閑話4

 ***


「御機嫌よう。お前さんが何者か、覚えてるか?」

 特別製の手術台に安置された俺の顔をにやついた笑みで覗き込む、眼鏡をかけたエルフの女。

 それが、俺が俺として実感できる記憶の、最も最初の光景だった。


 世界大戦時代の英雄をクローンとして蘇らせ、兵士として運用する。

 それが某エルフ企業の研究所で立ち上がったアドヴェント計画で、その試作第一号として俺は世界大戦時代から現代へと蘇った。

「現代に蘇った感想はどうだ?」

「実感はない」

 担当の研究者にそう問われて、俺はそう返した。

 確かに記憶はある。あの血で血を洗う大戦争の中で部族のために名乗りを上げたこと、部下たちを率いて戦ったこと、エルフたちに屈辱の中で恭順したこと、老いてなおエルフたちの突撃部隊の一翼として戦って戦って戦い続けたこと、そして戦いの中で人間のエーテル使いの強者と相見えて破れ死んだこと。

 全てを昨日の出来事のように覚えている。

 しかし、何かが違うと、俺の中でそう告げる声が鳴り止むことはなかった。

 最初は、その原因は死亡時よりも若返った肉体、あるいはエルフたちの死霊術ネクロマンシー研究の限界にあるのだろうと思っていた。

 その違和感のせいか、俺がかつて使っていた武器だとして貸与されたアーティファクトも今ひとつ馴染むことはなく、アドヴェント計画は本格始動を前にして低空飛行を続けた。

 ――所詮、伝説は伝説。オーガはオーガか。

 そのように評価されることも、日に日に多くなっていた。

 しかし、俺を生み出したアドヴェント計画の立案者は、そんな話を聞くと、

「んー、まあお前さんは悪くはないさ。私の手法プロセスに何か誤りがあったに違いない。伝説を再現できない私に問題があるということさ」

 そう笑って言ったのだ。

 彼女の主導の下、アドヴェント計画は立案当初の路線を変更し、俺のポテンシャルをいかにして引き出すか――俺が“伝説”足り得ない条件は何か、という一点に絞って研究が継続された。

 俺も彼女の期待に答えようと、違和感を抱えながらもそれを気にしまいとして様々なプログラムに取り組んだが、結果が出ることは一向になかった。

 やがて俺の耳にも、計画の凍結か、あるいは計画責任者の変更か、という話が聞こえてくるようになった。

「大丈夫なのか」

 彼女にそう問うと、

「私にはお前さんを蘇らせた責任があるし、何とかするさ」

 やはり彼女は笑ってそう言った。

 彼女はあれで世界大戦に貢献した名誉ある一族の末裔であるらしく。大戦当時にオーガの部族をエルフ陣営に恭順させたのも、大戦終結後にオーガ部族の立場を向上させたのも、俺の遺骨と武器を保管していたのも彼女とその一族であったらしい。俺に家事の一切を任せる私生活の自堕落振りからは、想像もできないことだったが。

 そんな彼女の権力の濫用により、計画は長く続いた。

 ――彼女が“事故死”するまでは。


 彼女を失い、アドヴェント計画は新任の責任者の下で大きく舵を切った。

 伝説の再現は諦め、同じ能力をもった兵士を量産することから始めると。

 前任者である彼女に敬意を払うと称して、彼女の遺産でもある俺の遺伝子とやらを使ってさらなるクローンが量産され、新任の責任者の妙案とやらで――実際には彼女が俺の記憶と知性を俺の身体に復元した方法が再現できず――新造のクローンからは知性が大幅に取り除かれた。

 結果、クローンたちは伝説とやらに比類する働きをこなすようになったという。

 伝聞になったのは、俺は遺伝子を採取された後、実質的に用済みとして計画から外され、オーガとしての体格と、オーガにしては似つかわしくないと評価された知性を生かし、過酷な下級労働者の管理職としてエルフ企業を転々とすることになったからだ。

 俺はどうしようもない無念と違和感と記憶を抱えながら、曇天を見上げ、酒を飲み、日々をエルフの上司に言われるがまま過ごしていた。


 奴と出会ったのは、そんな時だった。


「――別にいいんじゃないか? お前が“伝説”でなくて何がどう問題になる?」

 酒の勢いで口を滑らせた俺に奴が言い放ったのは、こともあろうにそんな言葉だった。

「……いいだろう。表に出るがいい、人間」

「マジかよ。出てやってもいいが、こだわりすぎるのはどうかと思うぞ」

「貴様に俺の何が分かるというのだ……!」

「分かんねえよ。今の支離滅裂な話で俺が分かったのは――」

 奴は至極面倒臭そうな顔をして、更に言い放った。

「お前は彼女とやらの期待に答えようとして、彼女とやらはお前の期待に答えようとした。その堂々巡りがドツボに嵌ってるんじゃないか、ってことだけだ」


 俺は奴を通りの反対側まで吹き飛ばした後、久しぶりに彼女の墓へ向かった。

 一族の共同墓地の最も新しく、最後の場所。画像データにさえ碌な写真がなかったせいで、遺影の中の彼女はだらしない格好でいつもの笑みを浮かべている。

「……俺は、お前が求める俺を求めていて、お前は、俺が求める俺を求めていたというのか?」

 無論、返事があるわけもない。

 数時間ほど何をするでもなく彼女の墓を見つめて過ごし自室に戻ると、奴が待ち構えていた。俺が落としたスマートフォンを片手に。

 そして奴は別段謝罪の言葉もなく、言い放った。

「力だけの馬鹿には頼りにくい仕事がある。手を貸してくれないか、戦頭ウォーチーフ


 後日、俺は再び彼女の墓を訪れた。

 彼女の墓の副葬品から取り出したのは、彼女がアドヴェント計画を降りさせられた際のどさくさで所有権が浮いたままになっていた、俺のアーティファクト。

 久しぶりにそれを握ると、それは記憶の中とは違う感触でありながらも、俺の手によく馴染んだ。


 俺は“伝説”ではないのかもしれん。

 だが、彼女が憧れ、求めた伝説を肯定することはできる。

 故に俺は、彼女の伝説の名と姿を詐称するものを叩き潰すと決めたのだ。


 ***

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