03. 無邪気
最寄りの駅周辺であれば大概の主要施設が揃っている。
一先ず二人は住宅街を抜けて、そちらへ向かうことにした。
「張り切ってますけど、したいことって例えば何があるんですか?」
「カラオケに行ってみたいけど、私歌える曲ないんだよね。君が歌うのを見てるだけになっちゃうかも」
「新手の嫌がらせですかそれは」
さらっと口にした内容は看過できないものだった。
「あ、バッティングセンターとか」
「この辺にはないですよ。本気でしたいなら遠出になります」
「ないの? 残念。漫画だと楽しそうだったのに」
「我慢してください」
「んー、映画は?」
「何を見るかによりますね」
西山は首を傾げた。
「……らぶろまんす?」
「ゲームセンターとかどうですか? 色々ありますよ」
「あれでしょ? クレーンゲームをする場所でしょ? 漫画で見たよ」
「それだけがある空間じゃないんですが……」
知識に妙な偏りが窺える。
「騒がしい場所はちょっとなあ」
「まあ音量は大きいですね」
「そうだ。漫画で読んだけど麻雀って楽しいのかな」
「手広く読んでますね。ルール分かるんですか?」
「人生を賭けて日の丸の棒を集めるんだっけ?」
「別のゲームになってます。それに麻雀じゃ仮に場所があっても俺ができないので」
「じゃあ意味ないね」
「お、おう」
深読みすると怪我をするので優路は静観に徹する。
「さっきから否定ばっかりだけど、君は遊ぶなら何するの?」
「ええと、最近だとカラオケやボーリングとかです」
「よし、じゃあ玉遊びにしよう」
「そうしますか。にしても認識が大枠だなあ」
ざっくりとした話し合いの末、目的地は絞られた。
街並みの中に利用できる店や歩く人の数が増えていく。登下校の際に乗り降りする駅を横目に、いくつかのビルとデパートを通り過ぎる。
家を出て、歩き続けること三十分。大きなピンの看板が目印のボーリング場に到着した。
用紙の項目を埋め、手続きを済ませ、二人はシューズを借りる。
「靴って履き替えるんだ。何が違うんだろ?」
「ぼさっとしてると置いていきますよ」
指定されたレーンで上着を脱いで、靴を専用のシューズに替える。
履き終えて顔を上げた優路は、西山が椅子に掛けたコートとマフラーに目を遣った。
「ちょっとそれ、見せてもらえませんか?」
「え、うん」
受け取ったマフラーを確認するように触る。
「どうかしたの? もしかして、やっぱり変だった……とか?」
「いえ、やっぱりこのマフラー俺のだなって。まったく、やっぱ姉さんが持ってたのか」
不安が先行していた西山の動きが止まる。
「あ、大丈夫ですよ。今日は先輩が使ってください」
「……お姉さんのじゃなかったの?」
「俺のを姉さんに貸してたんです。探しておいてくれって頼んでた物がこんな形で見つかるとは思いませんでしたけど」
優路は立ち上がってボールを選びに行こうとする。
「玉で遊ぶんでしょ? 早く転がしましょうよ」
「は、はいですっ」
声色は弾んだ畏まり方をしていた。
それぞれに適したボールを抱えて、レーンに戻る。
天井から吊されたモニター上では、カーソルが一番手の名前を示している。
「改めてみると、さすがに『ゆうちゃん』は恥ずかしいな」
「そう? 可愛いと思うけど」
「だから恥ずかしいと言っているのです、『みさちゃん』さん」
不満ではあるが変更を要求するほどではない。
優路は一投目を放る。倒れたのは五本。
二投目は片隅に二本のピンを残す形となった。
「まあ、最初だしな」
出だしは往々にしてこのようなものである。
「次は私だね」
大人しく順番を変わった。座席に背を預けて手並みを窺う。
ボールを持ち上げて、西山が構える。
優路は息を呑んだ。
整った呼吸。真っ直ぐな背筋。静かで乱れのない佇まい。
閉じていた瞳がコースとピンのみを捉える。流れるように動き出す姿は無駄がない。体幹は重さに負けず、遠心力が前へ向かう。
ボールは指を離れた。
ピンが音を立てる。
派手な演出の映像がストライクを知らせていた。
西山の一挙動を目で追っていた優路は、視界に入っていたはずの事実に遅れて気づく。
一段落の溜め息を聞いた。
「ふう。イメージ通りにできた」
「……先輩ってそれなりの経験者とかでしたか?」
「全然だよ? 周りの人たちのフォームをよく見て真似してみただけ」
思いがけない場所で、優路は実感する。
一連の動きは一朝一夕でできるものではない。積み上げてきた下地があってこそのものだ。
「そういえば先輩って学校じゃ凄い人でしたね。やればできるのか。すっかり忘れてた」
「私をなんだと思ってるの?」
「そりゃあ……そりゃね」
「なんだと思ってるわけ!?」
「おっと次は俺の番のようですよ。頑張らないとなあ」
「ちょ、ちょっと聞いてるの! ねえってば!」
立ち上がった優路は逃げるようにボールを持ち上げる。
座る西山は不貞腐れたように呟いた。
「ふんっ。そっちがその気なら手加減しない。私の圧勝で君を負かしてやるんだから」
「……心して挑もう」
優路はボーリングに本腰を入れる。
勝つにしても負けるにしても、それは二人にとって楽しい勝負になった。
合間に休憩を挟みつつ、ゆったりと行われた真剣な競い合い。その決着が付く頃には、二時間が経っていた。時刻は十六時を越えようとしている。
夢中になるほど時間は早く過ぎていく。
道路や壁面を染める淡いオレンジがそれを知らせていた。
染み込む外気が優路の体を震わせる。
街灯が照らし始めた道を歩き出して、ふと違和感に振り返る。西山は巻いたマフラーに触れたまま、出入り口の側で突っ立っていた。
「どうかしました?」
遅れて西山は隣に並ぶ。足取りは軽やかだった。
「びっくりはしたけど、悪い気分じゃないなと思って」
「なんの話ですか?」
「とても温かいって話」
疑問は残っていたが、優路は目の前の問題を片付けることにした。
「これからどうしましょう? 夕飯には早いし、他で遊ぶにしても、この辺りじゃ大したものはないんですよね……」
「んー、あんまり浮かばないなあ」
「駅ビルを適当に歩きますか? 雑貨を見て回るとか」
「ウインドーをショッピングするんだね。よし、それにしよう」
「区切ったせいで単品で窓買ってますよ」
「雑貨店で窓は売ってないと思う」
「冗談なんだから受け流してくださいって」
「あらら、そうでしたか」
取り留めもない会話に笑いながら、二人はのんびり道を行く。
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