第三章・その3
「実は公安を通じて情報が入っていてね、」
刑事課長が外に出て行くと、田崎管理官はドアを閉めた後二、三枚程度の書類を綴じた物を俺達に見せながら説明してくれる。
「一度フェイクの予告を仕掛け、直後に改めて犯行予告を出した上で身代金を要求して来るグループが現在、神奈川県内にいるらしい。内部関係者を取り込むというのが彼らの手口だから、推理通りならその疑いも強くなる。そこでだ、この学校に彼らが来る可能性も考えられるので注意していて欲しい。幸い身元は割れているから、顔写真は免許証のデータベースから取り出せる。君達はいつ、内勤の予定だ?」
「予定では明日だけでしたけど、こんな状況なので明後日も行きます」
カナが答えた。日曜日も行かなきゃ行けないとは、全く聞いていないが。まあそれはカナの判断だし、俺自身妥当だと思ってはいる。
「了解、では明日の早いうちに
「了解です。用件は以上ですか?」
カナもその必要性を理解しているようだ。
「後は学校内の様子について適時アドバイスをお願いする。この学校を一番知っているのは、
当たり前のことだが、カナはその言葉にうっとりしているようである。しばらくしてカナは、口を開いた。
「田崎管理官って、叩き上げでしたよね」
「ああ、確かに僕はノンキャリだよ。昨年度は人事交流の一環として愛知県警に行ったりもしたが」
「だからCPのことをよくご存知なんですね」
なるほど、とカナは納得したようだ。
『時刻は一四三五時、只今より捜索を再開する』
その無線を合図にするように、田崎管理官の雰囲気が百八十度入れ替わる。まさに現場の指揮官、という感じが漂うように。
* * *
「これで全教室、一通りチェックが入ったわね」
模造紙で作った校内見取り図にチェックを入れていた、カナが言う。確かに各教室の名前の右横には全て、「✓」の印が入っていた。ということは見落としがない限り爆弾が実在する可能性も低くなったということで、一応の安全が確保されたということも意味する。それを前提にカナは
「状況説明をした上で、クラス単位で荷物を取らせて帰宅させるというのが一番良いと思われます。四十人程度ずつなら安全を確保しやすいですし、トータルの時間も抑えられます」
と提案した。田崎管理官も異議はないらしい。
「了解、僕が学校側に話してくるから、君達には無線の番をお願いしたい」
そう言って車を出て行った。そして早速、無線機が鳴る。
『一〇七一八、一課六係の宮野です、どうぞ』
「えーと現地本部、CPの安江です。どうかしましたか?」
『接着糊は場所を控えて全て回収したと、管理官に伝えて下さい』
「判りました。他にありますか、どうぞ」
『特には。以上交信終了』
『三八九二九、捜査一課五係の細谷です──』
ほっと胸を撫で下ろす暇もなく、次の交信。まるで交代を待ち構えていたかのようで、カナは時々つっかえながらその対応に当たった。CPの仕事でも無線は専らカナの担当なので、俺はどうやって応えるのか詳しい作法は判らない。ただ見ていることしか出来なかった。
しばらくして交信が収まった頃、田崎管理官が戻ってきた。
「接着糊は場所を控えて全て回収出来たそうです。学校外周についても一通りの捜索は終了し、現在は校庭の捜索を続行中です」
無線交信で得られた情報を、まずカナが報告する。それに対し「了解」と田崎管理官が返し、今度は彼の番。
「ことらは君の案通り動くことになったよ。至急所轄地域課より制服警官を投入させ、誘導に当たってもらう。生徒達の心理的には刑事が担当するよりずっと安心だろうと思ったのだが」
「ええ、私もそう思います」
カナは同意。すると田崎管理官は
「君はどう思う?」
と、俺に振ってきた。俺は少し考えてから答える。
「えっと……やっぱり制服を着た警察官って、階級的には下の方ですけど一般的にはかっこいいというイメージがあるじゃないですか。俺もつい最近までそう思っていました。だって、刑事はドラマを見ていたらかっこいいと感じますけど、刑事と言われなきゃ気付けないじゃないですか。それに比べて、制服だと一目で判って『身近なかっこいい人』というイメージがつきやすい、それだけのことなんですけど」
自分でも何を言ってるんやら。
「やっぱりCPの仕事を始めてから内部事情を知ると、イメージは変わるよね」
俺は頷く。
「ああ、昇進試験の勉強に明け暮れていると知ってしまったらね」
田崎管理官もその話に乗ってくれた。
一週間前の研修で地域部長が冗談交じりで言った言葉が「学生は学力試験のために。大人になったら昇任試験のために。警察官の道は勉強尽くしって訳さ」というフレーズ。それを聞いた時には俺でも「警察官はかっこいい」というイメージは闇に葬られそうだった。完全に崩壊しなかったのは「中には現場一筋でやってる巡査や巡査長もいるんだから」というカナのフォローのおかげだが。
「まあ余談はこれくらいにして、計画通り進めていこう。君達もここに残っていてくれ。あまり警察官として身を晒すべきではない」
田崎管理官は背広のポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛ける。短い言葉のやり取りの後切り、無線のマイクを入れ計画の概要を刑事達に伝えた。
「そういえば浜浦署には捜査一課長がいると聞きましたが、彼を無視してもいいんですか?」
ふと思い出したように、カナは聞く。管理官はふっ、と笑う。
「形式的にいるだけさ。一応指揮権のレベルは僕よりも上だけど、基本は僕に一任させているから口出しはしてこない。一段落したところだし、今頃は次の現場に行く準備を始めた頃かな」
そんな時、正門からまた一台、パトカーが入ってくる。軽自動車で有名なワゴンを普通車の大きさに合わせたモデルの白黒パトカーである。
「はやっ」
カナが反射的に口走る。海沿いの街・浜浦からはサイレンを鳴らしても着ける事件ではない。そのからくりは、目の前に停まって降りてきた制服警官の台詞、
「蛯尾浜幹部交番の中村巡査であります!」
「同じく、福山巡査長です」
これですぐに解き明かすことが出来た。
「ああ交番ね」
カナも納得したように呟く。ここから桜町駅前の交番なら、そう遠くない。
「これより作戦を開始する!」
田崎管理官の一声が掛かって、途端に警察官達の動きは慌ただしくなった。
* * *
「全クラス完了、後は君達二人だけだ」
しばらく無線のやり取りに集中していた田崎管理官が、俺達に言う。
「でも、事件はまだ終わった訳じゃ──」
「正門前で、君達を待っている人がいるそうだ」
カナの言葉を、田崎管理官は遮る。
「後は僕達、大人に任せればいい。君達は最大限のことをやってくれた。心配しなくても、水島教諭の身辺調査は
そこまで言われては、カナも断る理由がない。置いていたスーツケースを手に取り、
「……了解です。ありがとうございました」
俺の腕を引っ張りつつ車から出ていった。制服警官に時々「お疲れ様です」と声を掛けられても何も返さず、校舎内へ。自分達の教室へ着くと、俺達は荷物をかばんに詰める。
「待ってる人って……?」
ふとカナが呟いた。
「俺の母さん、ってことはないだろうから、カナの親だったりしないのか?」
「判らない……」
実際に会うのが一番早いんだけどな。
俺達は靴に履き替え、すぐに校舎外へと出て、真っすぐ正門へ向かう。先ほどまでいたワンボックスカーの、その先には──
「……え?」
驚いたミキと、
「二人ともお疲れ様です」
渡辺先輩・木村先輩が立っていた。こんな非常事態にも関わらず待っていてくれるなんて。もし口を開いたなら俺は驚きの言葉以外を言うことは出来ないだろう。
「え……何で」
カナも驚いた様子で、三人を見る。説明役は双方の事情を知っている、渡辺先輩に委ねられた。
「美希ちゃんが『二人を待つんだ!』って聞かなくて。私たちは事情を知っているから止めたのですが、その格好で現れたら判ってしまいますね」
「ん?──「あ!」」
俺はカナの、カナは俺の身なりを見てほぼ同時に気付く。装備を付けたままである。
「カナちゃんと浩和が、警察官? ま、まさかよね……」
ミキは未だ信じられない様子で俺達を見ている。誤魔化すのは無理と悟ったか、カナは諦めた様子で
「そうよ、わたし達は警察官。このことは他言不可ね」
と認めざるを得なかった。
「え──」
それを聞き、ミキはしばらく固まる。まあ、身近な人間がCPだったなんて、信じられなくても仕方があるまい。
CPについてカナが何度も説明を繰り返し、疑問点についてミキが聞くという作業を経て、ようやくミキは事情が呑み込めたようだった。ミキの結論はつまり、
「だからいつも二人はいつも一緒にいたんだね。言ってくれればいいのに、浩和」
というものだったが。
「いや、他言はあまり出来ないことになっているから仕方がなかったんだよ」
「……そっか。うん、やっぱそうだよね。そうでなきゃ、浩和が私に教えてくれないはずがないもんね」
よっぽど俺は色々なことをミキに話しているらしい。振り返れば確かに、髪を切っただの何時に寝たのだの、他愛のないことを色々と喋っている記憶がある幼なじみ、だからこそ無意識に身近な存在なのだろう。
「さあ、私たちもそう長居している訳にはいきません。早く帰りましょう」
いつも通り渡辺先輩の一声で、俺達は家路についた、いつもと同じ場所で、カナや先輩達と別れ、ミキと二人で帰り道を歩く。
「前に私、浩和がまるで警察官みたいって言ったけど、実際そうだったんだね」
その途中、ミキが言った。確かに、そんなことを言われた覚えはある。
「それにカナちゃんとずっと一緒にいるのも、そのせいなんだね。てっきり私、浩和とカナちゃんが付き合ったりしてるんじゃないかと思っちゃって、それで少し不安になっちゃって。ごめんね:
ただその誤解は子ども警察官の制度上生まれるべきして生まれたもの。だから恥じるものではない。
「いや、端から見たら俺だってそう思うよ。だからミキの謝ることじゃない」
そうフォローするとミキは俯き、
「うん、そっか」
聞こえるか聞こえないかの大きさで呟くと、少し微笑んだ気がする。それからは無言で歩き、そのうちに、俺の家の前まで来てしまった。
「じゃあね、浩和」
ミキはそう言って、返事を返す間を与えることもなく走り去る。まさかミキは俺のことを? と一瞬考えたが、すぐに打ち消す。世の中は、そんなに上手くは回っている訳がないのだから。
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