第18話

 冒険者組合発行・冒険者の心得:モンスターへの対処第5部・ローグAI編の一節。『ローグAIと戦う時に必要なものは、そのイカレAIが何に搭載されているかによって違う。ライトドローン:頑丈な鈍器またはそこらに落ちている拳大の石。ミディアムドローン:単分子系の刃物、対装甲弾、雷撃呪文を使える精霊術者またはEMPの類。ヘビードローン:戦闘用MECHメックまたは同等クラスのヘビードローン。それがなければクローニング契約または蘇生呪文を使える術者、もしくはお前の遺品を組合に寄付する内容の遺書』


 ***


「こんにちは、はじめましてっ」

 セドウィックたちの前に現れた大型ドローンを伴う少女は、出し抜けにそう挨拶した。非常に整った顔には柔和な微笑みがあり、敵意を感じさせない。

「あぁ、こりゃご丁寧に。 ――いきなりで悪いが、あんたがここのリーダーか?」

 セドウィックは銃にかけていた手を離しつつ、簡単な会釈とともに問いながら、2体の素性を観察する。とはいえ、おおよその検討は付かないはずもなかった。

「リーダー? ああ、うん、そうだよ。私が皆のリーダー。XLD-078Lさ」

 まさしく型番そのものの名前を聞いて、やはりか、とセドウィックは面倒臭そうに息を吐く。

『XLDって……』

『この子がこの巣のローグドローン・マザーですわね』

 口に出さないミーシャのインスタント・メッセージにシャルベルが答える。

 XLD某と名乗る少女は、普通に一見しただけでは非の打ち所がなさすぎる容姿の美少女にしか見えないが、シャルベルの各種センサーやミーシャのセンス・スピリットから見れば、彼女が生物でないことは明らかだった。

 XLD-078Lはまずもって、人という生物が有しているべき熱をほとんど有していなかった。シャルベルの熱センサーにおいては、彼女の全身は周囲の空気と同レベルの15度前後で、代わりに胸の中央と下腹の辺りに40度を超える熱量があった。これはお世辞に言っても自然ではなく、胸の中央は主動力炉、下腹の辺りは補助動力炉と見る以外にない。

 加えて、ミーシャのセンス・スピリットにおいては、彼女から生命と精神の精霊の気配を確認することができなかった。生物が生物である限り、その2種の精霊はその肉体に必ず宿っている。よってセンス・スピリットの前にあっては、生物は生きている限り機械に化けることはできない。

「そうか。家造りの最中に、勝手に邪魔をして悪かったな」

「いいよいいよ、気にしないで。それより、君たちの識別名も聞かせてほしいな。スキャンだと、なぜかカットラスくんになってるけど……」

「俺はセドウィックだ。こっちがミーシャで、これがシャルベル」

「セドウィックに、ミーシャに、シャルベルだね」

 やたら友好的に見えるXLD-078Lに、ミーシャはつい怪訝な顔になる。ローグドローンと言えば生物には攻撃的な存在だと相場が決まっているからだ。そして警戒を解くわけにはいかない理由が、彼女の斜め後ろに沈黙のまま控えている巨体のヘビードローンにある。

 例によってあちこちから妙な触手めいたマニュピレーターが生えているものの、厚みのある円盤状の胴体から上下に突き出した砲塔、そこから長く伸びる短長ひとつずつの砲身に同軸機銃、背部に背負うようにして抱えている垂直発射型ランチャー、それら全てを支える無関節重装甲の6本足、象徴的な赤色のカラーリングが施されているその威容は、間違いなくヴェルドーレ・インダストリアル社が誇る戦闘ヘビードローンの傑作『スクリーマー』だ。

 神性金トゥルー・ゴールド魔術水銀マギクリウスを主とする複合装甲によって維持される魔法障壁は、人が携行できるレベルの武器からのダメージをほぼ受け付けず、その主砲であるレールキャノンや副砲のブラスターは、これまた人が携行できるレベルの防御手段を容易に貫通しうる。そもそもスクリーマーは対装甲兵器への運用を主眼としたドローンで、僅か1体だけとはいえ、対人目的で運用するにはあまりにオーバースペックだ。

 無論、この場にいる3人――ミーシャもそう簡単にはやられはしないという自負はあるが、そもそも戦いたい相手ではない。XLD-078Lとスクリーマーが今日の依頼において倒す必要がある存在ではない以上、尚更だった。

「それで――XLD-078L。もしよければ、俺達全員にここを通る許可をくれると嬉しいんだが。あんたらに危害は加えないし、手間は取らせないつもりだ」

「なるほどね。んー、いいよ、それぐらいなら」

 拍子抜けするほどに、XLD-078Lはあっさりと頷く。

「その代わりに、お願いがあるんだ」

「なんだ?」

「この子、スクリーマーくんと戦ってみてほしいんだ」

 ぽんぽん、とスクリーマーの前足を叩きながら、XLD-078Lは大変気軽に宣った。

「あー…… 悪いが、俺達は他の人からの頼まれごとで動いていてな。あまり時間がかかることはできない。後日、ってのは駄目か?」

「だーめ。君たちがちゃんと来てくれる保障がないもの。それに、そんなに時間は取らせないってスクリーマーくんも言ってるし」

「まあ、それもそうだな」

 どちらに掛かっているのか分からない同意で、セドウィックは面倒臭そうにしながらも頷く。

「よし、わかった。ここで会ったのも何かの縁だろう、付き合ってやる」

「本当? 良かったね、スクリーマーくん」

 XLD-078Lが差し出した手に、スクリーマーは砲塔を旋回させて砲身を当てる。その様子はハイタッチに見えないこともなかった。

「その子、喋れますの?」

「そうだよ。発声機能をつけてあげられてないから、分かりにくいかもね」

 さも当然のように言うXLD-078Lに、スクリーマーが頷くかのように砲身を上下させる。ヘビードローンの多くはローグ化を警戒していることもあって有人操作が基本であり、それに漏れず正式なスクリーマーには最低限の機械的AIしか搭載されていないはずだった。よって本当にそんな高度な自己意思があるのかどうか定かではないが、ともかくそういうコンビらしい。

「取り敢えず、ルールを決めるか。念のため確認しておくが、撃ち合いでいいんだろう? 勝敗の条件はどうする?」

「そうだね、お互いにそれぞれ3部位以上破壊したら、とかはどうだ、って。勿論、主要部位への攻撃はなしで」

「3部位ね。まあ、いいだろ。治療はさせてくれるんだよな?」

「君たちを完全に破壊したいわけじゃないし、それは問題ないってさ」

 スクリーマーの火力がまともに投射されれば、人体など1発で3部位どころか全損確定に近い。そういう意味では冗談のようなルールだったが、セドウィックはこともなげに頷いた。

『てか、マジでやるんですか?』

『見つかっちまった以上はな。強行突破はもっと面倒臭い』

『セドウィックさんお得意の口八丁で何とか騙すとか』

『俺をなんだと思ってるんだ』

『まあいいではありませんの。わたくしは賛成ですわ』

『シャルベルさんはどうせセドウィックさんに全面賛成じゃないですか』

『それほどではこざいませんわ。それに、あのスクリーマーさんも可哀想ですから』

『アレから可哀想という要素が出てくる辺り、シャルベルさんって神官ですよね』

『それほどではございませんわ』

『まあ、奴がおそらく戦闘ドローンとしての役目を果たしたことがないってのは、こっちにとってはこれ以上ない優位だ。慣らし運転に付き合ってやると思えば、それほどでもない』

 目の前のスクリーマーが、その身に満載された重火器を使ったことがないというのは、胴体や脚部のそこかしこに損傷痕とその修理跡がいくつも見られる割には新品同然の砲身を見れば分からなくもなかった。

 通常の手段ではどうやってもサウスロック市に搬入することはできないスクリーマーがXLD-078Lと一緒にGFIロボティクスから逃げ出してきたなら、彼もしくは彼女がどのように同社で扱われていたかは、想像に難くない。

 インスタント・メッセージによる相談を終えたセドウィックは、期待を込めた目でこちらを見るXLD-078Lに改めて向き直る。

「こっちは全員でかかっていいのか?」

「スクリーマーくんは構わないって」

「ありがとよ。 ――ひとついいか?」

「何?」

「ただ撃ち合うだけじゃ面白みがない。もしも俺たちが勝ったら、そうだな――友人ってことで、色々と聞かせてくれ」

「いいね、それ。 ――友人、友人かぁ」

 何やら気に入ったように繰り返すXLD-078Lは、そうだ、とひとつ名案を思いついたように、

「じゃあ、スクリーマーくんが勝ったら、友人ってことで色々聞かせてあげる」

 そう言って、XLD-078Lは極上の笑顔でふふっと笑った。

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