第21話

 GFI都市治安維持法:精霊電子情報とそのネットワークに関する規則の第9条1項。『何人も、精霊電子情報を改ざんするために妖精種をそそのかし、あるいはそのための技術を教えたり、興味を持たせることを禁止する』


 ***


『これで精霊たちには帰って貰ったわよ。どう、上手く行った?』

『ああ、相変わらず上出来だ、レム』

 轟音と、それに伴う衝撃波が、広場を震わせる。

 精霊界に帰還した精霊たちそれぞれが溜め込んでいた精霊力を解放した結果、爆炎、突風、濃霧、土煙と飛礫、閃光、放電で何も見えなくなった広場を見ながら、セドウィックはこれを自宅に居ながらにして成し遂げたレムを褒め称えた。

「相変わらず、レムちゃんというか、妖精ができることはクッソずるいですね。場所さえ具体的に分かってればスタンドアロンのサーバーでもハッキングしたり、離れたところから他人の精霊術に干渉して上書きしたり」

「さすがは精霊界に最も近い種族というところですわね」

 妖精という種族は、この現実という世界において非常に親精霊および親精霊界的な種族であり、それはすなわち精霊術および精霊術を基盤とする精霊電子システム、ひいてはそのネットワーク上の全てが、妖精たちにとってはその小さな掌の上にあることとほぼ同義だ。“妖精のおねだり”の前には、全ての精霊が言うことを聞いてくれる。

「これで全滅しててくれると、ありがたいんですけど。あるいは事故だと思って……くれませんよねえ」

「そこまで簡単なら元から苦労しないな。事故にしても出来過ぎてる。寸前で何人か伏せるのが見えたし、ソムテクのセキュリティなら防御系のアーティファクトも当たり前に持ってるだろ」

「それに2人ほど、姿が見えませんでしたものね」

「姿が見えてない2人は定石から行けばスナイパーだ。この広場が見える何処かにいるんだろう」

 さて、と窓の外から見えない位置に移動し、セドウィックは改めてこの場の全員を見回す。

「改めて言っておくが、こいつは違法依頼ブラック・ランだ。ここはもうGFIセキュリティが駆け付けてくる範囲にだいぶ近い。ある程度根回しは行ってるが、現場としては俺たちも奴らソムテクも不法侵入者だ」

「今更ですわね。先生の仕事がブラック・ランじゃなかったことの方が珍しいですわ」

「分かってますよ、大丈夫です。ていうか、そもそもセドウィックさんってブラック・ラン専門の、冒険者じゃないエセ冒険者ですよね?」

「うむ」

「マジかよ。 ――ともかく、GFIセキュリティには見つかったら撃たれるものだと思っておいてくれ」

 その上で、とセドウィックは先程から楽しそうにこちらを見ているXLD-078Lに視線を移す。

「XLD-078L、本当に大丈夫か?」

「うん、大丈夫大丈夫。友達のセドウィックが駄目って言うなら、私から進んで彼らに手出しはしないけど、こんな面白そうなのを観察しない選択肢はないからね。この近くから見てるだけにするよ」

「悪いな、お前も仲間をやられてるとは思うが、奴らを片付けるのは俺たちの仕事だ」

「そういう仕事人な感じ、嫌いじゃないよ」

 くすくすと笑うXLD-078Lに、セドウィックは息を吐く。

「十分に気を付けろよ。奴らからしたら、俺たちもお前たちも区別はないだろうからな」

「反撃するぐらいはいいでしょ?」

「そこは素直に逃げとけ」

「はいはい。それじゃあね、皆。友達として、健闘を祈ってるよ」

 悠々と立ち去るXLD-078Lを見送って、はぁ、とミーシャが息を吐く。

「本当に不思議な子ですね。生物的ローグAIって皆あんな感じなんです?」

「あいつは流石に特別だろ。製作者が誰か知らんが、GFIの中でもとびきりの変態に違いない。 ――で、そろそろ見えるか?」

「もう少し…… 見えてきましたわ」

 精霊力暴発の余波が収まりつつある広場を見ながら、シャルベルが言う。

「倒したと確認できるのは2人、たぶん一般のスカウトですわね。ドローン操縦手はセンチネル1機と一緒に姿が見えません。ヴァンガードが動いてますから、どこかから操縦に入ってると思われますわ。巨人みたいなのはこれも健在。相手の隊長格2人はヴァンガードと一緒。隊長格1人がこれも姿が見えません。メタルケースは…… 位置変わらずですわね」

「最低限の偵察を出して、下手に動かずにヴァンガードのシールドで守るつもりか」

「こっちが少数だって当たりをつけられてますねえ。やっぱり先にスナイパーを見つけて、暴発と同時に仕留めた方が良かったんじゃ」

「そのためにはどうしようもなく時間が足りなかった。最悪、向こうに先に発見される可能性もあるしな」

「疾きは遅きに優る。現状で打開する手立てがあるなら、時間をかけてより良い手を模索することはない」

「まあ、そんな感じだ。 ――大丈夫、手はある」

 セドウィックは笑みもせずに、息を吐きながら言った。


 ***


『状況は?』

『ミリネリアとエリディアがやられました畜生なんだってんだ一体』

『落ち着け、エウリオン。報告を乱れさせるな。位置に着いたか?』

『着きました。ヴァンガードは異常なし、直ぐにでも撃てます』

『よし。今はお前のヴァンガードの防御システムが要だ。頼んだぞ』

『了解です。一族の名にかけて』

 リガリオはヴァンガードの影からエウリオンを鼓舞するインスタント・メッセージを飛ばしながら、辺りに視線を巡らせる。

『オーリブリーン、精霊たちに何があった?』

『不明です。突如として精霊たちが制御を破りました』

 補佐官のオーリブリーンが隣からインスタント・メッセージ越しに努めて冷静に答える。

『他の術者による干渉ではないんだな?』

『極めて近い反応でしたが、術による干渉ではないことは確かです』

『なるほど』

 リガリオは守るべきメタルケースをちらと見る。

『アントレリア、シヴィアリア、何か見えたか?』

『アントレリア、何も見えず。すみません』

『シヴィアリア、C-8の付近、宿屋内に一瞬人影らしきものが。以降確認できず』

『分かった。ロレンティオ、C-8に向かい偵察だ。十分に警戒しろ。敵は強い』

『了解しました』

『スナイパー両名はポイントWに位置を変更しろ。その位置はマークされていると思え』

『了解です』

『了解』

『エウリオンはセンチネルでロレンティオをカバーしろ。それと、イマジナリ・ドリームの補給部隊につけているセンチネルを戻せ』

『了解』

 加えて、とリガリオがインスタント・メッセージを続けようとした瞬間だった。

『0S0?k0a0o?』

『0S0?k0a0o0?c?』

『0S0?k0a0oNコ蕪?』

『0S0S0gOU0W0f0?n?』

『辱0|0F?』

『辱0|0F辱0|0F?』

 一瞬にして、叩きつけるかのように送られてくる意味不明、送信者不明のインスタント・メッセージが、ソムテクセキュリティの面々の視界を埋め尽くし始めた。

『?^0S0H0f0?』

『?^0S0H0f0j0D0n0K0j?』

『なんだこれは?』

『0J0?D0Nコ蕪0?』

『0_0v0悼?H0f0j0D0h`0F0?`0Q0i』

『何?』

『0]0F0j0n?』

『0]0F0K0?』

 誰かが発した困惑のインスタント・メッセージも、発信者を確認する間もなく、怒涛の勢いで送られてくる意味不明のメッセージに押し流されてしまう。

 しかもそれだけに留まらず、立て続けに全員の音声通話から、何を言っているのかまるで分からない、無数の子供のような無邪気な声が壮絶な勢いで流れ込んできた。

「ぐっ――!?」

 まるで全員が大盛況のアミューズメント・パークの中に迷い込んだかのような有様になって、たまらずリガリオはインコムの2大通信機能である音声通話とインスタント・メッセージを遮断した。

「今のは――」

「おそらく、精霊たちの無駄話ゴシップ・トークです」

 同じく通信機能を落としたオーリブリーンが肉声で冷静に報告するも、バイザーの向こうの表情には焦燥が見られた。

「何者かが、我々の通信ネットワーク上に有象無象の精霊たちを招き入れたものと思われます」

「追い出すことは?」

「不可能です。というより、このような現象は通常、ネットワークの致命的な設定ミスで起きるもので、外側から人為的に発生させることなど――」

「いや、不可能ではない」

 苦虫を噛み潰すように言って、リガリオは一方を見据える。

 鍛冶広場に通じる溶岩池の橋の上を、ゆっくりと歩いてくる人間の男と、オーガ。

「やはりか、“妖精喰らい”フェアリー・イーター

 噂に聞くソムテクの主敵の名を呟き、リガリオはセドウィックと相対した。

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