第22話
魔術学雑誌『ソーサリアン』偉人インタビュー:死霊四騎士の一角、ウィルヘルム氏の言葉から抜粋。『――死とはひとつの観点、あるいは状態に過ぎない。あなたが思う死とは、他人にとって死ではないかもしれない。心しなさい。死とは、何かを止める理由にはなりません』
***
「くそっ!」
精霊たちに通信が埋め尽くされるに当たり、精霊たちの暴走からいち早く広場を脱出し指示を受けたばかりのロレンティオは、回廊街を走りながら悪態を吐いた。
目指すC-8の宿屋はもう近くだ。しかし通信が通じなくなったというアクシデントがあった今、偵察を中断し一度戻るべきか、あるいは偵察を続行するべきかの判断を自分で下さなければならない。
「支援を待つにも、エウリオンのセンチネルは、この状況では厳しいか……!」
通信がこの有様では、エウリオンのドローン・コントロールも当然のように妨害されているだろう。通信システムとは違い、ドローン・コントロールは単独で経路を組み直せば復帰可能だろうが、それにしても時間がかかる。その間にロレンティオが広場と現在地を往復することもできてしまうだろう。これではエウリオンのセンチネルが来るのを待っている意味はない。
一番の問題点は、これではリガリオらと連絡を取ることができず、偵察の結果を足で持ち帰らなければならないということだった。ロレンティオもエルフだけあって精霊魔法が使えないわけではないが、エルフの誰しもが精霊魔法に熟達しているわけではない。その中でも通信装備に頼り切りだったウィンド・ウィスパーの熟練度と言えばお察しである。別にロレンティオだけが例外ではない。
ロレンティオは隠れるようにして近くの柱に背をつけ、一呼吸する。そして一拍。
「仕方ねえ」
彼の選択は、続行であった。
通信が使えなくなったぐらいで一度引くのは、チーム内でも重オーグ装着者として一番の荒事を率先して担当してきたロレンティオのプライドが許さなかった。なによりも、これだけのことをしてのける敵に対して、ここで一手を打てなければ徐々に削り切られて終わるだけだという予感があった。
障害があれば打ち倒して進む。そのために重オーグ装着者になったはずだ。ロレンティオはそう言い聞かせ、C-8の宿屋に近付き、入口から様子を窺った。
「――」
センサー類は、埃の微妙な動きから、酒場になっているホールについ先程まで1人2人ではない複数の何者かがここにいたことを示している。センス・スピリットに生命の精霊の反応はなく、誰かが
隠れたか、それとも既に移動した後か、と警戒しつつ、ロレンティオはゆっくりと酒場ホールに踏み入り、センサーに注意を払いながら2歩、3歩と進む。
そこへ、声が投げかけられた。
「――御機嫌よう、ですわ。ソムテクのお兄さん?」
いつの間にかホール2階のバルコニーに腰掛けていたシャルベルがひらりと飛び降り、真下にあった木製のテーブルを粉砕して着地する。
重厚な着地音と、センサー類が告げる金属的な反応に、ロレンティオはシャルベルがすぐに自分と同類の存在だと察知し、油断なく身構えた。
「なんだ、てめえは」
「あら、それがレディにかける最初の言葉ですの? まるでストリートギャングの怖いお兄さんみたいですわね」
シャルベルもロレンティオも、会話の間にセンサーを通してお互いの性能を探り合う。シャルベルから見たロレンティオは右腕に多数の武器を内蔵した義手オーグタイプで、それ以外が強化骨格ほか人工筋肉や防弾仕様の人工皮膚を使用した一部生身。ロレンティオから見たシャルベルは、多種センサーを使わなくても分かるぐらいの、四肢を中心とした呆れるほどの全身重オーグ。もはや少女と言うのが不適切なレベルの人型兵器だ。
「生憎、女には不自由してない生活なんでな。刺青を入れてるストリートギャングめいた得体の知れない女は警戒することにしてんだよ」
「あら、ひどい言葉ですわね。お顔はよろしいのに。まあ、わたくしの好みではございませんけれど」
念のため、ロレンティオはセンス・スピリットでシャルベルを見る。まず生命および精神の精霊の気配があることを確認し、その他に特別な精霊が付いている気配がないことを確認する。レーザー攻撃への警戒を薄め、代わりに右腕の皮下装甲の防御態勢をより物理寄りへと切り替える。
両者の最大の違いは、こうして探り合っている間にも、シャルベルは他の面々と連絡が取れており、ロレンティオはそうではないということだった。
長期戦は禁物。そう判断し、ロレンティオは仕掛けた。足元の椅子を蹴り飛ばし、同時に右手甲から雷の精霊力を使ったレーザーを放つ。シャルベルは倒れ込むようにして姿勢を低くして爆発的に加速し、飛んできた椅子と右腕の動きから予測していたレーザーの射線を最小限の動きで躱した。
「――っ」
「あはっ!」
椅子を叩き落さなかった判断力に思わず感嘆の息を漏らしつつ、ロレンティオは咄嗟に防御に入る。シャルベルの右腕が首を狩るように振り抜かれるのを、すんでのところで左腕で防ぐ。予測以上に重い一撃に、コンポジット・ミスリルのアーマーに付与された物理保護の魔力が大幅に減少したことを伝えてくる。
立て続けにシャルベルは蹴りを放つ。ロレンティオはそれを下がって躱し、まだ至近距離に残っているシャルベルの右肘、それが自分の頭を狙っていることに気付いて、すぐさま無理矢理に頭を傾けた。直後、ずどん、とシャルベルの右肘に仕込まれた銃口から放たれた散弾が一瞬前までロレンティオの頭があった空間をぶち抜いて、後方にあったカウンターの上の酒瓶を粉砕した。
「手癖も足癖も悪い女だ!」
「ストリートギャングめいていて面白いでしょう?」
左右左、と手足で矢継ぎ早に攻め立てるシャルベルに対応する中で、俺のほうが速い、とロレンティオは確信を持つ。威力を加味すれば劣るが、それはまともにさえ喰らわなければ良いのだ。
そしてそうと分かった以上、短期決戦のためには誘い込む他ない。誘い込んで隙を作り、もっとも威力の高い攻撃を相手の急所に正確に当てるしかない。
一方で徐々にシャルベルは勢いを増す。勢いに乗りつつ相手の防御手段の上から削り落としていくのは、総合性能で相手に優る重オーグ装着者の基本戦術だ。シャルベルは相手を翻弄して遊ぶのも好きだが、正面から削り落としていくのも好きだった。それに付き合える相手が希少なために、なかなか機会は得られないのだが。
そして両者が狙うタイミングが来たのは、比較的すぐのことだった。
「あははっ、まだまだ、こんなものではございませんわよ!」
「ちっ――付き合ってられん!」
更に勢いを上げるシャルベルに、ロレンティオは悪態を吐いて離脱を狙い、テーブルのひとつを足で跳ね起こす。当然のように喰らいついてくるシャルベルが、距離を離すのを許さずにテーブルを即座に粉砕して迫り、一撃。左拳の一打が、ロレンティオの胴体に突き刺さった。
「ぐっ――」
「貰いましたわ!」
更に迫るシャルベルの一撃を、右腕で受け。
瞬間、ロレンティオの胸下、胴体の中央から放たれた高出力レーザーが、シャルベルの胸元を貫いた。
「っ!?」
「へっ――」
シャルベルの顔から余裕が消える。ロレンティオはその僅かな隙に、右手に仕込んだソムテクの傑作レーザーオーグ『ツインムーン』から発生したレーザーブレードで、シャルベルの左腕、肘から先を切り落とす。
「ぐっ!?」
「終わりだ」
シャルベルが逃れるように離れようとしたのを逃さずに、今度はロレンティオの右腕側面から放たれたレーザーが、彼女の額を貫いた。
シャルベルの動きが止まり、仰向けに倒れ込む。彼女から生命と精神の精霊の気配が消えるのを待って、ロレンティオは息を吐いた。
「うし」
無事に自分の策が決まったことに安堵しつつ、ロレンティオは動かなくなったシャルベルに歩み寄る。彼女のような重オーグ装着者は死亡しても頭に仕込んだインプラントや胴体内の増設記憶領域などから情報を回収できることが多々ある。上手く行けばこの状況を打開する鍵になるだろうと、シャルベルの死体を担ぎ上げ――
「――あはっ、捕まえましたわ」
瞬間、ロレンティオに背負われるような形でその首を絞めながら後ろを取ったシャルベルが、額に貫通痕を開けたまま、何事もなかったかのように笑った。
「ぐっ!? な、てめえ、死んで――」
「――生命と精神の精霊の気配が消えたら死亡。エルフの方って、なかなか便利な判別方法を持ってらっしゃいますわよね」
くすくすと笑うシャルベル。ロレンティオは、スーツの物理保護の魔力残量がみるみる低下していくのを気にすることもできずに、慌ててセンス・スピリットで今一度シャルベルの精霊の気配を見る。そこにはやはり、生きている生物である証の生命と精神の2精霊の気配は確認できなかった。
「ぐ、まさか、てめえ、ドローン……!?」
「バイオノイドって呼び方の方がまだ幾分好きですわ、わたくし。ローグドローンとお呼び頂いても構いませんけれど。そちらの方が一般的ですし?」
精霊の気配を隠すことはできない。故に生きている限り生命と精神の精霊がついて離れない生物は、決して機械に化けることはできない。
だが、その逆は決して不可能ではない。
ここに至って、ロレンティオはようやく、短期決戦のため誘い込まれたのは自分だということに気付いた。
「こう見えても、死んだふりって得意ですのよ、わたくし達」
「ぐ、お、おおぉ……!」
「暴れても無駄ですわよ。まあ、ソムテクで危険なお仕事をする身となれば、クローンなりは準備していらっしゃるでしょう? あれは死ぬ直前数十分前の記憶は回収できないそうですから、わたくしのことを覚えていただけるかは微妙ですけれど」
ロレンティオのスーツの物理保護の魔力残量が切れる。
「縁があったらまたお会いしましょう。ソムテクからも物理的に首にされなければ良いですわね」
首を絞めるシャルベルの右腕、その掌から『フォージング・ストライク』が起動し、ロレンティオの頭はひしゃげて吹き飛んだ。
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