素直さは古酒の辺に忘れけん

 素直すなほさは古酒ふるざけわすれけん


〔語釈〕

古酒ふるざけ」は、新酒が出てきてもまだ残っている去年の酒(秋)。「古酒ふるざけ」には長期貯蔵して熟成した酒の意もあるようだが、その意で季語に用いられるかはよくわからなかった。

「忘れけん」は、忘れたのだろう。


〔大意〕

 世間で言うところの「素直さ」が私にもあったのだとすれば、おおかた古酒ふるざけのあたりにでも置き忘れてきたのだろうよ。


「酒」自体は季語ではないようだが、酒に関する季語は当然ながらいくつかある。私の知る限り、「屠蘇とそ」(新年)、「白酒しろざけ」(春)、「甘酒」(夏)、「新酒しんしゅ」「今年酒ことしざけ」「古酒(こしゅ又はふるざけ、ふるさけ)」(以上、秋)等。「古酒」は「クース」と読んで長期貯蔵して熟成した泡盛あわもり(琉球諸島特産の焼酎)を指す場合もあるようだが、それに季語としての機能はないように見受ける。


 さて、聞くところによると、多くの会社がそこへの就職を希望する人材に対して「素直さ」という資質を求めているらしい。そして私はこの「素直さ」というものをきな臭く思う。「素直さ」というのはほとんど「おめでたさ」と同義ではないかという気さえする。


 そんな私のシニカルな感情を古酒に託して詠んだ。そのような胡乱うろんなものは古酒を飲んでいるうちにすっかり忘れてしまったとか、古酒同様に去年か一昨年かそれ以前の年に置きっぱなしにしてあまつさえかえりみる気もないとか、古酒同様古くて劣ったものだとかいうように。


〔参考歌〕

 あなみにくさかしらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む 大伴家持

 白玉しらたまの歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり 若山牧水


〔参考句〕

 けさたんとのめやあやめのとんたさけ 其角きかく

 故郷や酒はあしくと蕎麦そばの花 蕪村

 旅にして昼餉ひるげの酒や桃の花 河東碧梧桐

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