第26話

 剣の時代・とあるエルフ国家の法律:妖精郷に関する規則の第187条。『何人も、世界樹を守護する使命を帯びている妖精一族(世界樹守護種)への一切の接近、手出しを禁止する。いかなる理由があれ、これに違反したものをただちに追放処分とする』


 ***


 ――流石は、噂に聞くエーテル使いだ。

 セドウィックとの衝突が始まってしばらく、リガリオはセドウィックを素直にそう評価した。

 大戦時代、エーテル使いは戦場の趨勢を常に左右してきたという。開戦以降押されてばかりだったエルフ連合軍が、エーテル使いの投入直後に互角まで持ち直したという逸話からも、それは明らかだ。

 何故そこまで圧倒的だったのか、リガリオはセドウィックと戦い始めて数十秒でそれを理解することができた。

 右手の長剣で突き払い、その振りの隙を左手のパルスレーザーガンで埋め、超能力の念動術キネシス系で防ぐのが難しい攻撃への守りを固め、ここぞという時の一撃を加える。そして“読心”マインドリードで「相手がどう動くつもりなのか」を読み取って戦うのが、後天性エスパーであり精神放射術サイオニック系を使うことができないリガリオのやり方だ。

 奇しくも、というべきか、セドウィックの戦い方はこれに似ている。右手の剣と左手のハンドガンの一体的な連携で攻め立て、“願う”ことで回避しきれない攻撃を逸らし、あるいは防ぐことで守りを固めている。

 似たような戦い方であるからこそ、リガリオはこの戦い方のどこに隙が生まれるのか、弱点が何かを熟知している。そして彼は、その隙や弱点をいかにして埋めるかに腐心し、まったく同じ能力の――相性差という言い訳が効かない――相手と戦った時に勝利するための方法を常に研究してきた。

 だからこそすぐに分かる。この男は、この戦い方で生まれる隙と弱点を、すべてエーテル術によって対処している、と。リガリオは己の研究と努力に自負を持っている。だからこそ、“願う”ことであらゆる全ての可能性を手中に収めることができるエーテル術の恐るべき柔軟性、それがもたらす戦術の拡張性に驚嘆せずにはいられなかった。

 故に、剣と剣で切り結び、あるいは銃で撃ち合いながらリガリオが探るのは、セドウィックの体内エーテル残量と使用効率がどれ程のものなのか、という点だった。

 エーテル術はリガリオが今まさに体験しているように恐ろしく柔軟性が高い。しかしその一方で、恐ろしく燃費が悪いという欠点を持つ。

 精霊術、神聖術、超能力――かつては魔術も――このいずれも、使用するには精神力を要求される。精神力、またはそれを補充・代替するアイテムが続く限り、それらを消費して術を使い続けることができる。

 対するエーテル術は、精神力を消費しない。その代わり、事前に体内に取り込んだエーテルを消費する。それも、使い方によっては壮絶な量を、だ。

 エーテル術は願えば何でもできる、というのは誤りではない。ただし、それはあくまでも十分なエーテルがあれば、の話だ。エーテル術の行使で消費されるエーテルは願いの内容とその対象に応じて変化し、一般には願いが壮大になるほど指数関数的に増加する。

 精霊術とエーテル術で同じことをするなら、願い方にもよるが大抵の場合は精霊術の方が遥かに少ないコストで済む。精神力はどんなに使っても丸一日ほど健康的に寝ればおおよそ回復するが、エーテルはメガコーポが精製したものを購入する他なく、その価格も数グラムで数万クレジットにもなるからだ。手のひら大の火球を作り出し放つだけなら、成り立てのエレメンタリストでも気絶するまでに10回は撃てる。エーテル術の場合は1発数万クレジット(時価)ということになる。それが、世界からマナが失われ、エーテルの入手方法が限定的になった大戦後、エーテル使いと呼ばれるほどのエーテル消費者がいなくなった理由でもある。

 セドウィックもリガリオも、戦闘を開始して1分近く、未だに一発の有効打もないが、互いのエーテル量と精神力は減り続けている。そしてリガリオは自身の精神力にはある程度の自負があったし、加えて精神力を回復する魔法薬を効率的に摂取するための注入器インジェクターオーグを導入している。セドウィックがどれだけの量のエーテルを体内に取り込んでいるかは知らなかったが、間違いなく自分に分があるはずだとリガリオは考えていた。

 それを裏付けるように、セドウィックのエーテル術は、リガリオを対象としたものを一度たりとも発動した気配がない。エーテル術で消費されるエーテルの量は、その願いの内容もそうだが、対象に取った相手が術者自身の時が最も少なく、意志のない無生物、意志のない生物と続き、意志ある生物を対象に取った時が最も多くなる。裏返せば、それはセドウィックが一撃でリガリオに致命傷を負わせることができるほどの願いを叶えられる量のエーテルを有していないいうことになる。

 あるいは消費量を節約しようとしているという可能性もあるが、この男はそこまで温い考えは持っていないだろう、とリガリオは当たりをつけていた。

 今もマインドリードでリガリオの脳内に流れ込んでくるセドウィックの思考は、ただひたすらに、機械のような正確さをもって次の行動をシミュレートし続けている。そこには別の盤面で戦っているオーガのことや、他にいるであろう仲間のことは微塵も含まれていない。

 つまるところ、この男は精神力とエーテルの純粋な削り合いで勝利しようとしている。それがリガリオが出した結論だった。

 無論、リガリオがそれに付き合う義理はない。チャージャー1があのオーガに勝利すればそれで良いし、オーリブリーンが金床の影に隠れて決めようとしているのはブレインハックだろう。更に、狙撃手であるアントレリア、シヴィアリアの兄妹がこのホールに面した建物に潜んでおり、今もセドウィックに致命の一撃を与えようと狙いを付けているのが僅かながら思念として聞こえてきている。

 勝利に至る要素は多いと、リガリオは確信というほどではないものの、自負を抱き――それが起こった。


 リガリオがそれに気が付いたのはほとんど偶然だった。視界の端、確認する程度に気に留めていたチャージャー1とオーガの戦闘の中、オーガが投擲した大金槌の1本が、リガリオに向けて飛んできていることに。

「――ちっ!」

 幸いなことに、“念動障壁”キネティック・シールドは物理的な干渉の中でも、動力学的な攻撃を阻止するのに最も適性がある。たとえオーガの筋力で投擲された大金槌であっても、問題なく阻止できるはずだった。

 だが、隙はどうしても生まれてしまう。それを見逃すセドウィックでもなかった。

 足を止めたセドウィックは、弾切れも近いハンドガンを構える。当然、エーテル術の効果が乗った、超能力の干渉を受けづらいように願われた弾丸がそこから放たれるだろう。事実マインドリードからはその兆候を読み取ることができた。大金槌がキネティック・シールドに食い止められるのに合わせて撃つつもりであることは、もはやその思考を読むまでもなく推察できた。


 だからこそ、その光景を狙撃銃のスコープ越しに見ていたアントレリアは、撃つなら今しかない、とトリガーを引いたのだ。

 大型の機関部に多重配置された晶石レンズを通し、銃口から高出力レーザーが放たれる。それは溶岩に暖められた空気を焼きながら一瞬でセドウィックの元に到達し、その側頭部に命中する直前で、ぱんっ、と弾けて拡散した。

 対策はなされていたのだ。

「くっ!?」

 狙撃の失敗を悟りつつも、セドウィックが撃つのを止めたことで、目的の半分は達したとアントレリアはすぐさま立ち上がり、場所を移動しようとして、

 その体を、彼が隠れていた窓枠ごと極太のレーザーが貫いた。

「が、っ……!?」

 コンバットスーツごと体に大穴を開け、続く余波で上半身の半分を消滅させたアントレリアは、元雑貨店の2階、日用品の山が所狭しと積まれているその場所で、身悶えもできずに息絶えた。

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