第14話

 精霊電子AIに関する企業間条約第4部:AIのローグ化に関する条約第3条2項。『締約企業は製作したAIがローグ化したと認められた場合、同条約第2部3条3項に基づいてただちに処分しなければならない』


 ***


「状態はどうだ?」

「こちらは特別問題ございませんわ」

「あの程度、どうということはない」

「おかげさまで怪我はしてないです。精神力もそれほど」

 水が流れる音に混じってグールの恨めしげな声が壁向こうから響く中、セドウィックは使い切った弾倉に新しい弾丸を込めながら各々の返事を聞き、息を吐いた。

「それにしても、存外に素直な形状の洞窟ですわね。先生は知っておりましたの?」

「確信ってほどじゃないが、大体はな」

 するりと隣にやってきては、何はなくともといった樣子で抱きついてくるシャルベルを撫でつつ、セドウィックは面倒臭そうに言う。

「俺の予想が当たればだが、まだもうひとつある」

「もうひとつ?」

「面倒事が、だ。 ――ミーシャ、担いできたドローンを出す準備をしてくれ。アレの出番だ」

「ドローンを、ですか?」

 疑問を込めて言いつつも、ミーシャは背中にずっと背負っていたバッグを地面に下ろし、展開する。

 中から現れたのは、全高60センチほど、流線型の流麗なデザインをした胴体を太い四脚で支えるワイズ・ドローン社のミディアムドローン『アールマディーロ』。動きはそれほど素早くはないが、近似サイズのドローンの中では重装甲かつ高出力レーザーを備え、電子性能も良好な戦闘ドローン。

「てっきり、最後で使うものかと思って持ってきたんですけど、ここで? まだサウスロックの地下には遠いですよね?」

「もし俺の懸念がただの杞憂で済めばそうなるかもな。ドワーフの都市の地下周辺には、面倒くさいものが埋まってると相場が決まってるんだよ。 ――とにかく、偵察してみてくれ」

「偵察ならわたくしが行きますのに」

「シャルは駄目だ。まだ大人しく休んでろ」

 もう、と頬を膨らませつつもセドウィックに抱き込まれて満更ではなさそうなシャルベルを横目に、ミーシャはVRヘルメットを被り、グローブを装着してドローンの操縦に専念する。

完全没入フルダイブで行きます?」

「いや、半没入ハーフダイブだ。いつでも意識を引っこ抜けるようにしておけ」

 了解、と答えて、ミーシャは己の意識の半分をアールマディーロに乗り移らせる。己の身体が二つ同時に存在するような違和感はミーシャにとってどうにも好きにはなれないが、悪ければ植物人間化があり得るフルダイブと違い、精神的な安全面が高いことも理解している。

 セドウィックの警告の意味を探りつつ、ミーシャは四つ足で前進を開始する。ややあって、生の肉体リアルボディの方が優しく抱きとめられる感覚を受けて、ミーシャはアールマディーロの四肢をぶるっと震わせた。

「どうした?」

「いえなんでも。 ――先の方、また広い感じの空間がありますね」

 アールマディーロのセンサーを己の感覚器として自在に使い、ミーシャは前進しながら脳内に空間図を生成していく。肉眼やセンス・スピリットでは正確に捉えられない細かな部分も、多目的センサーにかかればどうということはない。

 この辺りはシャルベルを少しばかり羨ましく感じつつ、ミーシャはセンサーが感じるままに広い空間へと侵入した。

「これは――」

 そこに広がっているのは、人工的な通路だった。

 水に侵食された凹凸のある岩面は消えさり、完全に磨き上げられ金属的な光沢を放っている石のプレートの床が、延々と暗闇の向こうまで続いている。壁面には一定間隔で、短足ビヤ樽胴に立派な髭面の像が並んでいた。

「あったか?」

「なんですこれ。ドワーフ? の石像が並んでる通路が……」

「やっぱりな。ドワーフの古代遺跡だろう」

 セドウィックの声を耳元に感じつつ、なるほど、とミーシャは頷く。そう言われてみれば、壁面の一部に緻密に彫り込まれている幾何学的な模様といい、ハンマーや斧を構えた石像といい、古風さはあるがドワーフらしい装飾だ。

「年式は分からんが、サウスロックの成立には古い歴史がある。もしかすると、魔法時代の末期ぐらいかもな」

「じゃあ、1800年ぐらい前ですか?」

「そんなものだな」

 アールマディーロに考古学的なセンサーが搭載されていないのを少しばかり残念に思いながら、ミーシャは歩きやすくなった通路を進む。緩やかな弧を左右交互に描きながらサウスロック直下の方角へと向かっている通路は、かつては地下都市間の連絡通路だったのだろう。今もほとんど完全に形を残している辺りに、当時の技術力の高さが窺える。

 かつての道行く人を飽きさせないようにか、1体1体が格好の違う石像たちを眺めながら数百メートルほど進んだ辺りで、アールマディーロのセンサーがそれまでとは異なるものを捉えた。

「――? なんですか、これ」

「何が見えた?」

「いえ、見えたわけじゃないんですけど、なんかこう、独特のノイズみたいな…… 鳴き声? みたいな信号が複数と……」

 それは、整然とした通路に上書きするようにして張り巡らされた、有機的なフォルムを持つ機械の群れだった。不規則な曲線を描くプレートに、大小さまざまなギア、クランク、チェーンといった力学的なものから、コンデンサ、レギュレータ、コンバーターといった電子的なものまで、さまざまな機械部品素子端子が絡みついて埋め込まれるように配置されており、しかもしっかりと動いているように見えた。

「……なんて言えばいいんでしょうね、これ。まるで――」

「機械の内蔵、って感じじゃないか?」

「ああ、そんな感じです」

「やっぱりか」

 至極面倒臭そうにセドウィックは息を漏らした。

「そいつが、ローグドローンの巣だ」

 ローグドローン。メガコーポが生み出した、ミュータントに次ぐ怪物。実験的な先進型AIが予期せぬ自我を獲得し、己が所属するべきシステムを逸脱して活動するドローンの総称。

 時として人のように、動物のように振る舞うローグドローンは、大抵の場合、生物に対して過剰なほどに攻撃的であり、縄張りに侵入したものを容赦なく排除する。

「巣? あいつら、巣なんて作るんですか?」

「ものによってはな。特に、製造が禁止されてる、生物の疑似脳を用いた先進型AIを搭載したタイプは、ローグ化するとそういう内臓めいた巣の中で自分をマザーにして子機を量産する可能性が非常に高い。今回も、その口だろ」

「じゃあ、この先には……」

「大量のローグドローンがいるだろうな」

「そう言えば、噂がありましたわね。GFIロボティクスが最新のAI試験ドローンを逃してしまったと」

「ニルソンによると、逃げたのは大層な性能のドローンだ。今はやり合いたくない」

 うえ、と声を漏らし、ついミーシャは前に進むのを躊躇する。

「今回はそのためのドローンだ。大抵のローグドローンは、有機的な生物に対しては問答無用で敵性判定レッドをしてくるが、ドローンに対してはその限りじゃない。上手く行けば、奴らの敵味方識別を誤魔化せる」

「またそんなこと言って…… 対装甲弾をいっぱい持ってきたのはこれが理由ですよね? 私知ってます、こういうのは最終的に撃ち合いになるって」

「回避できるかどうかはミーシャの腕次第でもあるぞ」

「ああもう……」

 慎重に息を吸って、グールの体液の残り香に眉をしかめつつ、ミーシャはアールマディーロを前進させた。

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