンも密度を増している。他のカットラスは勿論、6本の脚部で荷台付きの重厚な胴体を支えるヴェルドーレ・コンストラクション社の運搬ミディアムドローン『ポーター』や、カットラスと同じくGFIロボティクス製の、剣に似たフォルムの飛行型偵察ライトドローン『セイバー』なども正式なものとは異なり、腫瘍や触手を生やしたような姿で忙しなく動き回っていた。
おそらくは巣のマザーが独自に作り出したものであろう、異様に小さい胴体に不揃いの多脚を持つ不快害虫めいたドローンの群れが、生物的構造体の表面を這い回っている光景を横目に見つつ、ガロクは更にその足を進め――
「――む」
一拍、足を止めた。
柄にかけていた手をライトに伸ばし、消灯する。ドローンたちが放つ僅かな光の中で、ガロクは正面の暗闇を僅かに睨み、ホールの端に並び立つ生物的構造体の柱の陰へ、その巨体を素早く隠した。
明確に何かを察知したわけではない。ガロクにとってはいつもの勘だ。あるいは自身が意識的に知覚できていない何かがそう教えてくれるのか。何にせよ、ガロクはそれをいつも信じている。
ややあって、ドローンたちが放つ機械音とは明確に異なる、人めいた足音が聞こえてきた。それに加えて、重量感ある機械音も。
『何か来た、人か』
『人? ドローンじゃないのか?』
『足音、加えて重い機械音』
『わかった、こっちで確認する』
スマートフォンの光をできるだけ隠しながらインスタント・メッセージを送信し終え、ガロクは大金槌の柄に手をかけながら、まるで岩壁に擬態するトロールのように息を、気配を殺す。
探知方法が多岐に渡る現代においては、どれだけ上手に隠れようが、それが物理面だけでは何の意味もなさないことが多い。物理面は勿論のこと、熱や音、または電子、魔術的な探知から上手く逃れて始めて、隠れるという行為は上手くいくというのが今時の一般論だ。むしろ目視より便利な探知方法が数多くあることから、もはや物理的に隠れるのはさほど重要ではないとする論もある。
ガロクはどちらの論者でもない。何から隠れるべきか、と聞かれれば、相手の意識からだ、と彼は答える。
ガロクが隠れている柱の向こう側を、何者かが足音と、床を軽く振動させる機械音を立てながら通過していく。
「――本当だよ、誰かはわからないけれど」
しかも、会話をしながら。
「少し前にカットラス8番くんから連絡があったんだ。知らない誰かがいるって。話をしようとしたら、突然消えたみたいなんだけど」
声は若い女性のものだった。どことなく不自然な抑揚があり、まるで共通語を覚えたばかりといった様相だった。誰かと話をしているようだが、その相手の声は一向に聞こえてこない。
「その言いぐさは酷くない? まあ確かに、その、あんまり上手じゃなかったとは思うけどさ。勿論、アップデートはしてあげるつもりだよ」
不快害虫めいたドローンが自身の身体の上を這い回るのにも微動だにせず、ガロクは待つ。
声の主と足音が完全に通り過ぎるのを待って、ガロクはゆっくりと顔を出した。
***
「しかし、すごい数ですねぇ……」
どこを照らしても何かしらのドローンが這い回っている光景に、ミーシャは辟易とした声で言う。
「一体、何体引き抜かれたんですかね、GFIロボティクスは」
「新型によっぽど自信があったのでしょうね。統率機能を持っているドローンがローグ化した時の危険性を軽視するぐらいですもの」
けらけらと笑いながらシャルベルは言う。多数のドローンを効率的に運用させる指揮官型ドローンがローグ化した時には、その配下のドローンもまとめてローグ化する危険性がある。GFIロボティクスも対策を講じていなかったわけではないだろうが、皮肉にも自慢の新型の方が一枚上手だったということだ。
「それにこの構造体、材料はどこから持ってきたんですかね」
「その答えは、アレだろ」
セドウィックが脇道の部屋を照らすと、そこでは古き良き時代の遺物とも言えるプレートアーマーやタワーシールドの解体作業に勤しんでいるドローンたちの姿があった。
マネキンめいた等身大ドワーフ像が破壊され、それらが身に着けている装備品や装飾品が分解されていく光景に、うわぁ、とミーシャは声を漏らす。
「古物商が見たら悲鳴を上げそうですね。あぁ、勿体無い」
「このあたりは遺跡の中でも表層の方だろうから、珍しいアーティファクトはそう多くないだろうってのが救いどころだな」
「まあいいではございませんの。彼らは決して無意味に消費されているわけではありませんわ。この世に無駄なものなど、何ひとつ存在しないのですから」
「シャルベルさんもたまには神官みたいなこと言うんですね」
「ただの受け売りですわ」
くすくす笑うシャルベルに、セドウィックはひとつ息を吐き――ぽん、とガロクから届いたインスタント・メッセージに足を止めた。
「あら――お出ましでしょうか?」
「わからん。 ……まあ、正面から会ってみるのも悪くないだろ」
「いきなり撃たれたらどうします?」
「その時はその時だ。丁度、聞きたいこともあるしな」
奥行きのあるホールの途中で足を止めた3人にも、ややあって、人めいた足音と、重厚な機械音が聞こえてくる。
一拍を置いて、照らすライトの光の中に現れたのは、海のように深い青色の紙を無造作に足元まで伸ばし、乳白色のドレスめいた服をまとった人間の少女と、2メートル近い巨体を6本の足で支えるヘビードローン。
「――あ、君たち、かな?」
セドウィックが怪訝な顔で見つめる中、青い髪の少女は嬉しそうに微笑んだ。
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