第24話

 GFI都市治安維持法:ミュータントに関する規則の第24条4項。『国際治安維持法第8部のミュータントに関する条約第10条2項および、同条約第17条1項に基づき、都市区画内において危険度クラス4以上に分類される能力を持つミュータントの存在を許容しない。特に指定するのは以下の能力である:ドッペルゲンガー・チェンジリングなどの生物学的他者模倣能力』


 ***


「おお”おオッ!」

 セドウィックとリガリオの衝突を横に、ガロクとチャージャー1の戦闘も熾烈を極めようとしていた。

 ほぼ――いや、全く同一の体格を誇る両者は、繰り出す一撃の重さも速さも同格で、得物が衝突する度に盛大に火花が飛び散っていた。

「――おぉっ!」

 違いがあるとすれば、それは武器というよりは戦いのスタイルだ。

 チャージャー1はとにかく攻め立てる。攻撃のためにその巨大な両手斧を振るっていない時間の方が少ない。縦に振り下ろし、返す一撃で斜めへ、回転するように大きく横へ。獣のように吠え立てながらも、ガロクの回避と防御に合わせ、流れるように攻撃から次の攻撃へと切り替えていく。防御をしないわけではないが、それよりは攻撃で相手の攻撃を潰すことに重きを置いている。

 ガロクは相手に合わせている。チャージャー1の攻撃を首尾よく弾いたとしても攻撃に転じないことも多く、様子を見るという選択肢が常に存在している。それ故に攻撃の頻度は少ないが、防御と回避は的確だった。両手剣の2本を自在に操り、チャージャー1の力強さも生かして攻撃の軌道を逸らす。紙一重で躱し、あるいは致命傷になりえないように受ける。防御も回避もできない場合、攻撃で攻撃を潰す。

 傍目から見ればガロクの防戦一方で、普通の相手ならば体力が切れるのを待っているとも取れた。しかしチャージャー1の攻撃はいつまでもその勢いを衰えさせない。それでもガロクは、ひたすらにチャージャー1の攻撃を受け続けていた。

「があ”ア”あぁッ!」

「――!」

 チャージャー1の表情は、その全身鎧めいたコンバットスーツにフルフェイスめいたヘルメットのせいでまったく分からないが、おそらくは怒りに満ちているのがその雄叫びで分かった。ガロクは笑みも怒りでもない、荒々しさの中にどこか憂いを帯びた表情でチャージャー1と相対していた。

 たっぷりと1分以上打ち合って、両者は一度距離を離した。正確には、チャージャー1がその攻め手を止めた。

「来ないのか?」

 余裕を持って、くい、とガロクが指を動かす。オーガの文化において、かかってこい、を意味するジェスチャーだった。

「――おまえ、ぐううぅっ、おで、おでが潰す……!」

 鼻息荒く、チャージャー1が初めて声を発する。

 その声は怒りの感情にまみれていて、その感情をガロクの挑発に合わせてとにかく声に出したという有様だったが――その声は、間違いなくガロクと同じものであった。

「やってみろ、できるものなら」

「おで、おまえ、おなじ! お”お”おオおぉオ”おぉ”おぉぉッ!」

 できないはずはない、と言いたかったのだろう。

 チャージャー1はより苛烈さをもって、ガロクに攻めかかる。内側からの筋肉の膨張でコンバットスーツが軋む。一撃の重さも速度も更に向上し、それを受け止めるガロクの両手剣が軋み始める。

 チャージャー1の両手斧は量産品だが、オーガクローン突撃兵の攻撃で自壊しない程度の性能は用意されている専用品だ。ガロクの両手剣はGFIの高品質な品だが、所詮は人間、エルフ、ドワーフの範疇を出ない存在が使うことを想定したものだ。耐久性の差は明白だった。

「があアぁッ!」

 チャージャー1の渾身の縦一閃をもって、強烈な音を立ててガロクが右手に持っていた両手剣が中ほどから折れた。続く横払いの一撃で、咄嗟に引き抜き逸らすのに使った短剣があっさりと折れた。

「――!」

 それでも冷静さを欠片も失わずに、しかしガロクは背中のスカルクラッシャーを取りはしない。それにチャージャー1は笑みか、それとも怒りか、鼻息を荒くしながら、追撃の一打を加える。1本の両手剣を両手で持つに切り替えたガロクはそれを受け流し、更に腰から抜いた2本の大金槌を攻撃の合間に投擲した。

「お”オ”ぉッ!」

 チャージャー1にとっては奇襲的な一撃がまともに直撃する。しかしコンバットスーツの物理保護に阻まれ、打撃力は発揮されなかった。

 それを確認しながら、ガロクはカウンターの一撃を両手剣で防ぐ。こちらも軋み、限界が近付いている音がした。

「こんなものか。 ――感謝するぞ」

 そう言ったガロクの声が聞こえたかは定かではないが、チャージャー1が再び大振りの素早い一撃を繰り出した。ガロクはそれを両手剣で受け止め、当たり前のように破壊され、止まらない刃がガロクに迫り――瞬間、ガロクの無手による拳が、チャージャー1に突き刺さった。

「ごごおッ!?」

 一瞬でチャージャー1の胴体に打ち込まれた強烈な二撃が、瞬く間にスーツの物理保護を削り切り、有効打を与える。無手による攻撃があるとは思っていなかったのか、体勢を立て直した直後、さらなる追撃のショートアッパーがチャージャー1に突き刺さった。

 フルフェイスの留め金が弾け、宙に飛ぶ。中から現れたのは、ガロクと瓜二つの、しかし怒りに染まったチャージャー1の素顔。

「来い。俺を潰してみせるんだろう」

「がああ”ア”アああぁぁぁぁっ!」

 掠めた一撃で頬から血を流しながらも、ガロクが無手で再び挑発する。

 チャージャー1が吼え、突撃を敢行する。

 そこからは、まるで違うものとなった。

 縦横に振り回されるチャージャー1の斧を、ガロクが全て紙一重で回避し、あるいは掠めて血を流しながら、拳でカウンターを叩き込む。十分に様子は見たとばかりに、チャージャー1の攻撃を予測し切って、普通なら攻撃のしようもない僅かすぎる隙をこじ開けるように打ち込んでいく。

 瞬く間にチャージャー1のコンバットスーツが破壊されていく。

「どうやらお前には、格闘戦の素養が受け継がれていないようだな」

「ばか、ばかな、おで、おでつよい、おまえ、おでとおなじ……!」

「ああ、肉体はそうかもしれん」

「おなじ、おでとっ、おお”オオぉおおオ”ぉぉぉぉッ!」

 打撃を受けてなお、チャージャー1の攻撃は衰えない。

 愚直で、しかしあまりにも速く、重すぎる正面からの一撃を、だがガロクは当たり前のように躱し、その腕に一撃を入れ、斧を弾き飛ばし、そのままの勢いで投げ飛ばした。

 チャージャー1の巨体が宙を飛び、溶岩池の際の地面に衝突する。肌が焼けるのも構わずにチャージャー1は素早く体勢を立て直し、転がっていた斧を掴む。ガロクとの間に距離が生まれ、これをチャージャー1は得意の跳躍から詰めようと試みる。

 無手でありそれを止める術を持たないガロクはそれを見て、

「もう十分だ」

 後ろ腰に隠していた特別製のハンドガンを余裕をもって引き抜き、当然の権利のように撃った。

「な、ぜ……」

 大砲めいた轟音が響き渡り、胴体に大穴を開けたチャージャー1は、呟きと共にそのままゆっくりと後ろに倒れ、溶岩池の中に沈んでいった。

 ガロクはそれを見届け、死に往く戦士に贈る印を胸元で切り、銃をしまい込んだ。

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