第六章・結末
第六章
「え──」
俺の腕の中で、カナの全身の力が抜けていくのを感じた。……嘘だろ?
俺にテロリストの女の銃口が向けられ、カナはとっさに俺を庇った。その結果カナは胸の真ん中、制服リボンの結び目付近に被弾したのだ。リボンは千切れ宙を舞ったが、しばらくして俺達とテロリスト達の間に落ちる。
「カナ!」
俺は無我夢中でカナの体を揺する。しかし、カナの反応はない。
「ついに、CPに殉職者が出たわね。ふん、世論もこれで反対の方向に──」
「動くな、秋本!」
女の声を遮ったのは、この学校を着た少年と少女。彼らは手に拳銃を持っていて、……拳銃!?
「誰だお前ら。──ああ、そうか。私達が初めて公安に尾行されることになった県、それを主導した、愛知県警のCPだな。私達を初めて動揺させた、『伝説の子ども警察官』がここまで追ってくるとはね。だが、状況はこちらが有利だが?」
「いえ、そうでもないわ」
そう言うのと同時に、少女──森岡先輩が指をパチン、と鳴らす。
バン、と窓ガラスが枠ごと外れる音がした。その中にはもちろん、割れるような音も混ざっている。だが展示物が邪魔をして様子はうかがえない。テロリストの一人、俺をうとうとした男が動こうとした、その時だった。
とてつもなく大きな爆音、そして閃光。白いスモークが辺りを覆う。目と耳が使えない、そんな中俺は何者かに床へと伏せさせられた。視界はまだ、真っ白のまま。
しばらくして顔を上げると、煙が残る中ではあったが目の前に黒を主体とした重装備の男達が、テロリスト一人につき二、三人がかりで押さえつけていた。これが恐らく、カナの言っていた「SAT」という部隊なのだろう。
「──」
藤枝先輩がテロリストのボス・サングラスの女のもとに歩み寄り何かを告げる。ただ聴力はまだ回復していないのでよく聞こえない。藤枝先輩は女を立ち上がらさせ、手首に黒い輪っか、つまり手錠をかけた。
「──貸して?」
森岡先輩が俺に話しかけたようだったが、後半しか聞き取れず「え?」と聞き返す。森岡先輩は口パクで三つの文字を発する。もしかしたら発音しているかもしれないが、そこから読み取れたのは、──手錠。
俺はカナを抱いて起き上がり、腰からケースごと手錠を取って、ついでにカナの分も一緒に渡した。森岡先輩は
「ありがと」
と言って受け取り、藤枝先輩のもとへ。そしてSATが押さえつけているテロリスト達に次々と手錠をかけ、逮捕していく。「被疑者」となった者達は遅れて到着した刑事達に身柄を渡され、連行されていった。
「カナは──大丈夫なのか……」
俺が初めて口を開けることが出来たのは、人質となっていた校長先生も事情聴取のために刑事達に連れられ、教室に先輩達だけが残る状態になってからのことだった。
「ちょっと貸して」
森岡先輩はそう言って俺の腕の中からカナを奪い取り、床に仰向けの状態で寝かせる。そしておもむろに、セーラー服の上着の真ん中にあるジッパーを引き下げた。
「え!」
森岡先輩の行為に対する驚きは、すぐにカナの格好のそれへと変わる。カナは制服の下に、また白い「何か」を巻き付けていたのだ。
「この生地には防弾作用があってね、SPとかでも使用されてるの。そもそもカナちゃんが着てるセーラー自体にケブラーという、防弾素材が取り付けてあるの。これは愛知県警からの貸し出し品ね」
森岡先輩はカナの制服の裏地を見せてくれる。確かにその感じは、表地と異なる感じである。
「さすがに防弾素材を二枚重ねてるし、しかも下の生地に穴が開いてる様子は見られないから大丈夫なはずだけど、一応確認するわね」
白い防弾生地を外そうとして、ふと何かに気付いたかのように手を止める。
「勝くん、あっち向いてて。鈴木くんは……いいわ、一応大丈夫か心配だろうから。けど香奈ちゃんには内緒ね」
そう言い、藤枝先輩が視線を逸らせたのを確認してから改めて生地を外す。その下にはまた白いキャミソール。普通ならここで目を背けているが、カナが本当に大丈夫かの確認のためなのでそういう訳にはいかない。森岡先輩はそのキャミソールを胸の上まで上げた後、背中に手を回す。ブラのホックを外したようで、上にずらして胸を露にする。
「少しだけ内出血してるかな。まあそれは防弾生地の都合上、衝撃は殺せないから仕方ない。そのショックで気絶してるだけね。命に別状はないはずよ」
二つの膨らみの中間にある青黒いあざを指差し、森岡先輩は説明する。見解通りなら問題ない、回復を待つだけだ。
森岡先輩は服を元通りにして、
「勝くん、もういいよ」
そう、藤枝先輩に声を掛けた。
* * *
カナはこの後警察車輛で海岸沿いの浜浦総合病院へと運ばれ、そこで病人服へと着せ替えられた後CTスキャンを受けた。検査の結果は何ら問題なく、当然ながら銃弾が貫通した痕跡もない。鑑識がきっと教室内で見つけるだろう、と先輩達は言っていた。
午後三時を回ったが、未だにカナは眠っている。俺はあの日初めて会ってからの出来事を思い返していた。
夏休みも終わりかけの頃、カナとは突然出会った。あの時から結構突き進んでいたと思う。始業式の翌日、よく考えれば判ったはずだが、半ば騙すようにしてカナは俺を子ども警察に引き込もうとした。あっさり俺はカナの思惑通りになってしまい、新しい世界へと踏み出した。それからは、日常が百八十度変わることになり、人間のウラ、学校のウラ、警察のウラも見た。だがカナはいつも俺のそばにいて怒ったり、泣いたりしながら一緒に立ち向かったのだ。そのカナは今、俺を守るために撃たれ、ここに眠っている──
馬鹿馬鹿しい、と思った。カナが死んだ訳でもないのに俺は何を考えているのだろう。
うっすらと、カナはようやく目を開けた。
「ん……ここはどこ? わたし、生きてるの?」
カナは上半身を起こし、首を横に振って辺りを見回す。俺の姿をようやく認識して
「あ、浩和……無事だよね。そうだよね、──」
カナの表情はだんだん、泣き顔へと変わっていく。
「──浩和が無事じゃなきゃ、わたしが、命張って守った意味が、ないもんね……」
そしてカナは泣き出した。そしてカナは体を起こして俺の所へと近付き、抱き付いてくる。
「本当、良かった……。やっぱり大好き」
しばらく状況が掴めなかった。この状況で大好きって、それは──
「……この、CPって仕事」
──まあ、そうだろうよ。カナはCP一筋な警察少女なのだから。もしこれが告白だったとしても、それに応えられたかは判らないが。世間(生徒)の目は気にしても、自分の気持ちはよく判らないし。多分、憧れの気持ちだとは思うのだけど。
「何か、過去の私達を見てるみたいね」
その空気に割り込んできたのは、森岡先輩。
「へ!? ……翔子先輩、何でここに!?」
慌ててカナは俺から離れる。顔を真っ赤にして。
「僕の時も翔子さんが抱き付いてきたからな。『被弾の後は抱擁を』がCPのお約束か?」
藤枝先輩が言い、森岡先輩も真っ赤になる。
「だって、銃で撃たれたら誰でも心配になるでしょ!」
森岡先輩が顔を真っ赤にしながら弁解して、俺達は笑った。もちろん、カナも。
***
先輩達が帰った後、俺達は二人きりになった。ベッドの横に折りたたみの椅子を置き、座る。
「そういえばわたし、何となく浩和って呼んでるけど、いい?」
「……ああ」
カナが俺のことを名前で呼んでるような記憶はあまりない。だから俺のことをどう呼ぶかも、あまり気にはしていなかった。
「やっぱり先輩達にはかなわないなぁ……。でも何だろう、あの二人はずっと自分の上にいてほしい、そんな感じがするんだ。でも先輩達の実力には近付きたい。だったら、日常にその鍵が隠されてるのかなって。何だろう……」
そこまで言って、突然カナは顔を真っ赤にした。
「そっか……。あれ、かな……」
カナは起き上がり、俺の方に顔を近づけてくる。
「ねえ、浩和」
両手を俺の後ろに回して、カナは微笑む。そこに、
「な、何やってるの……」
ミキの声。
「え、これは、うん」
カナの視線は俺から後ろにいるだろうミキに移り、あたふたしながら答える。振り返ると、膨れたミキ、相変わらず微笑みを絶やさない渡辺先輩、そして事態が解らず顔を見比べている木村先輩が病室にいた。
「もう、抜け駆けはダメ! ちょっと二人で話したいから、浩和、出てって」
「はいはい……」
カナも放してくれたのですぐに立ち上がり、病室を出る。自販機コーナーでジュースを買い(文化祭なので特例的に金銭の持ち込みは認められていた)、近くの椅子に座って飲んでいると、右隣に渡辺先輩が腰掛けてきた。
「変な場面見せちゃって、すみません」
「別に大丈夫ですよ。あなたが迫った訳でもないでしょうし」
あくまでも渡辺先輩は、微笑んだまま表情を崩さない。
「でもよかったら、事情を説明してもらえますか?」
一瞬戸惑いがあったが大丈夫、渡辺先輩は「CP」っていうことを知っているし、何となく話せそうな気がした。
「『CPの先輩』として、カナが慕っている二人の先輩がいるんですけど、どうやったらその先輩達に近づけるって考え始めて突然……」
「あんな状況になったと?」
「はい」
「……その先輩達もやっぱり、男女ペアなんですか?」
「そうですね。公私ともに、相性は抜群な感じで……」
「大体状況は解りました。でもそうですね、これは私が口出し出来ることではないというか……。そうですね、一つだけ助言を」
一呼吸置いて、渡辺先輩は言う。
「香奈ちゃんのこと、注意深く見ててあげて下さい」
そう言った後、渡辺先輩は紙コップのカフェラテを買い、飲み始めた。さて、この言葉にどんな意味があるのだろうか。というかこの言葉、森岡先輩にも言われた気がする。
「とりあえずは今まで通り、香奈ちゃんに付いていってあげて下さい。そうすれば、解るかもしれませんよ」
俺は頷く。それを最後に、お互い無言でしばらく時間を過ごす。
そのうちに渡辺先輩はうとうととし始め、ついに眠ってしまった。俺の右肩へと寄りかかってきて、スー、という呼吸音と少しくすぐったい感触が右耳を刺激する。本当、先輩という感じはしない。何とも可愛いというか。
しばらく経って渡辺先輩はふと目を覚ました。
「もうそろそろいい頃じゃないでしょうか。戻りましょう」
椅子から立ち上がり、俺の顔を覗き込みながら言う。まったく、無防備というか何というか。先輩の言葉に従いとりあえず、俺も動くことにした。
病室に入ると、カナはベッドの真ん中に足を伸ばして座り、一方ミキはベッドサイドに腰掛けていた。木村先輩は疎外されたかのように、入り口の横の壁にもたれかかっている。
「和解、しましたか?」
渡辺先輩が確認のため声をかけると、
「ええ」
ミキから返事が返ってきた。
「あ、さっき連絡が入ってきたけど、明日にも退院していいって。まあ、すぐに横浜行って──」
「報告書、だろ? 解っているさ」
「よろしい」
俺もCPとして成長したのかな。実感する機会はあまり、ないけれど。
ふと、ミキが病室のテレビのスイッチを入れる。すると、この病院の玄関がディスプレイに映った。
『──子ども警察官の少女が運ばれた浜浦総合病院です。病院関係者によると命に別状はなく、検査入院程度で明日にも退院出来るとのことです。──』
「これは、明日が大変そうね……」
カナが呟く。
* * *
その夜、田崎管理官が病室を訪ねてきた。
「怪我がなくて安心したよ。とりあえず明日の退院は、大変なことになりそうだが」
「もう、計画は練ってありますよね?」
カナが聞く。
「もちろん。大掛かりな作戦になりそうだが。安江さんは乗り物酔いとか大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。ということは──」
「ああ、飛ばしていくよ。マスコミが驚くほどにね」
田崎管理官はニヤリ、と笑みを浮かべた。
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