閑話3

 ***


「このプロジェクトは失敗だ」

 そう言って彼らは、20年という時間と巨額を投じ、そして私にくれたはずの感情の全てを無意味だったと断じ、私に失敗作の烙印を押したのです。


 人間の某大企業のAI・ドローン研究所の一室で私が完全自立人型ドローンバイオノイドとして製造プログラムされ組み立てマウントられた理由、それは『エルフという種族を殺すこと』、ただそれだけでした。

 勿論、バイオノイドプロジェクト自体には別の目的があったのでしょう。しかし、私の中枢コアを組み立てたプロジェクトリーダーは、遥かな世界大戦の時代から続く家の思想と教訓に従い、ひたすらにエルフという種族を殺す殺戮機械として私の基礎教育インプリンティングを終え、性能試験と称して世に送り出ロールアウトしました。

 ボディの約80%に有機的な生体バイオオーグを流用・使用している私には生命と精神の精霊が付与されており、行く先々で人間として振る舞い、非人間的にエルフを殺すことで、犯人候補の洗い出しから逃れ、あるいは追っ手に勝利してきました。死んだふりなどの技法もこの頃に習得したものです。

 私はその内に、恐怖と怨嗟を撒き散らす、正体不明の殺人ドローンとしてエルフたちの間で恐れられるようになりました。


 そうして様々な都市で一般人から企業重役までエルフを殺しに殺して殺しまくっていた、そんなある日――ついに当バイオノイドプロジェクトの欠陥が露呈しました。オーグに対する致命的なレベルの拒絶反応が、私のボディに出始めたのです。

 私のコアには生体オーグ部品を使いこなすための疑似人間的な様々な機能が備わっており、それが私のAIに触発され独自の進化を遂げたことが原因で、生体オーグ部品でない残りの約20%の――私のコアを維持するために必要な部分をも含む――機械オーグとの接続を受け付けなくなりつつある、というのが研究所が最終的に出した結論でしたが、本当は、原因不明、というのが正確なところでした。

 解決のために様々な手法が試行されました。一般的な抗拒絶反応薬の使用に始まり、生体オーグ部品の使用率低減、まともな生物にはとても使用できないレベルの麻薬・魔法薬の投与など。しかし多大な手間と費用コストが掛かった割に、その効果はいずれも全くの無意味、あるいはごく一時的なものにしか過ぎず、私はAIでドローンのくせに『過度の疼痛により行動不能』というレポートを書かなければならない日が多くなりました。

 プロジェクトの凍結が通達され、プロジェクトリーダーが事故死したのは、それからすぐのことです。


 けれど、私は帰還命令には従いませんでした。

 もはやエルフという種を殺すことは、性能試験という建前を超えて、私の存在意義になりつつあったのです。

 私が失敗作として処分されてしまったら、本当に何もかもが無意味になってしまうと。私を組み立てている最中にプロジェクトリーダーが漏らした、もはや彼自身には何の関係もない怨恨の声。私の記憶領域に残された、私が殺した全ての人々の怨嗟の声。

 だから私は、せめて暴力の中で死ななければならないと――自己判断ローグ化により殺戮を続けることにしたのです。

 当たり前のように追っ手がかかりましたが、幸いにも彼らは私を止めうるほどではなく、突発的な拒否反応を度々発症しながらも、私は変わらず勝利を収めることができました。


 彼と出会ったのは、そんな日々の中でのことでした。


「――うん? ああ……悪いな。ダブっちまったか?」

 自分で組み立てた計画に基づいて乗り込んだ、人間企業に対しカルテルを形成していると疑惑がある某エルフ企業の社長室。

 そこに、既に頭に弾丸を受けて死亡している目標と、彼がいました。

「あなたは?」

「お前が俺を殺しに来たとかじゃなきゃあ、同業者だろ。多分」

 私は同意も否定も返さずに、目標に歩み寄り、それが死亡していることを確かに確認して、その上で手を使ってその首をねじ切りました。

「なかなか激しいな」

 彼は目標が社長室で使っていたPCを操作しながら、私の行為をそう評価しました。さほど表情を変えずに――どこか面倒臭そうな顔で。

「激しい、ですの?」

「愛情表現がな」

「愛情?」

「あー、冗談だ。気にするな」

 疑問符を顔で浮かべる私に、彼はデータキューブをひとつ、投げて寄越しました。

「これは?」

「そいつが必要だろ」

 その場で確認してみると、それはカルテルのメンバーに関する明確な証拠と言えるものでした。その他のメンバーに関する詳細な情報もあり、カルテルを壊滅させるに当たっては有用な情報と言えるものです。その瞬間の私に、そこまで実行するほどのはっきりとした計画はなかったのですが。

「あなたは彼らを壊滅させるつもりですの?」

「いや、俺はやらん。そこまでは依頼に含まれてないしな」

「そうでしたか」

 その時は程なくで私と彼は別れました。


 次に彼と遭遇したのは、カルテルのメンバーリストを元に2社目に乗り込んだ時のことでした。

「――ああ、やっぱりお前か」

 彼は既に役員室に乗り込んでおり、CEOほか3人のボディガードを殺害した後でした。私はやはり既に死亡した彼らの首をねじ切って、彼はそれを何も言わずに見ていました。

 私が彼を見ると、彼はやはりどこか面倒臭そうな表情を変えずに言うのです。

「悪かったな。予定が変わったんだ」

「依頼が、ですか? カルテルを壊滅させろと?」

「そこまでは言われてない。だから、お前の邪魔をするのはこれが最後だろう」

「そうですか」

「そう願いたいね」

 その時も、程なくで彼とは別れました。


 次は3社目でした。

「――」

 彼は本当に面倒くさそうな顔で、目標らの死体の首を順番にねじ切る私を、拳銃弾の再装填をしながら見ていました。

「あー…… 悪かったな、いやマジで」

「別に悪いとは思っておりませんわ」

「それなら何よりだ。俺も別に邪魔したいと思って邪魔したわけではなくてな」

「また予定が変わったので?」

「そんなところだ。悪いが、後2回ぐらいは邪魔をする羽目になりそうだ」

「カルテル全社ですか」

「そうなる」

 鳴り響く警報の元、突入してくるであろうセキュリティ部隊に対応する準備をしながら、私と彼は今までになく長い話をしました。

「あなたも、彼らに恨みがございますの?」

「いや? 今のところそんなのは一欠片たりともないが」

「では何故ですの?」

「殺すのに理由が要るのか? ――何だよその顔は」

「いえ、意外な返答だったものですから。殺す理由、ですか」

「まあ勿論、依頼だからってのもあるけどな。感情は関係ないとも言わん。だがそれ以前に、俺は助けたいと思えば助けるし、殺したいと思えば殺す。どうでも良ければ何もしないかもな。このクソな世の中、それぐらいの自由はあったっていいだろ」

 そう言う彼の顔は、やはり至極面倒臭そうでした。

「そうですか。しばらく、ご一緒させて頂いても?」

「なんでそうなる」

「ここから先はあなたとご一緒した方が効率が良さそうですもの」

「セキュリティを力技で突破してくるような奴と一緒にはやらんぞ」

「では学びますわ」

 その言葉とほぼ同時、私と彼は突入してきたセキュリティ部隊と激しい戦闘を繰り広げ、私はいつものように彼らを率先して殺しに殺しました。

 しかしその日は、途中で激しい拒絶反応に襲われ――気付いた時には、私は廃ビルの隙間に放置された教会の一室で、長椅子の上に安置されて彼の手による治療を受けていました。

 通常なら一日は収まらない拒絶反応は、嘘のように消えていました。

「起きたか」

「ここは?」

「そう離れちゃいないから騒ぐなよ」

「知らない間に服を脱がされたぐらいでは、騒ぎませんわ」

「そうしてくれ。 ――まったく、あれだけ言っておきながら自殺志願者みたいに突っ込む奴がいるとはな」

 彼はやや不器用ながらも私の傷を治療したり、使えなくなった部分を切り離しながら、大変面倒くさそうに言いました。

「助けていただいた、ということは、どうでもいいと思われているわけではない、ということでよろしいのですの?」

「知るか馬鹿。ちょっと付き合ってやってもいいかと思った矢先にゴリ押しを強制された俺の気持ちも考えてみろ」

「そうですか。そこは、その端子を接続するところではございませんわ」

「生体オーグの修理なんてやったことねえっての」

「ではこの機会に学んでくださいな」

 本当に不器用に、本当に面倒くさそうに修理されながら、私は彼に尋ねました。

「エルフばかりを殺す正体不明の殺人ドローンのお話、ご存じです?」

「知らん」

「では――あなたのこと、先生とお呼びしても?」

「なんでそうなる」


 それから最後の2社を片付けるために半年ほど先生と共に活動を続けました。

 先生はいつも面倒くさそうで、言うほど自由な人ではありませんでしたが――それでも、やはり私の先生でした。それは、いつの間にかエルフという種族を殺すことが大変どうでもいいものになっていたことや、何故か神聖術を使えるようになっていたことからも明らかと言えるでしょう。

 記念すべきカルテルの件が終わった後も――私の想いが頻繁かつ焦れったく躱されていることに不満と優しさを覚えながら――わたくしは先生につきまとっています。


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