もうひとつの、はじまり その3

 引き抜く人物は決まっていた。もちろん、彼。早速戸棚から紙を一枚出し、フリガナを記入する欄に「スズキ ヒロカズ」とメモしておく。

 ついでにと思い、わたしはメモと一緒に置いてあった資料を手に取る。地域部長が用意してくれた、わたしの「着任地」蛯尾浜市の資料だ。


 蛯尾浜市は南隣の浜浦市とともに、浜浦警察署の所管である。警察署は浜浦市内に存在している。市内には武蔵野鉄道蛯尾浜線が東西に通り、市内にある四駅にはそれぞれ交番が設置されている。市役所に一番近い桜町駅には幹部交番が設置され、蛯尾浜市全体の統括業務も行っている。また蛯尾浜川を挟んだ南部地区にも交番を設置している。

 蛯尾浜市内の名所としては蛯尾浜記念公園、神奈川県自然植物園が挙げられる。蛯尾浜記念公園にはこの街のシンボルタワー及び合併記念として建設された「えびおはまスカイタワー」があり、地元の展望スポットとして機能している。

 蛯尾浜市自体の歴史は浅く、旧蛯尾浜郡の四町村が平成の大合併を経て誕生した。市内の中学校区や交番の管轄は、旧町村境にほぼ準じて区切られている。

 蛯尾浜市立中部中学校(旧桜町立桜町中学校)は市内四中学校のうちの一つ。一九四七年設立で、桜町駅の西・線路の北側に現校舎を構える。さくら小学校、本田小学校、赤阪小学校が校区内の小学校。近年校区の南部が開発され、生徒数が増加傾向にある。


 その中部中校区南部に引っ越してきたのが、わたしなんだけどね。八白市にもちょっと似ていて、何か楽しく過ごせそうな気がしてきた。


  * * *


「えーと、君が安江さんだね」

「はい、そうです」

 九月一日。新しい学校、蛯尾浜市立中部中学校にやって来た。今話している先生はわたしのクラスの担任で、二ノ宮というらしい。

「えーと、その制服は?」

 えーと、ってよく言う先生だけど、これはわざとつけている感じがする。かっこいいと思ってるのか、それとも親しみやすさをアピールしているのか、それ以外の理由からか。

「昨日到着したばかりで、新しいのを用意する時間がなかったので。土日は休みですし、月曜日にはちゃんと着て来られると思います」

 まあこれは半分嘘だ。「普通」の制服はちゃんと用意してある。でもこれは、あの時の格好だから。もう一つ、警察活動用にこれは特注だったりする。この制服、ケプラーが縫い付けてあるという、ね。

「えーと、まあそれならいいが……。えーと、クラスには始業式が終わった後に紹介するから、何言うか考えておいてくれ」

「解りました。あと、クラスの名簿とかありますか?」

「あるが、えーと、どうしてだ?」

「一応、名前だけは見ておきたいかなと思ったので」

 二ノ宮先生は机の引き出しから、クラス全員の名前が載った名簿を取り出す。表になっていて、提出物のチェックなどに使えるようなものだ。

 一つ一つ目を通していくと、そこにお目当ての名前はあった。同じ学校だったということも驚きだったが、同じクラスに入れるとは実に運がいい。

「絶対、CPにしてやるんだから」

 小さな声で、呟くように言って。

 始業式が終わり、担任に連れられて教室へ。

「じゃあ俺は教室を静めるから、えーと安江さんは、後から入ってくれ」

「了解です」

 さて、勝負の時が近付いてきた。

「えーと、皆さん聞いて下さい」

 扉の向こうからでも、担任の声は聞こえる。掃除がないだの宿題は後で集めるだの言って、ついにわたしの出番。

「えーと、終業式の日に予告してあったと思いますが、転校生がこのクラスにやって来ました」

 それを合図にするように、ドアをゆっくりと開ける。黒板の前へと移動し、自己紹介。

「名古屋市の隣・愛知県八白市の渋川中学校より来ました、安江 香奈と言います。父の転勤で此処に来ることになりました。どうかよろしくお願いします」

 さて、彼は何処にいるのか。どうやったら上手く話しかけられるか。県警本部まで来て、CPになってくれるか。今日一日が、全てを決めているのだ。

「えーと安江さんは昨日到着したばかりとのことで、制服を買っていないためこの格好だそうです」

 この二ノ宮先生の台詞に違和感を感じている人物が、この教室の何処かにいるはずなのだ。

「えーと安江さんは、鈴木の横が空いてるからそこに座ってくれ」

 え、鈴木? でも、このクラスには三人鈴木がいたから、まだ判らない。

「先生ー、鈴木ってどの鈴木ですかー?」

 一人の女子生徒が聞いている。うん、ありがたい。

「えーと、浩和の隣」

 あ、これは。でも、最終的には彼自身を見なければ確認したとは言えない。同姓同名の可能性を、捨ててはいけない。

 二ノ宮先生が机と椅子のセットを持って、移動する。持っていった先は、廊下側、最後列。そこにいた彼は、うん、あの少年だ。

 運命の出逢いと言ったら大げさだけど。でも環境は整っていた。あとはわたしが上手くやるだけだ。


Continued to CP2

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

CP2 愛知川香良洲/えちから @echigawakarasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説