第9話

 GFI身体改造法:オーグメントの取り扱いに関する規則の第16条1項。『オーグメント組込免許を所持しない者が、オーグメント組込またはそれに類する行為を行うことを禁止する』


 ***


 ロギスとギデウィは、いわゆる闇医者と呼ばれる類の店を経営している。

 より正確に言えば、闇オーグメント組込業者だ。

「うし、では嬢ちゃん、しばらく我慢せよ」

「大丈夫ですわ、このぐらい――ひぐっ!?」

「ヴェルドーレ・ラボの最新の麻酔を導入したいところだなあ、泣かせるのは忍びねえ」

「な、泣いておりませんわよこれぐらいで!」

 分娩台にも似た旧式のメディカルベッドの上では、念のため拘束されたシャルベルがオーグの四肢を分離された状態で半分べそをかいていた。彼女のような重オーグ装着者は大抵のダメージは蚊に刺されたほどにも感じないが、流石に生身と機械の境目に直接的な負担をかける分離作業には分が悪い。

 オーグの拒絶反応を抑え込むための魔法薬ポーションは、麻酔薬全般および“鎮痛の聖句”アンチ・ペインと相性が悪く、一般的な痛覚遮断法の効果が薄いのが重オーグ装着者のデメリットのひとつだ。最新の麻酔を使うなど、無痛に近づける方法がないわけではないが、ただでさえ金がかかる大量の抗拒絶反応薬の調達で四苦八苦しているシャルベルのような重オーグ装着者に、それに倍するものを払えというのは土台無理な話だ。

「先生、もしよければこちらに来て手を握っていて頂けません? わたくしの一生のお願いですわ」

「腕が分離されてる状態で手を握るも何もないだろ。それにメンテの邪魔だ。第一、一生のお願いってこれで何度目だよ」

「ああん、もう、先生ったら」

「いつもの夫婦漫才はいいから、そこのツールボックスを取ってくれや、セドウィック」

「あいよ、これか?」

 ロギスが迅速かつ正確な手作業でオーグのメンテナンスを行い、ギデウィが機械類の操作でそれをサポートする。2人は政府発行のオーグ組込免許を持っていないだけで、その腕前は大企業が抱えているシニア・オーグエンジニアに劣らない。

 セドウィックは天然主義者が見たら卒倒しそうなオーグの山を一瞥しつつ、部屋の一角、目立つところに飾られているソウルフル・オーグメンツ社の社章入り看板と、その全社員8名の集合写真を眺める。そこにはまだ編み髭が短いロギスと、まだ鱗が美しいギデウィが映っている。

「こないだ、GFIからスカウトが来たぜ」

 人工皮膚の保管器を運びながら、鼻歌交じりにギデウィが言う。

「受けなかったのか?」

「勿論。まー、最新機器に触れるのは魅力的だったが、俺達を必要としてる奴がそこらにいるからな。セドウィックや嬢ちゃんだって来にくくなるだろ」

「別に専属のエンジニアが欲しくてあんたらを助けたわけじゃないぞ」

「そいつは分かってるが、そういうのを気取ってみたくなるもんなんだよ」

 骨が転がるような音を立て、割れた舌先を見せながらギデウィが笑う。

「ま、欲を言えばセドウィックももう少しオーグを入れてくれれば、ってところか」

「俺はインコムひとつで十分だし、下手に改造すると相棒に怒られる」

「相変わらず例の相棒には尻に敷かれてるのか」

「電子サポートは任せきりだからな。怒らせて、視野に悪戯をされても困る。というより、あいつは俺のインコムを勝手に改造するから俺も自分のインコムの中身がどうなっているのかわからん」

「信頼してるんだな」

 セドウィックは明瞭な返事をせずに、溜息を漏らした。

 雑談の合間にも、シャルベルの分解整備は続く。身体がバラバラになっても、それがオーグ部分であれば金属とオイルの匂いしかしないというのは利点というべきか。

「そういやお嬢ちゃん、最近良いものを入荷したぞ」

「なんですの?」

「高品質のオーグ用フレグランス・オイルだ。並大抵のオイルより出来が良くて、しかも大抵の男はイチコロにするという魔法媚薬エッセンス入り」

「あら、素敵ですわね」

「更にナニに備えて指先の動きを改善するハンドマッサージ用の――」

「おいこら、子どもに何を売る気だ」

「何をと言われても、吾輩らはお嬢ちゃんが幸せを掴む手助けをしとるだけぞ」

「そういう台詞はもっと手段を選んでから言え」

 がはは、と笑って悪びれないロギス。その間も目まぐるしく動く指先は一瞬たりとも止まらない。かつて神々により世界創造の手助けをするため作られたと言われるドワーフたちの熱意と業は妙な方向へ迸ることが稀によくあるが、それにはセドウィックも呆れつつも感心するばかりだ。

 そこで不意に、セドウィックの視界の端から、便箋を抱えた妖精のキャラクターが顔を覗かせた。インスタント・メッセージの着信を知らせるアイコンだ。発信者はゲオルグ・ブラックウィスカー。

『今、時間はよいか?』

『どうした?』

『上にお前さんの要望を伝えたんじゃがな。そのことで、全て飲むが、代わりにお前さんと直接話がしたいということじゃった』

『マジかよ』

『大マジじゃ。それで、どうする? 方法はなんでもよいとのことじゃったが』

『なんでもって言われてもな。先方の名前は?』

『ベルモンド・マーティンじゃ。知り合いか?』

『いや、知らない名前だ』

『なんでも、お前さんが分からなければ、ごきげんようアンダーソン君、と言えば分かると』

「先生、どういたしましたの? お顔が随分険しいですけれど」

「いや、なんでもない」

 セドウィックはひとつ息を吐き、ひとつ舌打ちをして、頭を掻いた。

『わかった。いいだろう、なんでもいいなら、直接会ってやる』

『VRでか?』

『いや、リアルでだ。雨雲亭は知ってるだろう? 明日、そこに来てくれと伝えてくれ。時刻は――』

 脳内でメッセージを打ち込み終えると、セドウィックはまたひとつ息を漏らした。

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