第二章・真実

第二章・その1

 研修漬けだった週末が明けた、九月四日。午前七時、朝こなすべき全てのことが終わりテレビを観ていると、玄関のインターホンが鳴った。

「浩和、出て」

 母さんが台所から言う。しょうがないな、と思いドアモニターの液晶ディスプレイを確認すると、

 そこに映っているのはよく知った顔。週末に何回も、数え切れないほど見たカナの顔だった。ただ、その下に映っているセーラー服の襟は黒い。中部中の制服に変わっている。

「こんな時間に何の用だ、カナ」

 どうして俺の家を見つけたのかがそもそもの疑問点だが、それはさておく。おそらくは住所を頼りに来たのだろう。

『学校、行くよ!』

「まだ早すぎるし、一緒に行くと行った覚えはないんだが」

『いいじゃん』

 即答。

「……まあいいけど、誤解されるぞ」

『何が?』

「付き合っているんじゃないかって」

『……だ、だから早く行くの!』

 モニター越しに顔を赤らめた様子が確認できる。

「解った解った……少し待っててな」

 俺は母さんに断った後カバンを持ち、靴を履いて外へ出た。だがドアを開けると

「スーツケースは!」

 カナが怒り気味に言う。いけない、今日からは持ち物が増えるのだ。急いで自分の部屋へ戻り、黒のスーツケースを持ち出した。このスーツケースには手錠や携帯無線機など、今日からの学校生活に必要となるものが詰まっている。忘れたらそれこそ、大変なことになるのだ。

「ほんと、トロいんだから」

 多分怒っているんだろう。母さんに「いってきます」、と声をかけてから家を出る。

「で、何で一緒に登校する必要があるんだ?」

 正直な疑問だった。研修でも一切触れられなかったしな。

「交番の巡回パトロールみたいなものかな。警察官ってのは二人一組で行動することが多いのよ」

 よく解らない理屈だが、説明してくれただけいいか。

「子ども警察官っていうのは、刑事警察とか地域警察・警備警察などがある中でもそれらに囚われない存在なの。便宜上地域部所属ってこともあって、地域警察との関わりが強いけどね。それでも時には刑事課や生活安全課が担当するような仕事もする。これもその一つ。まあ、八白にいた時は研修先の課っていうのが決まってたのはあるけど」

 なるほど、よく解らない。

「その時は地域課担当だったな。会計課との二択だったからしょうがないけど、本当は刑事課がよかったなって。まあ、ローテーションを崩すわけにはいかなかったから」

 カナは長々と思い出に浸っている。その語りをBGMにして登校。音楽ではないが。

 十分ぐらい歩くと学校に着いた。門は開いていない。

「早かったね」

 カナは苦笑いしているが、七時十分といったら部活動の朝練すら始まっていない。

「言っただろう、早すぎるって」

「だって、どれだけ時間がかかるか判らないじゃない。途中で事件とか起こるかもしれないし」

「よっぽど運が悪くなければ無理」

「そうだけど、それで学校遅れちゃいけないから」

 まあな。しかし早すぎるのもどうかと思う。

 少し待っていると先生が来て、校門を開けてくれる。校舎に入ると俺達は真っ先に教室へと向かった。教室に着くと、カナはスーツケースを開ける。俺もそれに倣った。

 固いウレタンで移動しないよう区分けされている各種の装備品。夏服ということもあり、目立たないよう普段から付けるものは限られる。まずは警察手帳。付属する紐の片端をシャツの裏、母さんが作ってくれた穴に通して結ぶ。もう一つは警笛で、そちらも同じ所へ。最後に「CP」の文字がデザインされたピンバッジを襟に付けた。校内での通常業務時はそれだけである。他には黒いアルミ合金製の手錠や無線機なども装備として所持しているが、目立つので夏は身につけない。もちろん拳銃は支給されていないが、これは元々刑事と同じ私服警察官扱いということに由来する。つまりは拳銃を持つ可能性もあるということで、操作方法について学ぶ訓練自体は受けた。ただ子供に物騒な物を持たせたくないという社会的心理もあり、持つことはおそらくないと思われる。

「ちゃんと覚えられたじゃない」

 カナに褒められる。まあ装備品も少ないし、何より研修が終わってから何度も練習させられたからな、そこにいるあなたに。

「さて、まずは校長に会いに行くわよ」

「いや、何でそうなる?」

 前後の流れがよく解らない。

「一番の理解者だし、学校の最高責任者だから挨拶しておかないと」

 それはそうか。

 という訳で教室には教科書が入っている方のカバンを置き、スーツケースのみを持って職員室へ。カナは当然ながら校舎の構造を把握できていないので、俺の後ろを付いてくる。

「失礼します! 校長先生はいらっしゃいますか?」

 職員室の前に着くとカナは俺を追い越し、勢いよくドアを開けて言った。

「え……あ……」

 しかも指名された本人はちょうど良く正面にいて、困惑の表情を見せる。まあ、落ち着いていられたらそれはそれですごいが。

「ああ、CPの生徒さんか。なるほど、わざわざ来てくれたのは話があるからだね」

「はい」

 さすが、校長先生。けど話の内容までは推測出来ないだろう。俺も知らないし。

 ひとまず、校長室の中へと移動した。例のソファーに座り、今日はカナから話を切り出す。

「まず、二人目の子ども警察官です」

 そう言って、カナは俺を指差した。

「そうか、名前は何と言うのかな」

「鈴木浩和です」

「そうか、頑張りなさいよ」

「次に──」

 俺の話題はもう終了かよ。

「──この学校にCPがいるってことを、あまり広めないで頂けますか?」

「それは、どうしてだ」

 校長先生が聞く。俺も知りたい。

「神奈川県警の方針です。この事業は愛知県に続き二例目の実施ですが、愛知県で『子ども警察官』自体が狙われた事件があったので。また、もし先生達に被疑者マル被がいる場合にも活動が困難になります。わたし達から隠れるのならともかく、最悪わたし達に身の危険が生じます」

 中学生が活動を行うため、身の危険を少しでも小さくしようという措置。私服警察官扱いで活動する為、秘匿性を確保するという理由もあるのだろう。しかし何となく、上手くいかない気がする。

「解った、それだけか?」

「はい」

「では、存分の活躍を期待しているよ」

 カナは立ち上がって軽くお辞儀をした後、俺の腕を引っ張って校長室を出て行く。もう習慣になりかけている、その行動。事情を知らない他人が見たら、仲の良いカップルだと誤解するかもしれない。そんなことを引っ張られながら考えていると、ふとカナは立ち止まったらしい。俺は気付かずに慣性のままカナにぶつかって、しかも予想外だったらしくカナは素直に、前のめりに倒れる。俺の腕はつかんだまま。よって、俺もカナの上に倒れ込んだ。

「痛っ! もう! ……え?」

 俺の顔に、カナの髪の毛が当たっている。多分シャンプーの物だろう、ラベンダーの香りが入ってきた。そしてさらっとした感触。

「ちょ、ちょっと……重いよ……」

 さっきまでの言動が嘘のような、弱々しい少女の声で。それがカナの声と認識するまで俺は動けなかった。理解してやっと、俺は我に返る。急いで起き上がり、手を差し出す。

「え……、うん、ありがと……」

 カナが、真っ赤になった顔を上げてきた。

「大丈夫か?」

「……うん」

 微かに、頷く。

「顔、真っ赤だぞ? 頭でも打ったか?」

「……え」

 カナは勢いよく飛び起きた。真っ赤な顔が、さらに赤く染まっている。まるで、真っ赤になったことに真っ赤になったような。きっと問題ないだろうが、一応聞く。

「保健室、行くか?」

「大丈夫、何でもない!」

 カナはいつもの口調(俺の印象的に)に戻り、何かを振り切るような感じで言った。

「さあさあ教室に戻ろ! 道案内して!」

「りょう、かい」

「きゃあ!」

 今度は単独で転んだ。

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