第11話

 GFI武器等製造法:武器の取り扱いに関する規則の第19条3項。『同法16条に基づいて許可を受けた者以外が、GFIが定めた都市区画内においてGFIグループが製造したものではない武器の製造および販売を行うことを禁止する』


 ***


「やはり生きていたか」

 昨日の顛末を聞き、ガロクは別段不思議でもなさそうに頷いた。

「やはりって、知ってたんです?」

「勘だ」

 ガロクは量産品の両手持ち大金槌を片手で握り、感触を確かめながらミーシャの言葉に頷く。2、3度手の中で転がすように握ると、丁寧に買い物籠の中へと置いていく。

「嘘こけ。どうせガロクのことだ、あいつともっと戦いたいだけだろ」

 小気味いい金属音を立て、愛用のハンドガンへ装填を終えたセドウィックが、併設された試射撃場シューティングレンジから言葉を投げ入れる。片手で構え、狙うのは射撃場の遥か奥に立つ人型の的。

「そうかもな。奴との戦いで、一番いいところをセドウィックに持って行かれてしまったからな。戦闘狂ウォーモンガーの性だ」

「自分で言います?」

 軽い発砲音の中でもよく通る声でガロクが同意すると、ミーシャはなんとも言い難い表情で美麗な眉を顰める。

「私は二度とゴメンですけどね。ああいう何でもできる手合とは戦いたくないです」

 僅かにオイルと硝煙の匂いが漂う一角、GFIの実包ハンドガンの陳列棚を眺めながら言って、ミーシャは、ううん、と長耳を垂らした。

「GFIの銃ってどうしてこう角々した形ばっかりなんですかね。やっぱりレーザーガンもないし」

「偏屈ドワーフ技術者揃いのGFIに何を期待してるんだ」

「そう言っても、大企業ではもう管理職レベルでも異種族採用マルチ・スピーシーズなんて珍しくないんですから」

「そりゃ事務職や営業周りみたいな表の顔はだろ。研究やセキュリティ部門はまだがっちり固めてる。もっと言えば、既に世界シェアを三分してるメガコーポが今更自分の持ち味をがらりと変えてもな」

 言いながら弾倉ひとつ分を撃ち終えて、セドウィックは大きく息を吐く。そして次の弾丸を弾倉内に込めていく。

「GFIは実包、ソムテクはレーザー、ヴェルラボはレール。住み分けができているというのは、いいことだ」

「分かってますけどねえ……」

「観念して、いい機会だと思って慣れておけ。ソムテクのセキュリティ部隊の主力防御手段は魔法防壁だ。レーザーガンは分が悪い」

「はーい…… ところで、ガロクはそんなに他の武器って必要なんです?」

「これか」

 ミーシャはガロクの買い物籠に入っている武器――ショートソード4本、大金槌2本、グレートソード2本をちらと見ながら、その筋骨隆々の背中にあるべきものを想起して言う。

「前々から思ってましたけど、魔法遺物アーティファクト頭骨砕きスカルクラッシャーに優る量産品なんてありませんよね?」

 アーティファクト。遥かな昔、人々が魔法による一大文明を築いていた時代に作り出され、今も破壊されることなく残っている品々。現代においてもその力は最先端の精霊科学技術をもってしても再現不能であったり、遥かに省スペース低コストで動作するなど、優位な性能を有しているものが多い。

 ガロクが所有する、かつての部族の名でもあるスカルクラッシャーもその一振りであり、類稀な性能を有している。しかし、ガロクはミーシャの言葉に頷きながらも、否定の言葉を返した。

「それは事実だ。だが役に立たないということはない。真に役に立たないものなど、この世界に存在しない。精霊戦およびドローン戦主体のお前が銃を持っているのと同じようなことだ、ミーシャ」

「そういうものですか。私のは護身用で、使わないことも多いんですけど」

「実際に使うかどうかは、役に立つかどうかとは関係がない。その銃が、お前にある種の覚悟を与えてくれることもあるだろう。ならばそれは、その時点でお前の役に立っているのだ」

「ガロクさんって、たまにそういう説教臭いこと言いますよね。戦闘狂のくせに」

「許せ」

「ミーシャは記者兼探偵のくせに知らないことが多いよな」

「むしろ知らないほうが自分の中の知識に囚われなくていいんですよ。分からなかったら分かってる人に聞けばいいんですし」

 セドウィックの指摘に何も恥じらうことなく返しつつ、ミーシャは適当に選んだ銃を手に試射撃場へ。

「弾は、この対人弾とかいうのでいいんですか?」

「いや、こっちの対障壁弾で撃っとけ。反動も射程も違うからな」

「はいはい。この辺はレーザーガンの晶石レンズでの属性変更と似たようなもんですか」

「レンズほどは素早く切り替えられんがな」

 試しにと一発撃って、ひゃっ、とその音と反動に声を上げるミーシャを、童貞じゃあるまいし、とセドウィックは笑う。

 むぅ、と頬を膨らませて怒ろうとしたミーシャを、しかし扉を開け放つドアノブの音が遮った。

「よう、必要なものは揃いそうか?」

 開いた扉から現れたのは3段重ねの木箱――を抱える髭面のノーム。武器店コグホイール・スペシャルの若き店主、ニルソン。自身の背丈1メートルより高く積み上げた木箱を危なっかしげに運び込み、所狭しと様々な武器が並ぶ一角へ積み上げていく。

「だいたいはな」

「そいつは何より。いやあ、GFIの特別プログラムとは実に素敵だぜ。今度は何を相手にするんだ? 最近壁の向こうでよく出るっていうグールか? それともGFIロボティクス社が誤って逃しちまったって噂の発狂ローグドローンか?」

「弾でそのどっちでもないのは分かるだろ」

「もしかしたら魔術を使うグールなんていう面白い代物かもしれねえじゃん」

 目を輝かせるニルソンに、セドウィックはひとつ息を吐く。

「その程度で済めば良かったんだがな」

「おー、まあなんでも言ってくれよ。ここに置けないような代物もたんまりあるからな」

「あ、ニルソンさん。こちらにレーザーガン用の晶石レンズってあります?」

「勿論ありますぜ、エルフのマブいお嬢さん。生憎、本体はGFIに怒られるんでここには置いてないですけどね。そっちにもご興味があるなら、隠し倉庫の方へどうぞ」

 今度は鼻の下を伸ばすニルソンに、セドウィックはまた息を吐く。不意にその視界をインスタント・メッセージ妖精が横切った。送信者はレム。

『セド、今大丈夫ー?』

『問題ない。どうした?』

『送ってもらったGFIセキュリティのデータ、解析してたんだけど』

『できたか?』

『できたにはできたけど、途中で追えなくなっちゃった』

『何?』

『私の浚い間違いじゃなきゃ、ディープコア・アドベンチャリング社の連中は、何もないところから出現したり消えたりしてるのよ。エリアの端っこ、地上で言うと外壁に近い辺り?』

『マジかよ』

『マジマジ。このデータだけじゃ正確にはわからないけど、何が原因だろ』

『地下だろ? なら、可能性はそう広くない』

 報告を聞いて、セドウィックは大きく息を吐いた。

「――ニルソン。追加の注文だ」

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