第27話

「なっ……!?」

 つい先程まで微動だにしていなかったヴァンガードが、突如としてその主砲でホールに面した建物を――そこにいたアントレリアを撃ったことに、リガリオは目を剥く。

 結論はすぐに出た。ヴァンガードは乗っ取られていて、ずっとこの機会カウンタースナイプを窺っていたのだ。

「くそっ!」

 ヴァンガードの砲塔が更に動くのを見て、リガリオは自身のインコムからヴァンガードの機能停止スイッチを押す。万が一のためとエウリオンが用意してリガリオに預けておいたプログラムはその効果を発揮し、ヴァンガードはその動きを止めた。

 だが、状況が一気に悪化したことを、リガリオは認めざるを得なかった。

 ヴァンガードが乗っ取られたことから、エウリオンの生存は絶望的だ。視界の端ではチャージャー1が押され始めている。ロレンティオは一向に戻る気配がない。オーリブリーンは何かトラブルがあったのか微動だにしない。アントレリアはカウンタースナイプを喰らってしまったのか思念が途絶え、シヴィアリアもいつの間にかそれらしい思念を感じ取ることができなくなっていた。

「そろそろ諦めるか?」

 面倒臭そうな顔をしつつも、セドウィックが余裕で問う。

「ほざけ」

 リガリオは内心汗をかきつつも、笑みで返す。強がりと言えばそうだが、術全般の精度は術者の精神状態に大きく依存するからだ。弱気になるわけにはいかなかった。

 もっと言えば、ソムテクは失敗した者に対してそれほど寛容ではない。それが敵前逃亡によるものなら尚更だ。一定階級以上の者にはクローンによる復活措置が取られている以上、死ぬまで立ち向かえと、そういうことでもある。

 そのクローンによる復活も、“事故死”させられれば、その限りではないのだから。

「企業勤めってのは大変だな」

「貴様に同情されるほどではない。 ――なんなら諦めてくれてもいいのだぞ」

「そいつはできない相談だ」

「だろう」

 話している間にも剣で剣を受け、銃弾とレーザーが飛び交い、反射されたり逸れたりを繰り返す。

 相手方のリーダーはこの男だろう、という確信がリガリオにはあった。つまり、ここでこの男さえ仕留めれば僅かながらに勝機がある――仮に任務そのものに失敗したとしても、ソムテク上層部に“妖精喰らい”などという名で語られているこの男を倒せば、叙情酌量の余地がある。というよりはそれ以外に希望が見出だせないというのが現実だ。

 そして明るい現実がないことなど、誰もが慣れ切っている。


「――おおおっ!」

 リガリオは攻め立てる。もはやリスクを気にしている場合ではない。

「ちっ」

 セドウィックも、リガリオが後先考えぬ本気を出したことを感じ、舌を打った。リガリオの予測通り、セドウィックのエーテル残量はいい加減に尽きかけており、既に経費的な意味での採算など何処かに行っていて、これ以上の持久戦は問題があった。

 そんな中、セドウィックはリガリオの攻撃の切れ目に反撃を入れようとして――咄嗟に跳び退いた。

「ぐっ!」

 突如としてセドウィックの至近距離に発生した“ゆらぎ”が、彼の右肘から先と剣を飲み込み、捻り潰し、断裂させ、粉砕した。

「……精神爆裂波サイオニック・ブラストか」

「……ふ、ふふっ。なんだ、やってみればできるではないか」

 エスパーの中でも使える者はそう多くないサイオニック系の発露に、術者であるリガリオも予想外だったのか、一瞬で大量の精神力を消費したことで脂汗を垂らしながら笑いを漏らした。

「感謝するぞ、人間。まさかこの俺でもサイオニックを使えるようになるとはな」

「はっ、感謝される謂れはねえよ」

 セドウィックは残りも僅かなエーテルで願う。吹き飛んだ右手が、時間を巻き戻すかのように再生した。

「ふん――まあいい。エーテルも残りはそう多くないだろう。そろそろ決着を付けてやる」

「それはこっちの台詞だ」

 セドウィックとリガリオは再び距離を開けて相対して、お互いを見据える。

 そうしてから、セドウィックは真摯な顔で、口を開いた。

「――なあ、ひとつ聞かせてくれよ」

「なんだ」

「お前が願うのは、なんだ?」

 セドウィックのその質問に、リガリオは怪訝そうに眉を顰めつつも、

「知れたこと。一族のために、そして俺自身のために、貴様を倒す」

 そう答えた。

「――そうかよ」


 条件は満たされた。


「悪いが、お前の願いを聞いてやることはできない」

「ほざけ!」

 リガリオが動く。長剣を片手に間合いへ踏み込み、銃をいつでも撃てる体勢で。

 対するセドウィックは左手の銃を構えずに、右手を動かし、瞬時に生み出した氷の剣でリガリオを迎撃にかかる。

「っ!」

 長剣と氷の剣が打ち合わされる。

 瞬間、砕け散った氷の剣の破片が、指向性をもってリガリオに襲いかかる。

「くっ!?」

 咄嗟にキネティック・シールドで氷礫を防いだリガリオは、銃をセドウィックに向ける。

 セドウィックはそれよりも速く、無手になった右手を広げてリガリオに突き出した。不可視の衝撃波がリガリオに叩き付けられ、狙いがぶれたレーザーがあらぬ方向へ飛んだだけでなく、詰めた距離を離されることを余儀なくされる。

「なっ――」

 驚く間もなく、リガリオはその場から跳び退く。しかし逃げ切るよりも速く、リガリオのいる場所を“ゆらぎ”が覆った。

「ぐおおおぉぉっ!?」

 物質の状態に干渉するだけの意志力を持った精神波が、リガリオの脇腹周辺の組成をそこにあるコンバットスーツごと撹拌し、爆裂する。一瞬で“脇腹だったもの”を失って大量の血を流しつつ、リガリオは膝を付いた。

「馬鹿な、貴様、今まで、手加減していたとでもっ……」

「加減をしたつもりはねえよ。俺としてもこの力は使いたくなかった」

「何をっ……」

 言いかけて、そこでリガリオは気付いた。

 セドウィックが最後に撃ったサイオニック・ブラスト。あれは紛れもなく、“似たような効果の願い”ではなく、攻撃的な精神波そのものだった。それはリガリオのエスパーとしての能力がそう告げているから、間違いはない。

 では、この男は、エーテルを使ってエスパーとしての能力を獲得したのか? ――常識的に考えれば、否だ。エーテル術の使い方としては回りくどすぎるし、それに、そう考えれば、最初に出現した氷の剣は精霊術の“牙の氷剣”アイシクル・ファングで、次の衝撃波は神聖術の“退転の聖句”フォース・パニッシュメントだった。この3大術を同時に獲得することは、たとえエーテル術を用いたとしても現在の能力開発研究上では原因不明ながら不可能とされている。超能力を獲得した過程で精霊術の習得を諦めたリガリオは、それをよく理解していた。

 とても回りくどい願い方だが、わざわざ実際の術に似た効果が発動するように願ったとしか思えなかった。しかし、この男がそんな更に回りくどいことをするだろうか。それも否だった。

 そうして理解のヒントを脳内で探して思い至る、“妖精喰らい”というこの男の異名。

 おそらくは妖精の能力を使い、精霊たちや通信ネットワークにたやすく干渉し、こちらを翻弄してみせたこと。

 薄々感じていた、まるでこちらの思考を――願望を読んでいるかのような先読みとその対処。

 妖精と共にあり、世界のマナを循環させることで、この星に生きるすべての存在の願いを間接的に叶えていたとされる、全ての父たる大樹の存在が、脳裏に浮かぶ。

 だとすれば、まさか――

「貴様は――」

「面倒な答え合わせは、次に会った時に頼むぜ」

 セドウィックが銃を構える。

「待て――何故だ、それだけの力がありながら、何故だ!」

 リガリオは無防備になるのも構わずに問う。

 それにセドウィックは、まったく面倒臭そうな顔で答えた。

「それを世界が望んだからだ」

 そうして、一発だけ撃った。

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