第三章・その5
しばらく二人の体験談などを聞いているとチャイムが鳴った。カナいわく午後六時、終業の合図となっているらしい。
「あ、この後二人はどうするんですか?」
「まあ明日も神奈川にいる予定だから、公費に少しプラスしてシティホテルに泊まる方向で考えているけど」
カナの問いに、藤枝先輩が親切に答えてくれる。さらにカナは少しニヤッとした笑みを浮かべ聞いた。
「ホテルでは何するんですか?」
「まあ捜査情報の整理とか、ね」
答えたのは森岡先輩、だがカナの追及は続く。
「他には?」
「他には、ってねぇ?」
「因みにホテルはツインですか?」
「まあシングル二つ取るよりは安く済むし……」
「てことは、もしかして……」
カナは最後まで言わなかったが二人には解ったようで、途端に顔を真っ赤にする。
「ま、まあ気がむいたら、ね……」
「うん、一応仕事で来たんだから……」
二人が二人とも言葉を濁した。それでもカナは
「ふーん、やっぱり」
納得出来る答えだったらしく、頬杖をついて呟く。ただ、俺には何のことか解らなかった。
「で、何のことです?」
「「「へ!?」」」
三人が同時に、驚きの声をあげた。
「え、えっとそれはね、その……私が勝くんと:」
「いやいや教えなくていいから、翔子さん!」
「そうそう浩和はまだ知らなくていいから! ところで先輩、名前で呼び合うことにしたんですね!」
「うん、翔子さんからの提案なんだけど」
「いつまでも『藤枝くん』って呼んでるのもおかしいなって」
そして何となく、話を誤魔化された気がした。でも話は続かず、沈黙の間が流れる。
「じゃあ帰ろっか。また明日来るね」
森岡先輩がそう言ったのを機に、俺にカナ、先輩二人は部屋を出ることにした。
「あ、鈴木くんだっけ? ちょっといい?」
廊下をエレベータの方向へと歩き始めようとした時、森岡先輩が声を掛けてくる。
「あ、勝くん達は先に下に降りてて」
「うん、解った」
藤枝先輩は、何の用事かと気になっている様子のカナを連れ、廊下を先に歩いていく。その姿が見えなくなったのを確認してから、森岡先輩は口を開いた。
「実は、香奈ちゃんのことだけど」
「はい」
やはり、カナのことか。
「CPの資質が十二分にあることは私達も確信を持って言える。けど、香奈ちゃんは多分、本来の性格を隠している感じがするの」
桜町駅で見せた、あの寂しそうな顔。カナが抱えている、もう一つの性格。
「『女の子らしい』とでもいうのかな? 香奈ちゃんはそんな側面を意図せず隠しているわ。通常のCP業務に支障はない、けれどパートナーのあなたにだからこそ、忠告しておくわ」
一呼吸置いて、森岡先輩は言う。
「あなたが危険な状況に陥った時、あの子は自分の命を投げ出してでもあなたを助けようとするかもしれない」
「それは、藤枝先輩みたいに?」
「ええ、私を守ってくれた彼みたいに」
少し照れてしまったのを誤魔化すように前髪を搔き上げ、森岡先輩は続けた。
「その逸話を知っている香奈ちゃんだからこそ、と言ってもいいわ。あの時は通りを挟んでいて、しかも被弾は一発だけ。命中した腹部に私のあげたお守りがあったりしたという好条件が重なっていたの。でもそんな奇跡が二度も起こるとは言えない」
「次は殉職、ってことですか」
「そこまでは行かないかもしれないけど、重傷を出してもCPという組織は大きな制約を受けることになる。それはCPという組織の成り立ちが副次的なもの、八白に警察署を建てるための手段の一つだったことがあるから。今はそれほど注目されてないから問題なく活動出来ている。でも何らかの事故が起きて、これが大きく報道されてしまったら世間の反発も十分予想される。殉職という事態だけは、絶対に避けてほしいわ」
「ええ、もちろんです」
「そしてもし香奈ちゃんが暴走してしまいそうな時は、軽く抱きしめてあげて。それだけで、理性を取り戻すはずだから」
「はい、解りまし──はい?」
「冗談よ? じゃあ、二人の許へ行きましょうか」
笑みを浮かべながらも足早に、森岡先輩は歩き出したのだった。
* * *
県警本部の最寄りである日本大通り駅から地下鉄に乗り、JRなど多数が乗り入れるターミナル駅・横浜駅で先輩達とは別れた。その後二人で乗った電車の中で、カナは呟く。
「まさか先輩達が来るなんて、思っても見なかったな……」
「そんなに珍しいことなのか?」
俺が尋ねるとカナは頷いた。
「そもそも、隣り合ってない県警間で情報をやり取りすること自体がね。捜査協力の要請も普通警察庁を通じて行われているから、今回は特例中の特例よ。でもあの二人は愛知県警ので唯一、警察庁の特別捜査員にも指定されているから、そういった権利を使って来てくれたのかも」
「……カナのためにか?」
カナは少し考えて、首を横に振る。
「ううん、わたしと浩和、両方のためだと思う。実際にCPとの捜査経験があるのは田崎管理官だけだし、その辺りのバックアップも兼ねてくれてるのかも」
「……不安か?」
「正直ね」
カナは苦笑いしながら、頷く。
「でも最初の一年はどこでも同じだから。愛知県警でその一年を担ってくれたのはあの先輩達で、神奈川ではわたし達。それだけのこと」
「そうか……」
「うん、そういうこと」
『間もなく、さくらやま、さくらやま。武蔵野鉄道蛯尾浜線をご利用の方はお乗り換えとなります──』
そんなアナウンスが聞こえ、俺とカナは席を立ったのだった。
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