08. 他愛ない会話

「ねえ、そこにあるのって……」

 和室の角には手入れの行き届いた仏壇がある。

「父さんの、だよ。そこだけはいつも母さんが綺麗にしてるんだ」

 いくつの家事を肩代わりしていても、それだけは変わることがなかった。

「お線香、私もいい?」

「……そうですね。俺も最近は忘れがちだったし、一緒にあげますか」

 まずは優路から。燐寸で蝋燭を灯し、線香に火を移す。片方の手で扇いで火を消し、線香を香炉に立てて合掌。目を瞑る。同様の所作で西山も線香を供えた。

「お父さんってどんな人だったの?」

「んー。姉さんの一挙手一投足にいつも慌ててたなあ」

「じゃあ優路はお父さん似だね」

「……素直に否定できない」

 優路が立ち上がると、腹の音が鳴った。

「まだ朝ご飯食べてなかったね」

 何気ない一言が一つの事実を思い出させる。

「そうだそうだよ。美聡が作ってたんだった。温め直せば大丈夫かな?」

 食べることを前提に話は進む。

 朝食作りが放置されてから三十分以上が経過しているはずだった。

 それを申し訳なさそうに、西山は止めようとした。

「もう冷めちゃっただろうし、自信ないし、無理しなくていいって」

 下を向く西山の頭に手を乗せた。優路は、まるでこの世の真理であるかのように言う。

「彼女の手料理だぞ? 絶対食べる」

 颯爽と和室から出て行く背中。

 西山はすぐに後を追わず、改めて仏壇の方を向いた。

 穏やかに笑いかける。

「息子さんは素敵な男の子になりましたよ」

 眼差しの先には、写真立てがあった。



 朝食の出来に関して、優路は酷評をしなかった。しかし、美味しいとも言わなかった。

 西山は断固として正当な評価を求めていたが、黙考の末に一つの質問をした。

「お姉さんとどっちが上手?」

「彼女補正抜きで美聡一択」

 その発言で一先ず西山は引き下がった。

 下には下がいるということを、優路はいずれ教えるつもりだ。

 自分で用意したのだから、最後まで自分で片付けたいという意思を汲んで、皿洗いは西山が行っている。

 優路は洗濯機を回すと一旦自室に戻った。

 自分でしてきたことを、自ら人に任せるということ。

 表し難い奇妙な感覚だった。けれど、悪い気分ではない。

 いつかこれが当たり前になるのだろうか。そうなる頃には、二人はどんな関係になっているのか。優路は考えようとして、やめる。楽しみはその時まで取っておくことにした。

 唐突にメロディが再生される。

 スマートフォンを手に取ると、複数のメッセージ。それはグループトークのものだ。

 グループ名は昔のものに修正されていた。

 優路は途中からトークに加わる。


グループ名:余り者には縁がある


  ―― 08:10 ――

高橋 昨日は疑って悪かったな、優路

   西山先輩みたいな人が困ってて頼られたら、そりゃ助けるよな

松林 主夫力が高いと女子からの信頼も得やすいのでしょう

高橋 そう考えると実用性のある超現実的なアドバンテージじゃねえか

   えげつねえぜ

細川 それにしても松林の推察力は凄いな

   大筋は当たっていたのだろう

松林 探偵と呼んでくれて構わんのだぞ?

細川 今度アンパンと牛乳を差し入れよう

高橋 俺も買おう山のように

   やったなヤッシー食費が浮くぜ

松林 どうせならコンビニのチキンとかの方が

高橋 アンパンアンパンアンパンアンパンアンパン

細川 牛乳1ダース

松林 腹タプタプになること間違いなしやね! ヘヘッ(ヤケクソ)

  ―― 08:30 ――

優路 おはよう

   誤解が解けて何よりだよ

   それはそれとして

   西山先輩と付き合うことになった

   以後よろしく


  ―― 高橋洋介がグループ名を 裏切り者を許すべからず に変更しました ――


高橋 ここから追放してやろうか貴様!

松林 ふむふむ

   これは面白いネタになりそうじゃわい

細川 西山先輩が男女交際とは、いやはや

高橋 面白くねえ

   何も面白くねえぞ

松林 冬休み明けが楽しみですな

高橋 待てるか今日だ今日会って話聞かせやがれ

優路 彼女と一緒にですか?

高橋 怨

細川 一文字だけなのにこれほど怖いとは

優路 とてもじゃないが会いたくない

   あるいは会わせたくないぞ

高橋 逃がさんよウフフ

細川 無駄な抵抗はやめて話したらどうだ

   こちらには優秀な探偵という切り札もあるぞ

松林 そうだその通り

   大量のアンパンと牛乳をくれてやるのです

優路 それは脅迫になるのか?


「洗濯物終わったみたいだよー!」

 一階から西山の呼びかけが響く。


優路 悪いがまだ家事が残ってるんだ

   とっとと終わらせないと

高橋 それを持ち出されるこっちの立場よ……

細川 いつもご苦労なことだ

優路 彼女が待ってるので話はまた今度な

松林 いいパンチ打ちよる

高橋 躊躇いは消えた

   裏切り者許すまじ

細川 クリーンヒットしたようだぞ

松林 来年も愉快な一年になりそうで何よりだよ


 延々とやり取りを楽しみたいという欲求を抑えて、一度スマートフォンを置いた。

 駆け足で階段を降りる。

 いつの日か、改めて紹介ができたらと優路は思った。

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