第23話
ドローンに関する企業間条約第4部:ドローンの製作と廃棄に関する条約12条6項。『締結企業は、同条約第2部1条8項に基づいてバイオノイドと認められる機械に生命と精神の精霊を付与し、それに精霊電子AIに関する企業間条約第2部1条6項に基づいて高機能AIと認められるAIを搭載することを禁止する』
***
「くそ、畜生、なんだってんだ――!」
苛立たしげにエウリオンはドローンのコンソールを叩く。
原因不明の精霊力の爆発。そして通信ネットワークへの有象無象の精霊の侵入。
エウリオンが使用しているドローンとの回線も例外ではなく、有象無象の精霊が溢れ始めたのを察知すると、彼は苛立たしげに喚きながらもすぐに回線を切断した。これで少なくとも精霊たちに好き勝手にドローンを動かされるのだけは避けれる。
とはいえ、状況はまったく良くなってはいない。精霊術を使ってすぐさま新しい回線の構築を行い、ヴァンガードとセンチネルを再起動し、リガリオらとロレンティオのサポートに入らなければならない。どうしても数で劣る面々を多数のドローンで補うのがドローン操縦手の役目のひとつだ。
それを果たせずに任務失敗するなど、エウリオンにとっては冗談ではなかった。
「急げ、急げ急げ……!」
エウリオンが隠れているのは、広場から回廊街へと繋がる小道のひとつにある倉庫の中だった。ドワーフ用に作られた扉は小さく、身長の高いエルフにとっては屈んでやっと入り込める場所。見つかりにくいが、倉庫という場所の性質故に窓もなく、ドローンのカメラを通してしか外を把握する方法がない。隠れるという行為ゆえに明かりも点けられず、彼はそんな狭く暗い場所でコンソールの僅かな光のみを頼りに、復旧作業に勤しんでいた。
最悪の場合は、外に敵がいるのかいないのかも分からず、ここから出ることすらできなくなる。その恐怖がエウリオンを突き動かしていた。
そんなエウリオンに助けが来たのは、あと少しで復旧作業が完了する、という時だった。
「エウリオン! まだ生きてるか!?」
「――! 副隊長ですか!?」
よく知っている野性味ある声。エウリオンにとっては隊長のリガリオについで頼りになる重オーグの戦士、副隊長のロレンティオ。
「ああ、そうだ! 通信が使えなくなったんで、偵察ついでにお前の安否確認に来た! 開けてくれ!」
「待ってください、今すぐ!」
あと少しで完了する復旧作業を一時中断し、エウリオンは扉の鍵と、扉の内側に仕掛けておいた電撃罠を解除する。通信が途絶えた今、エウリオン自身では判断に困る部分も多い。副隊長であるロレンティオとだけでも個人回線を独自に構築しておけば、それをカバーすることができる。
そう思い扉を開けたエウリオンを待っていたのは、いつものコンバットスーツに身を包み、部隊に正式配備されていないモデルのレーザーガンを構えたロレンティオだった。その顔は濃い暗色のバイザーに隠れ、表情を窺い知ることができなかったが、エルフの中でもひときわ濃いと評される顔を今だけは拝みたいという気持ちでエウリオンは心が一杯になった。
「副隊長、状況は――え?」
そして状況を尋ねたエウリオンへの返事は、赤い閃光だった。レーザーガンから放たれた火の精霊力によるレーザーが、容赦なくエウリオンの胴体を貫き、焼き尽くした。
エウリオンが絶命したのを確認し、ロレンティオの身体がぐにゃりと滲む。ふわりと長い金髪が広がり、一瞬のうちにそこに立っているのはミーシャに変わった。
「――ふう、ちらっと見ただけの
そう独り言ちてから、失礼しますよ、とエウリオンの死体を脇にのけて、ミーシャはドローンのコンソール前に滑り込む。彼があと少しで復旧を完了するところで中断されていた作業を、じ、と一拍覗き込んでから、ものの数秒で完成させた。
「さあて、噂に聞くヴァンガードの性能、見せてもらいますか」
***
セドウィックとガロク、リガリオとオーリブリーンとオーガクローン突撃兵は、一定の距離を保ち相対していた。
エウリオンのヴァンガードはまだ動かない。ロレンティオも戻らない。2人を頼るのを早々に諦め、リガリオは戦術を組み立てる。
セドウィックはガロクを伴いながら悠々と鍛冶場まで進み、そして2手に分かれた。セドウィックが時計回り、ガロクが反時計回り。挟み込めば、リガリオらのうち誰かがケースを担いで逃げるという手を封じることができる。
「チャージャー1、あのオーガを殺せ!」
リガリオもそれを察し、オーガクローン突撃兵のTACネームを呼び、ガロクへとけしかける。
「おオおお”オ”おおおぉおぉぉぉッ!」
待ちわびていたかのように、チャージャー1が得物である斧を構え、ガロクへと突撃する。
「――!」
対するガロクも2本の両手剣をそれぞれ片手で抜くと、それを器用に操りながら無言でチャージャー1と激突した。
盤面の片側で激しい白兵戦が開始されたのを横目に、セドウィックはリガリオを見据え、面倒くさそうな顔で口を開く。
「よう。悪いが、そこのメタルケースを渡してくれないか?」
「断る」
リガリオの返事は当然ながら一瞬だった。
「そうか」
セドウィックは至極面倒臭そうに息を吐いて銃を抜き、一発だけ“願って”撃った。弾丸はオーリブリーンが咄嗟に展開した精霊力の障壁を当たり前のように貫通して、しかしリガリオの正面、空中でぴたりと静止した。
「――
「そういう貴様はエーテル使いだろう、世界を破壊し尽した者たちの末裔め」
「大袈裟で、しかも時代錯誤な呼び方だな」
「事実だろう。エーテル使いがエーテルを龍脈から絞り尽くしたせいで、世界樹が枯れ果てたことなどエルフなら子供でも知っている。貴様らエーテル使いは人類の敵だ」
リガリオはセドウィックを睨む。
セドウィックは面倒臭そうにまた息を吐く。
「エスパーなら、お前のその能力がエーテル研究から生まれたことぐらい知ってるだろうに。ソムテクの栄光だって、例外じゃない」
「ああ、よく知っているとも。俺は後天性の能力者だからな」
リガリオの眼前で静止していた弾丸が、撃ち返される。
精神波によって物理的な運動エネルギーを与えられた弾丸は火薬の爆発で飛んだ時以上の初速をもって飛び、しかしセドウィックの寸前であらぬ方向へと“逸れることを願われ”、溶岩池の中へと飛び去った。
「なら、何故エーテル術を憎むんだ?」
「理屈ではない。ただ許してはおけないと、俺がそう思っているだけだ」
リガリオはセドウィックを眼光強く睨みつけ、念動力による
「お前は――いや、止めておくか」
「ああ、御託は十分だ。貴様が溜め込んでいるエーテルを、全て世界に還してやる」
「やってみろよ、できるもんならな」
セドウィックとリガリオは、お互いに拳銃と片手剣を手に、ゆっくりと間合いを測り始めた。
***
マナから不可逆的に精製される奇跡の砂、万能の物質であるエーテルは、使い手の意志力によって、その有り様を如何様にでも変える。物質を変換し、物理法則を破り、エネルギーの有り様を変え、人と人の心を繋げることもできた。それは世界を生み出したとされる
エーテルの生成により、世界からマナが急速に失われ始めた。エルフたちは人間たちに対し抗議の声を上げたが、人間たちの文明はもはやソーサラーの魔法なしには考えられず耐えられないものとなっており、人間たちは抗議に耳を傾けるどころか、世界樹が生み出すマナ、そしてマナを世界に行き渡らせている地脈である龍脈に目をつけた。龍脈にエーテル変換器が取り付けられ、それをエルフたちが問答無用で破壊したのを切っ掛けに、世界大戦が勃発した。
世界大戦は人間たちがエーテル使いを戦線に投入することを決めると、人間たちの優位に進み、そのまま人間の勝利で終わるかと思われた。しかしエルフたちの内、ほぼ半数が属する過激派が人間たちに対抗するため、自身らエルフからもエーテル使いを戦力として起用することを決めた。
かくして世界大戦は200年に渡って続き、世界からマナが失われ、世界樹は枯れ果てた。世界樹が枯れたことでいくつもの種族が絶滅し、神とされていた偉大なる者の声は聞こえなくなり、世界樹の奉仕種族であった妖精たちが世界に解き放たれた。
マナが失われたことによってエーテルを確保する手段も限定的になり、その意味を失った世界大戦は、ドワーフたちの調停によって少なくとも表面上は終結した。
世界大戦は様々なものを大地から消し去ったが、一方で世界大戦とそれに伴うエーテル術の発展は、皮肉なことに世界の技術レベルを魔法が不要なものへと押し上げた。
世界大戦の期間中、人間たちとエルフたちに武器防具を始めとした物資を売りまくったドワーフの豪商たちから、グレート・フォージ・インダストリアル社が生まれた。世界大戦で大きな功績を上げ、多くのエーテル使いを輩出した人間の貴族家ヴェルドーレの後継者からヴェルドーレ・ラボラトリ社が生まれた。エルフたちの軍勢にエーテル使いの投入を決定し、世界大戦の長期化をも決定づけた過激派のエルフたちからソムニウム・テクノロジー社が生まれた。これら3社を始めとするメガコーポは、世界大戦の中で生まれたエーテル術を基礎研究に応用することで、さまざまな新物質や新技術を生み出した。
世界大戦当時は希少で先天性のものでしかなかったエスパーや
天然の自然を始めとしたさまざまなものが失われたが、人間、エルフ、ドワーフを始めとする人類の暮らしは、間違いなく、遥かに豊かになったのだ。
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