第13話
冒険者組合発行・冒険者の心得:モンスターへの対処第3部・グール編の一節。『アンデッド・ミュータントであるグールは、ストリート・ギャングの死体が起き上がっただけの
***
「ああ、畜生!」
悪態を吐きながらもセドウィックは跳び掛かってくるグールに照準を合わせ、発砲する。
グールの表皮はその見た目相応に決して硬くはなく、コボルド鉛の対人弾はその胴体や頭を大きく破壊し、体内に留まって跳び掛かりの勢いを減ずる。
距離が足りずに落ちたグールの後ろから、当たり前のように別のグールが跳び掛かってくる。
「危ない!」
「分かってる!」
ミーシャの声に返事をしながら、セドウィックは撃ち続ける。
メガコーポの開発した新種の生物兵器により、世界大戦の死者がアンデッド兼ミュータントとして蘇り動き出したものであると言われるグールが忌み嫌われる一番の理由は、その数にある。
ゆっくりと奥へ、なだらかに下っている広い洞窟内。そこは既にグールとグールの残骸で埋め尽くされてると言っても過言ではない状態にあった。
グール残骸量産機と化したガロクとシャルベルがその腕を、足を振るうたび、グールが何体かまとめて残骸になる。そのペースはセドウィックが作り出す速度の比ではない。
しかしグールは、それに勝るとも劣らない勢いで、この洞窟のそこかしこに開いた穴から、流れ作業で量産されているかのようにどこからともなく集結してくる。
「ああ、もう――あとどれぐらいですか、これ!」
グールの破片が飛び散り、それに伴う臭いが鼻腔を突くたびにミーシャが悪態を吐く。
「わからん! とにかく離れるなよ!」
堂々と中央を前進し、グールを引きつけるガロクやシャルベルと違い、そこかしこにある鍾乳石の柱を背にしながらセドウィックはミーシャを庇いながら進む。
左から跳び掛かってくる1体の頭に1発、胴に2発を撃ち込む傍ら、正面から来る1体の爪をショートソードで斬り落とし、殴り倒し踏み砕く。グールがぶつかってくるような多少の衝撃はコートの内側に仕込んでいるアーティファクト、物理保護の護符が食い止めるが、それも万能ではない。
幸いに、グールも延々と絶え間なく押し寄せてくるわけではなく、ある程度駆逐すれば、次の「波」までの間がある。その隙にセドウィックは肺の空気を交換しながら、弾倉の交換を終えていく。
「これって、巣とかそういうのなんです?」
「まさか。ただの通路だろう」
うへえ、と外見は妙齢の美女が出すべきでない声を漏らしつつも、ミーシャは取り出したハンカチでセドウィックの頬や頭を拭う。絡みついたグールの残滓にこれまたげんなりしつつも、彼女はそれを捨てずに革製のポーチへと押し込んだ。
「なんか、最初にあなたに出会った時を思い出しました」
「そんなこともあったな」
「あの時言ったこと覚えてます?」
「いやまったく」
「でしょうね」
ふぅ、と息を漏らして長耳を跳ねさせつつ、ミーシャは片手に携えつつもまだ1発も撃っていないハンドガンを見る。
「やっぱ私も撃ちます?」
「治療費は請求していいのか?」
「なんでセドウィックさんに当たること前提になってるんです?」
「信頼と実績の賜物だろ。試射で一発も当たらなかった奴が無理すんな」
「レーザーガンならまだ」
「そのレーザーガンは?」
「……ドローンラックの中」
うぐぅ、と低い姿勢から悔しそうに見上げるミーシャを、セドウィックは子供をあやすように頭を撫で、その長耳を撫でる。ぴこぴこと長耳が揺れた。
「お前はお前ができることをしろ。それがお前だ」
「……やっぱあの時言ったこと覚えてるんじゃないですか?」
「いいやまったく」
4人の耳朶を独特の鳴き声が叩く。押し寄せるグールが放つ敵意の声だ。
『いかがいたします? この広さも、そう長くはなさそうですけれど』
仲間内に向けてオープンにしてあるインスタント・メッセージにシャルベルの声が流れる。
『どのぐらいだ?』
『500はないと思いますわ。400前後』
『なら突っ切るか。シャルベル、先頭を頼む。ガロクは殿だ』
『畏まりましたわ。ところで先生、スカートの中、ご覧になりました?』
『次の波を適当に片付けたらぶち上げるぞ。その隙に行く』
シャルベルのハートマーク付きメッセージを適当に流しながら、セドウィックは暗闇から再び殺到してくるグールに照準を合わせる。シャルベルが飛び込んできては最前列を薙ぎ倒すと同時、彼女に跳び掛かる2列目を撃つ。勢いが鈍ったその一瞬で、シャルベルの次の回し蹴りがグールたちの首を綺麗に刈り取った。
後ろから迫りくる波を、ガロクが単独で捌く。爪が当たろうが牙で挟まれようが、赤銅色の肌は傷一つ付かない。群がられようが全く意に介することなく2本のショートソードを振り回し、ついでとばかりに鍾乳石にグールを叩きつける。酷使に耐えきれずに折れたそれを投げつけて脳漿をぶちまけさせては、すぐさま次を引き抜く。
一瞬でも殲滅が途絶えれば飲み込まれる鏖殺の中、にわかに前へ出る速度を上げたシャルベルが先んじて波を薙ぎ払う。生身の人間には不可能な速度で手数を稼ぎ、迫り来るグールたちを粉砕する。
その視界の隅に二重写しになっている全身図のバイタルデータが赤く光ったのは、不意のことだった。
「――!?」
ほぼ同時に、四肢から全身へじわりと広がる強烈な痛みがシャルベルを襲う。彼女にとってはよく覚えのある、しかし素のままでは耐え難い痛み――突発性の強オーグ拒絶反応。
こんな時に、と思いながらも、シャルベルはグールを蹴り抜く足が力を失う前に、インコムからいくつかの魔法薬を自身の中に注ぎ込むよう命令する。いずれも中毒性が高い、強力な効果を持つ麻薬。皮下オーグの中に仕込まれた
「っ、は」
一瞬で痛みが消え、頭が冴える。代わりに身体が燃えるような熱を帯び始めるが、それを気にしている余裕はシャルベルにはない。全身から抜け始めていた力を込め直し、グールを薙ぎ払う――薙ぎ払わなければならない。
しかしその思いに反して、シャルベルの次の一撃は、その足が捉えた全てのグールを殺し切るには至らなかった。頭が歪んでなお動くグールが、そのまま彼女の足を捕まえる。足を上げた状態で約1秒、その動きが止まってしまう。
それは他のグールがシャルベルに殺到しようとするのに十分な時間でもあった。
「っ――」
「シャル!」
セドウィックにはそれがよく見えていて、普通に撃っただけでは無傷で切り抜けられないことも理解できた。判断は一瞬で、“願い”ながら、その上で1発だけ撃った。
放たれたコボルド鉛の弾丸が飛ぶ。一体目のグールの後頭部に大穴を開けながら飛び込んで、その形状を変えることなく脳内で跳ね返り、側頭部を粉砕しながら抜ける。空中で僅かに軌道を修正し、2体目の側頭部を貫通して、3体目がシャルベルに伸ばしていた腕を引き千切る。そこで軌道を大きく下に変えて、シャルベルの足を捕まえている4体目の胴体へ飛び込み、炸裂。四肢を吹き飛ばし、シャルベルの足を自由にさせる。
「ミーシャ、やれ!」
「はいっ!」
間髪入れずに、ミーシャが“光精霊召喚の呪文”《サモン・ライトスピリット》を唱える。セドウィックら4人が持つライトを始めとして、洞窟内の光という光がミーシャの頭上に集中する。この世における光の全てを司る、光の精霊、その顕現が始まる。
しかし、精霊が顕現するには、その周囲に一定量の精霊力――この場合は光量――が必要となる。精霊は周囲の精霊力を急激に吸収し、それが十分であれば、吸収した以上の精霊力をその場にもたらすことができる。
それが不足していれば――精霊の召喚は、精霊力を消費するだけに終わる。
ミーシャの頭上で光の精霊はいよいよ輝きを増し――次の瞬間、ぼんっ! とまるでブレーカーが落ちるかのように、顕現しつつあった精霊とともにセドウィックたちのライトも含めた一切の光が消え、洞窟の中が完全な闇に包まれた。
洞窟内になけなしに残っていた全ての光の精霊力が消え失せ――その僅かな精霊力によって敵の姿を捉えていたグールたちの視力もまた、完全な暗闇に閉ざされた。
『――走れ!』
セドウィックの一喝で、シャルベルが正面を切り開く。音響センサーのデータを頼りに、それをセドウィックのインコムへと愛情たっぷりに送信しながら。
シャルベルからのデータを頼りに、セドウィックもミーシャを抱えて走る。ガロクがその後ろを、騒ぎ立てるグールを重機のように蹴飛ばし踏み潰しながら進む。
『見えましたわ!』
洞窟の最奥、突き当たりにある大きな亀裂のような穴をセンサーに捉え、シャルベルがデータ送信とともにインスタント・メッセージで報告する。
『飛び込め!』
グールもそう長くは混乱していない。そう明瞭ではない聴覚を頼りに、同士討ちしながらも殺到してくる。シャルベルが跳び、グールの頭を踏み台にして潰し、穴の中に潜んでいた一体を引っこ抜いて道を確保する。そこへ滑り込むようにセドウィックとミーシャが駆け込み、最後にグールに組み付かれながらもガロクが穴を塞ぐように立ちはだかった。
「ミーシャ、頼む!」
「分かってます!」
応じてミーシャが唱えるのは、
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