死ぬる日は開いてあれな桃の花

 ぬるひらいてあれなももはな


「開いてあれな」の「な」は語調を整えるためにつけたもの。文法的に正しいか若干自信がない。


 この句をものするにあたって念頭に置いたのは主に一首と一句。

 願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ 西行

 喰うて寝て牛にならばや桃の花 与謝蕪村


 両者とも表記の正確さを保証するものではない。「きさらぎ」は旧暦二月の異称で新暦でいうとだいたい3月頃。


 前者は、自分の死ぬ時期についての願望を歌にしたもので、ほんとうにそうなったらしいというエピソードは語り草になっている。「きさらぎの望月のころ」というのはだいたい釈迦の亡くなった時期だそうで出家した当人がそのように願うのは自然なことだろう。比較的最近になってそのことを知るまでわたしは、ただ単に自身の桜の花への愛着や歌の詠み手としての自負を表明しているのかと思っていた。


 後者は、食べてすぐ横になる(寝る)と牛になるということわざをもじって、牛になりたいと戯れたものだろうと思う。


 桃の花の咲く朗らかなときに眠るように最期を迎えられたらなあ、というような思いで表題の句を作った。「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる 松尾芭蕉」のような句もあることだし、自分の理想とする最期に思いをはせるのもなかなか楽しいことかと思う。


 桃の花はだいたい桜と同じ時期らしい。わたしは2月生まれなのだが、桃の花の時期に最期を迎えたいというのは自分の生まれた月に対する裏切りのような気がしないでもない。


【例句】

 あまざけに散かゝりけり桃の花 許六

 桃の花劉氏のえいと名乗りけり 寺田寅彦

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