断章・a

 九月三日、神奈川県警察学校で鈴木浩和が研修を受けている時。


   * * *


「同志マスカレード」

 愛知県名古屋市・さかえ地区の地下街。若い男の声が、別の人間を呼ぶ。

「へぇ何で、同志クローザー」

 ドスの効いた声を返すのは小太りの男。

「この県で、計画を実行するのは無謀だな。厄介な相手がいる」

「厄介な相手って何で」

「伝説の子ども警察官だ」

「けど子ども警察官ですぜ? この街にはいないはずだってよ」

「本部に転属しているんだ。奴らが厄介で、表だった行動すらしてないのにもう気配を勘ぐられて捜査が始まっているしな。県警に情報筋がなきゃ、俺だって捕まらない自信はない」

「そなんすか」

「だからこの街では無理だ」

「へぇ……じゃあ、神奈川とかどうすか。貸しがある奴がいるんで」

「神奈川か……いいかもな。地図買って来いよ。盗むな、足がつく。──ほらよ」

「へぇ」

 金を受け取り小太りの男は走っていくが、すぐに戻ってきた。脇にはA4サイズ位の紙袋を持っている。それを受け取った眼鏡の男が袋を開け、「神奈川県道路地図」と表紙に書かれた冊子を取り出す。

「で、あてがあるのは何処の街だ?」

「んと、蛯尾浜というとこで」

「エビオハマね……」

 眼鏡の男は地図の最初のページを開ける。その後もパラパラとページをめくった後、

「最高の街じゃないか。ある程度海に近くて警察署もない。よし、この街に決定だ。構成員に連絡しろ」

「へぇ、了解です」

 その二人を柱越しに見張る、二つの影があった。

「警備部公安第一課、応答せよ」

 少し髪の長い、現代風の少年が学生服の左袖を口に近付け話している。季節的に早すぎる冬服長袖の内側にマイクを仕込ませていた。右手にはコードが繋がった、携帯電話らしきものを持っている。横には同じく冬用のセーラー服を着た、肩にギリギリかかるくらいの長さで先端を少しカールさせた髪型の少女。白襟とスカートに入った白線が特徴的な某高校の制服である。二人とも、胸ポケットには「CP」の文字がデザインされたバッジを付けていた。

『こちら公安一課だが、何の用か。どうぞ』

 二人が左耳に付けているインナーホンから、ようやく声が聞こえる。

「こちら地域部子ども課準備室の藤枝ふじえだ。A三七二七事案のマル対を発見、どうぞ」

『了解、場所は、どうぞ』

中区栄なかくさかえ名鉄栄町駅めいてつさかええき西側にある地下街の、地上吹き抜け付近。どうぞ」

『了解、至急公安課員を向かわせる。以上公安一課』

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