第15話

 精霊電子AIに関する企業間条約第2部:AIの製作と廃棄に関する条約第2条9項。『締約企業は、脊椎生物的構造または有機生物脳を利用したAIを製作することを禁止する』


 ***


 ミーシャ操るドローンのアールマディーロは、機械的な肉々しさに侵食されているドワーフ遺跡の中へ、慎重に機械の四つ足を進めていく。

 進むに従い、まるで悪性腫瘍を始めとした各種内蔵病の合併症を起こしているかのような有様が、本来ならば整然荘厳としたドワーフ遺跡の中に広がっていた。

「うわあ……」

 おそらくは鍛冶技術の歴史を表したものだろう、緻密な壁画が描かれた見事な柱がある。しかし、それにに絡みつくようにして構築された機械の膿がすべてを台無しにしている様を見て、ミーシャは声を漏らした。

「まあ、ドローンのAIに歴史的価値なんて言ってもわかんないですよねえ……」

「自我に目覚めたと言っても、そいつが自我なんて呼べる上等なものかどうかは怪しいもんだ。AI親和能力者や人権屋は色々言ってるが」

「一部は、バグとか誤作動で誤った処理を吐き出してるだけですよね?」

「俺もそこまで詳しくはないが、レムが言うにはそういうことらしい。AIと一口に言っても色々なタイプがあるからな」

「そうなんですか?」

「ミーシャならAIぐらい弄ったことあるだろ」

「そう言われても、私はAIって言ったら機械的AIぐらいしか知らないですよ」

 自律行動型のドローンや体験型娯楽メディアシムなどに搭載されているAIには様々な種類がある。

 最も多いのはYESとNOを積み重ねた機械的AIで、これは想定外の状況に弱く融通が利かないという欠点を持つものの、積み重ねによりそれも改善されていくため、一定の信頼性が置かれ、人気を獲得している。

 ミーシャも自分の好みを強く出すためのAI学習プログラムを組んだことがあり、慣れ親しんだ種類のAIだ。それがローグ化する経緯も実際に見たことがあるが、そのAIがこのような生物的な構造を生み出すとは、どうにも信じがたいものがあった。

「さっきも言ったが、こういう巣を作るAIは、生物的AIってやつだ」

「生物的?」

「犬とか猫とかリザードとか人、まあ要するに脊椎動物だな。その脳を模して作った疑似脳を持つAIだ。これに動物を調教したり、人に教育をする要領で学習させていくんだが……」

「さっき先生が仰ったように、あんまりにもローグ化する可能性が高いものですから、企業間条約で製作が禁止されておりますのよ」

「……まあ、そういうことだ。自己学習能力が高いから融通も効くし、性能はいいんだがな。それがどうもローグ化を誘発するらしい」

 横合いからどこか楽しげに言うシャルベルに、セドウィックは息を漏らした。

 へえ、とミーシャはそれをまたひとつ知識として記録しながら、ふと気付く。

「……あれ、じゃあ、GFIロボティクスが逃したドローンって」

「ここにいるのがそうだとしたら、条約違反だな」

「また厄ネタですか」

「メガコーポが隠しておきたいネタなんてそんなものだ。新聞記者としては勉強になるだろ?」

「まあ、そうですけど」

「さて、お喋りはこのぐらいにして、そろそろ出てくるか?」

「そうですね。奥の方でいくつか、動いてます」

 噂をすればなんとやら、アールマディーロのセンサーが、遺跡の奥で動く3つの動的物体を捉える。張り巡らされた生物的機械も動作しているために分かりにくいが、それらとは明らかに異なる反応があった。

「迂回できるならそれに越したことはないが、どうだ?」

「ちょっと厳しいですね。分かってる範囲だと、串型と言いますか…… いくつか分岐はあるんですけど、メインストリートは完全に一本道です――と」

 幅のある廊下めいたホールに出たアールマディーロの光学センサーが、暗闇の中で動く物体の外観を捉えた。それは4つの車輪がついた車両タイプで、車輪の中央に球形の胴体が収まっている。ミーシャもよく知っているGFIロボティクスの車両型戦闘ライトドローン『カットラス』に恐らく違いなかった。

「ローグドローン3機が見えました、が……」

「どうした?」

「いえ、あのモデルはカットラスだと思うんですけど、なんか変なのが……」

 恐らく、とミーシャが断定できなかったのは、正式なカットラスにはないもの――球形の本体に、まったく左右非対称な位置から4本の触手めいたマニュピレータが伸び、うねうねと動いていたからである。

 それはさながら、冬虫夏草のような寄生生物めいた異質さがあった。

「――触手マニュピレータか。寄生改造型となると、ますます厄介だな」

「これもお約束ですか?」

「いや、お約束ってほどじゃない。生物的AIのローグドローンが、自分をマザーにして有象無象の子機を量産するところまでは珍しくないんだが…… そういう別のドローンの制御を奪って自分の因子を埋め込むような寄生改造ができる奴は、もともと統率機能と工作機能を持ってるケースが多い」

「つまり?」

「子機が有象無象じゃなくなる。カットラスの優秀さはミーシャもよく知ってるだろ?」

 言われて、ミーシャは思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

 30センチ四方に満たないライトドローンのコンパクトさに、変則的な4輪とジャンパーによる三次元機動力、装甲が施された車輪と合わせて見た目以上の装甲を持つ球状ボディ、そこに内蔵された小口径ながら十分な威力を持つ高初速機関銃。電子戦にやや脆弱ではあるものの、それ以外では十分な性能を有するGFIロボティクスのカットラスは、戦闘ライトドローンの名機だ。

「まあ、どんな改造をされてるかにもよるけどな。ともあれ、反応を見てくれ」

「近寄って、ですか?」

「勿論だ」

「なんかこっちまで寄生されそうなんですけど」

「察しがいいな」

「マジですか」

「そのためのハーフダイブだ」

 大丈夫だ、とリアルボディの耳元で囁かれて、ミーシャは長耳を跳ねさせながらも呻きを漏らし、アールマディーロの足を進める。

 対する3機のカットラスは、その触手で生物的機械構造物の補修作業を行っているようだった。長さも太さも不揃いな触手を器用に操り、何かしらの不具合があったのだろう、動作していない部品の歪みを矯正している。

 いきなり撃たれませんように、と願いながら、ミーシャはアールマディーロをカットラスの有効射程圏内へと踏み込ませる。アールマディーロの装甲ならカットラスの機関銃はさほどの打撃でもないが、センサー類が損傷する可能性は常にある。今後のことを考えると、それは避けなければならない。

 有効射程圏内へと踏み込んで更に数メートル、カットラスがアールマディーロに気付き、3機が揃ってアイカメラと光学センサーを向けてくる。

「う……」

 センサーに感じられるノイズがリズムを変え、更に強くなる。頭が痛くなりそうな乱雑で一見無意味な波長の信号が、彼らの会話または鳴き声だと気付くのにはそう時間はかからなかった。

 カットラスたちは素早く動き、ミーシャのアールマディーロを包囲する。その距離は異様に近く、幸いにも敵対の意思は感じられなかったが、触手マニュピレータが無遠慮に身体を突いて撫で回してくる感覚に、リアルボディの肌が粟立つ。もしもフルダイブだったら、思わず反撃していたかもしれない。

「と、取り敢えず、撃たれはしてないです」

「そいつは何よりだ。ハッキングは行けそうか?」

「こいつらにハッキング掛けるのすごく怖いんですけど」

「銃撃戦よりマシだろ」

 ああもう、と声を上げつつ、ミーシャはアールマディーロのマニュピレータを起動し、正面の一体を捕まえにかかる。どこかくすぐったげな様子でアイカメラと触手を右往左往させるカットラスをセンサー越しに複雑な視線で見ながら、カットラス本体下部に隠された端子へとデータケーブルを差し込んだ。

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