第7話
遺伝子研究とその改造に関する企業間条約第2部:ミュータントに関する条約第5条1項。『締約企業は故意にミュータントを製作することを禁止する』
***
「わたくしの方からは、依頼された『イマジナリ・ドリーム社の搬出入ログの入手』についてお話しいたしますわね」
言って、シャルベルは懐から取り出したメモリーキューブのケースを恭しく一礼しながらテーブルの上に置いた。
「お収めくださいな、レムさま」
「うむ、くるしゅーない」
レムはセドウィックの膝の上から笑いながら頷き、くい、とその小さな手を動かした。メモリーキューブのケースはひとりでに浮かび上がり、レムの手元へ。ケースを開けて真珠色のキューブが2つ収まっているのが確認されると、今度はキューブが浮かび上がり、テーブル側面のキューブスロットへと収まった。
テーブルの画面は地図を写したものから切り替わり、暗緑色のUIに無数のログファイルが並んでいる様子が映し出された。
「イマジナリ・ドリーム社ですか、多種族系VR周辺機器部品輸出入業およびソフトウェアメーカーの?」
「そのようですわね。最も、その実態はだいぶ異なるようですけれど」
「ミーシャは知ってるのか?」
「いえ。以前、ここの広報課長さんに話を聞く機会があったぐらいですよ」
「なるほど――確かに、こいつは臭いな」
レムが抽出するログを追っていたセドウィックは、ある部品の搬入ログに目を留めた。そこには一見するととりわけ問題のない精霊系の電子部品の名前が並んでいる。
「……これに何か問題が?」
「――『ファイアランス』FES14ライフルだ」
ミーシャの疑問に、ガロクがジョッキを呷りながら一言だけ口を開いた。
「へ? ――ああ、もしかして」
「そう、ここに並んでるのはVRカプセルや精霊電子サーバー類の部品だが、ソムテクが作ってる武器防具およびドローン類の材料でもあるんだ」
「まあ、穿った見方をしなければ、何も問題はございませんけれど…… この会社、サウスロックから輸出もしているくせに、ドワーフスチールを始めとしたドワーフ系の商品をまったく出しておりませんもの。これは匂いますわ」
「じゃあ、そのセドウィックさんが遭遇したっていうソムテクのセキュリティは、ここから装備を調達したということですか」
「中型以上の戦闘ドローン、小銃および砲に分類される銃器、どちらも普通には持ち込めませんものね」
大抵の都市ではその都市の公式な保安部隊と認められた軍需企業以外は、市外壁の内部に護身レベル外の兵器を持ち込むことを禁止されている。サウスロック市も例外ではなく、認められているのはGFIとその系列企業だけだ。ソムテクはそこに入っていない。
「しかし、全部を兵器製造に使ってるわけじゃないだろうが、それでも一部隊という量じゃないな。これだけのをどこで作ってる?」
「どこかにプラントがあるのは間違いありませんけれど、そこまでは追えませんでしたわ。部品売却先のいずれも、その手のプラントを持っていない会社ですし」
「まず間違いなく隠しプラントだな。となると――レム、名簿との一致は?」
「分かってるわ。 ――ここね」
ログから洗い出された名前は『ディープコア・アドベンチャリング』。鉱業および建設業。GFI
「――地下か。それにGFI・UDの系列企業、と。なるほど、読めてきた」
「スパイの洗い出しですか、GFIの本音は」
「そういうことだろう。GFI・UDにソムテクのスパイがいるなら、奴らのセキュリティ部隊が下水道内まで執拗に追跡してきたのも納得がいく。下水道の図面を入手することぐらい簡単だろうし、そもそも近付かれたくなかったんだろう。レム、この会社が開発を担当したエリアはどこだ?」
「ちょっと待って――ここね」
テーブルに再び地図が表示される。新しく追加された紫色の長方形が、先に表示されていた赤色のラインの中、市外壁寄りの端辺りにすっぽりと収まっていた。
「決まりだな」
「では、バイオラート・データサポート社のサーバーもここに?」
「おそらくな。何にせよ、仕掛けてみればGFIにとって面白くないものが出てくるのはほぼ間違いないだろう」
はぁ、とセドウィックは憂鬱そうに大きく溜息を漏らした。
「ともあれ、ミーシャとシャルはお疲れ様だ。よくやってくれた」
「あら、それを言うのは少し早いのではありません、先生?」
「そうですね。GFIの依頼、受けるんでしょう?」
「まだ決まったわけじゃないさ。 ――ともあれ報酬だ」
セドウィックは台形をした掌ほどの大きさの金色のスティック――支払保証済みの無記名
「わたくし、そのようなものよりは先生の愛が欲しいですわ」
「あーはいはい。オーグのメンテ代でまともに飯も食ってない子どもが何を言ってるんだ。いいから取っておけ」
「あれ、じゃあ私ならいいんですか?」
「俺はエルフはスレンダーな方が、痛い、レム、やめろ、抓るな」
どうにか2人に報酬を受け取らせたところで、ジョッキの中身を空にし終えたガロクが口を開く。
「それで、スケジュールの件はどうする」
「ああ、そうだな。 ……取り敢えずは三日後だ。18時から24時まで時間をくれ」
「いいだろう」
「わかりました」
「畏まりましたわ」
3人の同意を得て、ふう、と今度は安堵の息を漏らすセドウィックだった。
***
仕事の話が終われば、あとは飲み会だ。
楽しそうにVRゲームの話をするレムとシャル、それを眺めながら一人で静かに飲んでいるガロクをよそに、ミーシャがセドウィックの隣までやってくる。
「セドウィックさんもお疲れ様です」
「ミーシャこそ」
グラスを軽く当てて乾杯する。琥珀色の液体が揺れた。
「懸念点は何が残ってるんです?」
「そうだな。今回の事前調査のお陰で、GFIにケツを掘られる危険性はだいぶ下がったが」
「肝心要の、ソムテクが何故控えていたのかがわからない、ですか」
「それがな。少なくとも名簿からはそれっぽいものは出てこなかった」
「“妖精喰らい”さんはソムテクと因縁深いですもんね」
「まったくだ」
ふふっと笑いながらミーシャが言うと、セドウィックはがしがしと頭を掻きながら実に面倒臭そうに頷いた。
その様子に、あれ、とミーシャは意外そうな顔をする。
「……隠したりしないんです?」
「別に隠すようなことじゃない。そう呼ばれてるらしいのは知ってるしな。今までだって、別に聞かれりゃ答えてたさ」
「えー。じゃあ、今度インタビューさせてくださいよ」
「面倒だから断る」
「私のケツ掘ってもいいですから」
「お前はそういうこと言うからレムに好かれてないんだぞ」
少しだけ顔を赤くしつつも笑顔で気軽に言うミーシャに、はあ、とまたセドウィックは溜息を漏らす。
「それにあんまり愉快な思い出じゃない。俺はさておいて、レムにはな」
「やっぱりその辺事情アリアリなんです?」
「否定はしない」
「……セドウィックさんが純粋な人間じゃなくて、厳密にはミュータントだっていうのも?」
「否定はしない」
忌々しそうにしながらも、セドウィックは頷いた。
大抵の都市では肉体に重度の変質をもたらすような遺伝子・肉体改良研究やミュータントを生み出すことそのものを目的とした研究は禁じられている。しかし、現実にはそれは殆ど守られておらず、様々なミュータントが毎日のようにメガコーポの秘密研究所で生み出されている。
セドウィックも、その一人だった。
「やっぱ、わかるもんなのか?」
「ええ、まあ。実際にこうして触るぐらい近くにいて、少し集中しないと無理ですけど。セドウィックさんの中にいる精霊の動きが妙なのはわかります」
「なら次から気をつけるとしよう」
「……ママって呼んでもいいんですよ?」
「なんだそりゃ」
「ミュータントの人は母性に飢えてるとか言いません?」
「マジかよ」
セドウィックは天を仰ぎ、シャンデリアの光を見つめた。
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