断章・c

 七時五十五分。横浜市港北区、JR新横浜駅に名古屋駅の始発「ひかり五百号」が到着した。開いた車両のドアからは時刻に不釣り合いな学生服姿の男女が降りてくる。藤枝 勝、森岡 翔子。この二人は高校生にして「愛知県警捜査員」だった。森岡の方は白襟のセーラー服で、キャリーケースを引く。

「まずは県警本部で、刑事部長との打ち合わせだよね?」

 藤枝が森岡に尋ね、「ええ」と森岡は頷く。二人はICカードで自動改札機を通り、エレベータを使って「横浜市営地下鉄」新横浜駅へ。

 横浜駅で横浜高速鉄道に乗り換え、二人は神奈川県警察本部の最寄り駅となる日本大通り駅に着いた。地上へ出ると藤枝は一度地図を広げ、ルートを確認する。三十秒ほどで折り畳むと迷うことなく、二人は歩き始めた。愛知県警所属の二人がここを訪れるのは三回目、先週から週末は毎日来ていることになる。

 横浜税関前の信号を左に折れると間もなく、県警本部に着いた。藤枝は玄関に立っている警察官に話しかける。

「愛知県警地域部子ども課準備室の藤枝ですが、刑事部長をお願い出来ますか?」

 二人が警察手帳を見せると警察官は納得したようで、肩に付けている無線で庁舎管理室と連絡を取る。少しのやり取りがあった後、警察官はふと、二人に敬礼をする。

「確認が取れました。刑事部長室でお会いするとのことです」

「「ありがと」」

 少し早足気味で、二人は庁舎へと入っていった。

 エレベータで刑事部の階へと上がり、「刑事部長室」のプレートが吊るされた部屋のドアをノックする。「どうぞ」と声がしたのを確認して、藤枝はドアを開けた。神奈川県警刑事部長の星野 秀一警視正だけではなく警備部長・矢田 勝己警視長も革張りのソファーに座っていて、二人は顔には出さないが、心の中で驚く。最初に口を開いたのは刑事部長。

「わざわざ来てもらって申し訳ないが、すぐ現場に行ってもらいたい。時機を図って校内に潜入し、万が一事件が発生した際の対応に当たって欲しいのだが、いいかな?」

「最初からそのつもりですが」

 即座に藤枝が答える。森岡もキャリーを示し

「先週の時点で潜入用名札の発注も済ましていますし、同じ形式の学生服、セーラー服も持ってきています」

 と付け加える。

「仕事が早いね」

 皮肉めいた口調で言ったのは、警備部長。

「それより、今の状況は犯人達の思う壷です。水島副校長だけでもすぐに任意同行して下さい」

「それはできんね」

 藤枝の要望にも、そう返すだけ。

「何故ですか。何故警備部長が答えるんですか」

「色々あるんだよ」

 藤枝達は事態を察する。

「そうですか。公安警察は全校生徒を人質にした囮捜査をするんですね」

「人質なんて人聞きの悪い」

「実際そうでしょう? 事件を起こす直前に訪れるであろう関係者を片っ端から任意同行する、それは一歩間違えれば危険です」

「そんなことは言っていない」

「公安の方法といったら、それくらいでしょう? それに、内部犯は水島副校長ではありません」

「……どういうことだ?」

 初耳だったか、警備部長が聞き返す。

「愛知県警にも、彼についてはここ一週間、不審な行動は見られなかったと情報は入っています」

「だったら、任意同行する意味はないじゃないか」

「牽制として、犯行を止めることは可能かもしれません」

「それは──」

「無理だと言うんでしょう? 解りました。とりあえず、神奈川県警の方針に従います。ただ一つ、SATは近くにある蛯尾浜市役所に待機させた方がよろしいのでは?」

「事件は起きない」

「その前提でしょうね。あと、事件の発生以後の行動は一切の指示を仰ぎません。よろしいですか」

「いいだろう」

「では僕達は準備があるので、これで。現場に走らせる車を一台、運転手付きで用意しておいて下さい」

「了解した」

 二人は、刑事部長室を出た。

 地域部長室にいた宇都宮地域部長にカードキーを借り、藤枝は子ども課準備室の鍵を開ける。開くと同時にLED照明が点灯した部屋のブラインドを全て閉め、二人はキャリーケースに入っていた「蛯尾浜市立中部中学校」仕様の制服に着替え始めた。男子は標準型の学生服であるが、藤枝達の通う高校ではボタン部分が独自であるため、上着だけを着替える。対する女子制服は黒地に白線が一本入った襟、オレンジ色のリボンを結ぶセーラー服。下はこちらも標準型といえる紺色ひだ入りスカートだが、こちらも二人の高校のものは左右に白線が入るデザインのため、森岡は上下とも着替えることになる。

 二人が着替え終わった後、森岡はふと、部屋に備え付けてあるロッカーを確認した。

「よし、合格」

 森岡は呟くように、言う。


  * * *


 キャリーケースを置いたまま、二人は部屋を出る。そのまま玄関に降りると、そこには紺色のアリオンが停まっていた。二人はそれに乗り込む。

「捜査一課強行犯一係の野中です。真っすぐ現場に向かえばよろしいですね」

「いや、先にSATと確認したいことがあるので、そちらへ向かってもらえますか」

「はあ、解りました」

 野中と名乗った男性は不思議そうに頷いて、車を出した。

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