第三章・予兆
第三章・その1
窃盗事案が発覚・そしてスピード解決してからは三年生の教室でちょっとした喧嘩があったくらいで、それも別に子ども警察官が活躍するほどの大事とはならなかった。カナという存在とその影響以外は、普通の学校生活が戻ってくる。けど現に「子ども警察」という組織はあって、その存在は一部の者達しか知らない。俺が本格的にこの組織へ巻き込まれてからちょうど一週間となる、九月八日金曜日。
朝、いつも通りカナは俺の家へと迎えに来て、いつも通り一緒に登校することになった。
「明日は土曜日だから、県警本部で内勤ね。九時には着きたいから、八時に桜町駅でいい?」
カナが念押ししてくる。ちなみに子ども警察官は平日が学校内の任務、土日のどちらかで内勤をするというスタイルを取る。関係する重大事件が発生していたりすると両方出ることになるのだが、今のところそれに該当するような事件はない。
そしていつも通り門の開いていない時間に学校へ着き、正門の前で門が開くのを待つ。装備はあらかじめ、家でつける習慣へと変わった。相変わらずスーツケースは持ち歩かないといけないが。カナも母さんの厚意に甘え俺の家で装備を身につけるようになりつつある。
門がいつもと同じ七時十五分きっかりに開き、俺達は学校の敷地内へと入った。その時間に合わせてくればいいと思うのだが、それはまあ、カナの主張が変わらないからである。
南側校舎の一番東、ちょうど正門を入った所にある職員玄関では、水島副校長が郵便受けの中身を確認しようとしていた。
「水島先生、おはようございます」
カナが声を掛けると、副校長はビクッと肩を震わせ驚いた。
「あ、ああ君達か……」
もちろん、その態度にカナが無反応でいるはずがない。昇降口の方へ、副校長の姿が見えなくなるまで歩いた所でカナは俺に言ってきた。
「やっぱ怪しくない?」
「まあな。調べるのか?」
カナは首を横に振る。
「ううん、そこまでするのは私達の負担が大きすぎる。といって何か事件が起こるまでは大人の警察もなかなか動かないし。とりあえず様子見かな」
「解った」
それが、警察組織の現時点の限界なのだ。
教室に入って席へ座り、警察無線を聴いていても蛯尾浜市に関係する事件さえ、なかなか報告されない。それだけ平和な街ということだが、何か嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
「これだけ蛯尾浜の事件がないと、変な感じだね」
カナも何かおかしいと感じているみたいだ。
***
午前中の授業、給食、掃除、昼休みといたって普通の学校生活を過ごす。四日前が嘘のようだが、「警察ってのは忙しい時は忙しいけど、暇な時は暇よ」とカナがあらかじめ忠告してくれていたので、不自然な感じはあまりしない。というより、もし事件ばっかり起こる学校だったなら、それはそれで問題だろう。
十三時五十分から始まった五時間目、社会科の授業も何事もなく過ぎていく。そんな、日々が、
唐突に破壊された。
「無線聴いて」
カナが突然真剣な顔になり、俺だけに聞こえるような小声で言う。俺は右手でスーツケースを探り、警察無線機を取り出した。イヤホンケーブルを繋いで電源を入れ、腰に付ける。あらかじめ左袖に通しておいてあるインナーホンを引っ張りだし、左耳にはめた。
『──繰り返す、神奈川本部より浜浦・CP・及び関係各局へ』
『現在緊急通報受信中、蛯尾浜市桜北町、
すぐに教室の時計を見た。十四時十分を指している。
『浜浦、了解』
『自ら
『
そしてカナが、胸元からマイクを引っ張りだして口元へ持っていき、
「中部中CP了解。状況確認、及び生徒の避難誘導に着手します」
と応答する。その小さな声は、無線からの声と重なって大きく聞こえた。
その応答の後、カナと俺はほぼ同時に立ち上がる。何事か、とこちらを見てくる室内の視線にカナは左手の指三本を立てて応じる。先生には申し合わせた通り「緊急事態発生」と伝わったはずだ。
そして俺達はスーツケースを机の横から取り、教室から出る。出るなり廊下を走り出す。西側の渡り廊下を通って南側校舎へ。もう馴染み深くなった職員室へと駆け込む。
「ああ、やっぱり来たか」
校長先生が俺達を見て呟くように言う。職員室には他にも三、四人の先生がいて、そこには「疑惑の」副校長も含まれる。
「状況確認はあと。まず生徒達の避難誘導をお願いします。パニックになるので爆弾とは言わないように」
そう指示しながらカナは胸ポケットから小さなノートを取り出し、シャープペンで何か文字を書いている。そのノートを破って副校長に渡し、放送で呼び掛けるよう頼む。副校長は頷き、職員室の一角にある放送室の方へ向かった。カナは時計を見つつ言う。
「あと四分ほどで浜浦署の刑事や
そして、水島副校長の声で放送が入る。
『全校生徒に連絡します。今から急いで運動場へと出て下さい。上履きのままで構いません。各先生方は避難経路に従って出られるように誘導をお願いします』
外からはパトカーのサイレンらしき音が聞こえてきた。確実にこちらへと近付いてきているその音は多分、無線で応答した自動車警ら隊と機動捜査隊のパトカーのものだろう。
「えー、状況確認に移ります。まずは予告状をこちらへ持ってきてもらえますか?」
カナの指示に反応したのは教務主任の平田先生だった。すぐ近くの机に置いてあった封筒を指差す。カナはスーツケースから白の手袋を取り出しはめた。いやそれ、俺のには入っていない気がするんだが。
いかにも事務的な、茶色で薄手の和封筒からカナは丁寧に、三つ折りにされた紙を取り出した。そっとそれを開き、内容を素早く確認して俺にも見せてくる。A4サイズの紙に横書き、ワープロで打ち込まれている。
九月八日金曜日 午後二時三十分にこの学校を爆破する。
爆弾は既に仕掛けておいた。
なお、取引は行わない。
以上。
「封筒は何処にでも売ってそうな汎用品、中身の紙もただのコピー用紙。有力な手がかりにはなりそうもない」
カナは一応分析するが、これだけの情報で犯人を特定するのは難しい。だが、これだけの情報しか掴めないのはカナらしくもない。
「もうそろそろ来ると思うので、玄関で待機します」
主語は抜けていたが、多分「パトカーが」だろう。しかし意図的に抜いたような感じも拭えない。もしそうだったら、それは……。
「先生達も早く避難して下さいね」
そう言い残し俺達は職員室を出た。
「最後のセリフ、ナイスよ」
職員室を離れるなりカナは言う。
「出来るだけ無難な言葉で、あの人達に職員室から出て行ってもらわないといけないの。『危険』という意味じゃなくて」
カナの思考が、何となく読めてしまった。恐ろしいことに。
「まさか『現場保存』のため……。内部による犯行の可能性があるってことか?」
「あるっていうより、ほぼ百パーセントね。封筒に宛名はなかった。よって犯人は直接郵便受けに入れに来たってこと。でも外部の人間がそんなことをしたら絶対に目立つ。別の封筒に入れて郵送してきたとしても、外の封筒を学校側が提出してこない理由はない。それに──」
カナは右手に持つ例の封筒を示す。
「──こんな都合のいい時間に見つかるっていうのが、そもそもおかしいでしょ?」
やっと俺は思い出した。この学校や俺の自宅を含むさくら小校区の郵便配達は大抵「午後四時頃」なのだ。そうなるとこの時間に郵便受けの中身を確認することはしないだろうし、配達員が職員室に入っていったのも俺は見たことがある。朝刊用ポストは門の所に設置されている。そうなると今朝の水島副校長は何をしていたのか。使われないはずの郵便受けで。
「でも、郵便受けに予告状が入っていることを知っていたのなら。そして予告時刻を知っているのなら」
カナの言葉の、その結論はつまり──
「水島副校長が被疑者ということか」
「正解」
俺の回答に、カナは頷く。
「それに紙の材質。再生紙なんだけどこれは学校で使われてるのと同じ。滲みが確認出来ないということはレーザープリンタで印刷されてるわ。でもそんなプリンタがある家庭は稀。今はコンビニのコピー機で印刷出来たりもするから断言は出来ないけどね。予告状自体が学校内で作られた可能性も、否定出来ないわ」
カナはやっぱり、細かい所から手がかりを掴んでいたのだ。言わなかったのはきっと、複数犯の可能性も考慮した結果。計算高いのもやっぱり、カナだ。
「まあ細かいことはこの事態が終わってから鑑識が調べると思う。そんなことより、今はほら」
先ほどまで俺の腕を掴んでいた左手で、外を指した。避難する生徒達の向こうに、ブーメラン型の赤色灯を点灯・上昇させた白黒クラウンパトカーと、小型の赤色灯を載せた銀色セダンの覆面パトカーが停まっている。その中から制服警察官と背広姿の刑事が二人ずつ降りてきて、こちらへと向かってきた。
「状況的に、内部犯行の可能性が考えられます。職員室の現場保存をお願いします」
男性刑事に向かってカナは進言する。刑事は了解、と小声で言い残し後ろへ。他の三人の警察官も俺達を一瞥し、職員室へ向かっていく。
「さて、わたし達も準備しないと」
カナは左手側に持ち手を通していた自分のスーツケースを置き、右手だけで開ける。俺もカナに倣って準備を始める。
夏期は通常装備しない手錠を腰に取り付けたのを確認し、カナは口を開ける。
「仕切りを取ってみて」
GPS付サイレンを除け、スポンジのような生地で作られたそれを外す。するとそこには隠されたかのように追加装備が収められていた。
「それは正式な警察官として活動するためのもの。肩ワッペンは左右の襟元に一つずつ、安全ピンで留めるの」
言われた通りワッペンの内側に付けられた安全ピン二つで、制服に付ける。片手が塞がったカナには難しそうだったので、カナの制服にも俺が装着した。
「腕章は左腕に通して、ついてるピンで袖に留めて。階級章は胸ポケットに、CPバッジと被らないように付ける。今必要なのはそれだけ。サイレンは戻しておけばいいわ。──残りもお願い」
言われた通りの者を言われた通りに付けた後、カナの分に取りかかる。腕章はマジックテープで分かれたので簡単に装着させられたが、問題は階級章。女の子の胸に手を掛けるのって、どうなのか。そんな風に戸惑っていると
「ほら、時間ないんだから、早く」
少し顔を赤らませて目を閉じ、両手を横に開いて体を突き出す。仕方がない、覚悟を決めてそっと胸ポケットに手を入れ、なるべく体には触れないよう気を付けながら階級章のピンを留めた。
「えっと、出来たよ」
声を掛けると、カナは目を開ける。
「ありがと。──これで、一応制服警察官と同じ扱いになるわ。もっとも拳銃は持てないけど」
仕切りを元に戻してスーツケースを閉め、それを持ちカナは走り出した。俺も後を追いかける。
ちょうどカナと俺が玄関から出てきたタイミング。正門から覆面パトカーが続々と校内へ入ってきた。それらは俺達の目の前に停まり、運転席と助手席両側のドアが一斉に開く。
「所轄──つまり浜浦警察署の刑事が到着したみたいね」
カナは呟くように言う。その言葉通り、彼らの中には見覚えのある人物がちらほらいた。例えば──吉永刑事。
「あ、
その彼が俺達に気付き駆け寄ってくる。
「まずは正門近くに停まっている移動指揮車へ行って、刑事課長に状況報告をお願いします」
「了解です」
応えるな否や、避難する生徒達の列を走り抜ける。生徒達が不思議そうな顔をしているがこれは緊急事態、カナは気にする素振りは見せない。一歩遅れて俺も付いて行こうとするが、その瞬発力で離された差は縮まらなかった。
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