春の雨湯のごとたぎちけぶりけり

路地裏は枝垂桜のはだれかな

死ぬる日は開いてあれな桃の花

朧月或緑の龍ひそむ

逝春をしづかにわらふ人は誰

公園の丘よこぎるやほととぎす

常盤木はいづれと問へば夏の声

意思なれや風立ち網戸波打たす

腥きもの埋もれけり雪の中

行人を一日の友の花見かな

自動車やあわただしくも月の客

花茨苦しき道も敢へて行く

短夜や踊明かして星一つ

さびしかろ雪降る池に舞ひおりて

湯煙を立てて鮮血ほとばしる

飛行機の落つる日ありや蝉時雨

俳聖の跡伝へよや田植歌

朧夜や画を盗まるる美術館

刀閃のしてはらはらと桜かな

死する風あらば生まるる風あらん

秋の蚊の太つたを打つ躊躇ふや

閑古鳥其は唐土の士なりしか

逝夏や身に負ふ傷を爪の痕

さるすべり花のあはれはその名前

山の上に神あり海に鯨あり

誰をかも痴人にせん女郎花

行く水の流れや絶ゆる春の川

目眩く夏は穂麦の朱きより

朝の落蝉夕の風に動きけり

銀杏家のぎんあん坊と人は呼べ

七年の闇立消えて蝉時雨

ここに来て人恋しさや三十三才

月の夜や洗濯物の乾く音

満を持して一足先に紅葉哉

秋物の服や美人を隠しけり

名月や黄金に優る銀も

素直さは古酒の辺に忘れけん

春の山古事記の民も遊ぶらん

鵯や花を団子と為す心

月下逍遥置処無き露の身は

女郎花打靡きけり我の方

人の世は長からずやは朧月

振向いて見返る猫や月の下

子の刻や月に守られて水浴びん

後の月序でと許り見上げゝり

暗き家に鬱々とせり薬喰ひ

へうへうと世を渡りけり北の風

梓弓春も矢のごと過ぎにけり

鵯に菓子の家溶けん花の雨

凍星や塵は無けども目に涙