07. 歳上な二人
三十分ほどが経った。湯上りの西山がリビングに戻ってくる。
適当にテレビのバラエティ番組を見ていた優路は、ドアの開閉音に振り向いた。
「温まれましたか?」
「ええ、生き返った気分。ありがとう。君にはお礼を言わないとね」
「そんな大層なことはしてませんよ。もう遅いですし、今日はゆっくり休んでください。詳しいことは明日で」
本当は多分に気になっている優路であったが、押してまで聞き出すには時間が足りないと判断した。時計はすでに二十三時を越えている。
「そうするのは構わないんだけど。とりあえずは……私はどこで寝ればいいかな?」
「あー」
当然の懸案事項を優路はすっかり失念していた。
「俺の部屋より姉さんの方がいいですよね。きっと」
「どちらかと言えば」
「ですよね」
そうなると、優路は姉と取り合わなければならない。
西山を引き連れて、二階のドアを叩いた。返事がしてから部屋に入る。
ベッドで横になって漫画を読んでいた部屋の主は、ラフな格好をしていた。
会社帰りの姉はスーツに皺が寄るのを嫌い、早々に脱ぎ捨ててしまう癖がある。つまりはブラウスとパンツだけの際どい姿だった。
起き上がると、一切の恥じらいなく視線を向けた。
「どしたん?」
「先輩の寝る場所について相談が」
いつものことなので構わず話し始める優路。正反対に西山は絶句していた。
「ほう、なるほど。それであたしね。……そうなると問題はあたしの寝床だな」
理解の早い姉は渋るように唸った。立ち上がって伸びをしながら傍まで近づいてくる。
そして、悪戯を思いついた子供のような笑顔で、挑発するように言った。
「いっそ優路のベッドで一緒に寝ようかな」
「は?」
「どうする? 久しぶりに姉弟水入らずで、添い寝してあげようか?」
茶化すような物言いにも優路は眉一つ動かさない。姉も本気で提案しているわけではないからだ。ただ、二人の間柄を知らない西山だけが、刺激のある発言に顔を赤くしている。
「黙って代案考えろ」
「なんて淡泊な反応をする野郎だ! つまらん!」
不満を垂らしながらも姉は笑っていた。一連の流れを楽しんでいるようだ。
「後は和室にあるお古の敷布団を引っ張り出すしかないかな。嫌だなーしばらく使ってないから埃とか湿気が心配だなー。仕事で疲れてるのにぐっすり眠れないかもなーチラチラ」
あからさまに助け舟を催促していた。擬音を声に出している時点で決定的である。
今は西山が最優先として、優路は仕方なく折れた。
「分かったよ。じゃあ俺が和室で寝るから姉さんは俺の部屋で――」
「サンキュー。風呂入ってくるわ」
言うや否や、姉は部屋を抜け出した。
「あのアマ……ッ!」
不満をぶつけるより前にその姿は消えてしまう。湧き上がる文句を、優路は深呼吸とともに吐き捨てた。
気持ちを入れ替えて結論を告げる。
「一応許可は下りたみたいなので、ここを使ってください」
「迷惑になっちゃったかな?」
気遣わしそうに西山は窺う。
「いつものことなんで大丈夫です。これくらいじゃあれの弟は務まらないので」
「仲がいいんだね」
「肯定するのは癪ですけどね」
的外れのようでいて、その実適切な表現であることは優路も自覚している。素直に認めはしないけれど。
「ええと。では、お休み……なさい」
「はい、お休みなさい」
ぎこちない挨拶に優路は返事をした。
自室で冬休みの課題を取り組みながら、優路は姉の風呂上がりを待っていた。基本的に一日の家事を済ませた後で湯船に浸かるのだが、今日は一人分多めに時間を取っている。浴室を出る頃には日付が変わってしまうかもしれない。
階段の方から足音が響いた。特に合図もなくドアが開いて、寝間着姿の姉が顔を覗かせる。
「みさちゃんはもうあたしの部屋で寝てんの?」
「そうだよ」
「分かったー」
まだ用件があるのか、姉はそのままの状態で続けた。
「おい。母ちゃんはもう寝てるから。明日になったら伝えとけよ」
「え? うん。それは勿論」
「それと、あたし今日は母ちゃんのベッドに潜り込むから。優路は自分のとこで寝な。じゃ」
言うだけ言ってドアが閉まる。すでに立ち去った後だというのに、優路はしばらくドアの方を眺めていた。
「なんだよそれ」
不満とも落胆とも違う感情が胸の内で疼く。
「いつもいつも……ずるいよなあ」
それは姉に対して、優路が常に抱くものだ。
同じ歳上でも環境が違えば、こうも変わるのかと、西山の所作を振り返りながら辟易した。
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