第五章・その4

「警察です。武器を床に置き、速やかに投降して下さい」

 教室前方の入り口から、カナは一応呼び掛ける。しかしそれに対する応答は、MP5の銃口が五つ、こちらに向けられたことだけだった。しかしカナはそれには怯まず、中へと入る。俺も慎重に、だがカナの後に続く。俺達から一番遠い対角線上、教室後方の窓側にいたサングラスの人物が女の声で、言う。

「やめな。モデルガンってことは見抜かれているようだ」

 すると一斉に銃口が下がる。

「ここまで来るとは、かなり優秀なCPのようね。でも想定通りよ。こうでなきゃ、私の、私達の目的は達成出来ない」

「どういう、意味?」

 周りに神経を尖らせつつ、カナは尋ねる。女は聞かれるのを待ってましたとばかりに不気味な笑い声を上げ、それに答えた。

「『伝説の子ども警察官レジェンド・CP』が追ってきた以上、このままじゃ捕まるのは時間の問題になったわ。でも、どうせなら返り討ちにしてあげたいじゃない?」

 カナの表情が、曇る。そう、この女が目論んでいるのはCPという組織の全面解体だろう。それに必要なのは銃弾一個をCPに命中させることだけ。かつて森岡先輩は言った、重傷以上でCPの活動に大きな制約がかかってしまうと。つまり、

「俺達のどちらかを、この場で殺す気か?」

「よくわかっているじゃない?」

 不気味に、女は笑う。カナは無線を使おうと、恐らくSATの突入要請をしようとだろう、左手を口元に近づける素振りをみせるが

「無線を使っている間に、撃つかもよ?」

 女は拳銃を素早く取り出し、カナに向ける。それを見て、カナは動作を止めた。

「言っておくけど、私は一発で仕留めるわ。助けが来ないうちに殺さなきゃ、やりにくいもの。でしょ?」

 カナは表情を変えない。内心、悔しいかもしれないがそれは出さずに。俺の腕をしっかりと掴み、ただ淡々と、女に向き合う。

「刑法第二〇一条・殺人予備罪と銃刀法違反であなたを逮捕します」

「一九九条の殺人罪もじゃない? 今からだけど」

 女が茶化すと、カナは首を横に振る。

「誰も殺させない」

「どうかしら?」

 水島副校長を含む残りの五人が、銃口をこちらに向けてきた。左へとゆっくり移動すると、彼らも一定の距離を保つように移動する。

 その瞬間、俺の腕を離しカナは駆け出した。右に回り込んで一番右にいた眼鏡姿の男の拳銃を警棒で弾き跳ばす。一瞬の早業で怯んだ隙を狙い、俺も左から回り込み小太りの男の手を警棒で打った。いとも簡単に、男の手から銃が落ちる。あと二人。そう思った時、突然俺の横を、高速の物体が通り過ぎた。体が止まる。背後で、ガラスの割れる音がする。拳銃を撃ったのは恐らく、口元に髭のある男。

「これで、最後ね」

 ゆっくりと、女が銃口を向けてくる。俺は、動かなかった。逃げなきゃいけないとは解っているのに、まるで別の体のよう。俺、鈴木 浩和はここで、死んでしまうのか。

「バイバイ、幼い勇者さん」

 パン。

 銃弾が女の拳銃から放たれる音がして、しかし俺には当たらなかった。目の前には、


 俺を庇って胸に銃弾を受けた、カナの姿。

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