03. 四人の男子高校生
正午になるよりも早くに訪れた放課後。
昼食を済ませるために、優路たち四人はジャンクフード店に入っていた。
最後にトレイをテーブルに置いた高橋が意気揚々と口を開く。
「さて、西山先輩の噂について考察でもしていきますか皆さん」
その瞬間、残りの三人は同時に顔を見合わせた。
細川が悩ましそうに呟く。
「財布に入れてたクーポン券の期限が切れてた奴がまた何か言い始めたぞ」
「お前らいい加減俺を残念な子扱いするのやめない?」
我先に店を選んだ人間がそのような体たらくであれば、この対応は真っ当であると三人の中で結論が出ている。高橋の嘆願は黙殺された。
ハンバーガーを頬張りながら、強い興味を持てない優路は問いかける。
「で、広がるのか? その話題」
「我輩は冬休みについて語らうに一票」
さり気なく松林が別の方向性を提示する。
「却下却下。どうせ俺は部活なので未来の話はなしでーす」
高橋の理由は私怨に塗れていた。
「……此奴は不満たらたらの割に部活を辞めないから不思議である」
「沸点が低いくせに根性はあるって面白い性格してるよ」
「君らも大概だからな」
生徒会で真面目に書記を務めている細川から見れば、他三人の言動はより愉快なものとして映っていることだろう。
「別にいいけどさ。噂について話すにしても、俺は西山先輩のことは大して知らないぞ。考察できる程の情報なんてあるのか?」
優路の認識では、西山美聡は校内一有名な二年生、でしかない。様々な分野で表彰されている。綺麗な外見や淡々とした態度。それらが相まって良くも悪くも生徒間で話題に挙がることが多い。頭に浮かべられることはこの程度である。大半の生徒の共通見解と大差ないものだ。
噂とは別に、先日の夕方に公園で見かけた姿が、優路の頭を過る。けれど無理に話すべきことでもないので口にはしなかった。
「よくぞ聞いてくれた。そりゃありますとも情報が」
勿体ぶっているつもりなのか、高橋は大袈裟な咳払いをする。主導権が移ったことを悟った他三人は自由に食事を進めていく。
「部活の先輩の中に西山先輩とクラスが同じ人がいてさ。ふわっとした噂なんかよりよっぽど信憑性がある話を、通りすがりにちらっと小耳に挟んだ奴から又聞きしたんだわ」
「話の信憑性よりもまず受け手に信頼性がない気がするんだが」
「同意」
怪しい雲行きをはっきりと感じ取った優路と松林。二人の表情は怪訝なものに変わった。唯一細川だけは何事かを考えているのか、無言でポテトを口に運んでいる。
「まあ聞けって。知ってるとは思うけど西山先輩って勉強超できる人じゃん? 基本的にテストの点数とか平均九十点以上で百点も普通に取ったりできるそうだ」
「誰かさんと違って赤点とかないんだろうな」
「授業中に隠れてスマホをいじり、居眠りで起こられる誰かとは別物よな」
まっすぐ特定の人物の目を見ながら、二人は比較をする。
「うるせえ今俺の話はいいんだよ! ……んで、そいつから聞いた話によるとだ。テストの答案返却の時の話らしいんだが、先生によっては点数の高い奴を発表してくれたりするよな。西山先輩のクラスでも何人かそういう先生が教えてるそうなんだ。今回の期末も今まで通り、点の高い奴を先生は発表してくれた。けど――」
「西山先輩の名前は呼ばれなかった。高得点を取れていなかった、というわけか」
黙っていた細川が確認するように呟く。セリフを奪われた高橋は口から息を吐き出す直前で停止していた。
「細川も何か知ってるのか?」
「……少し、な」
「歯切れが悪いのう。我々に洗いざらい吐き出してみるのも一興ぞ」
松林の独特な言い回しについて、今となっては指摘せずスルーすることが常となっている。
「面白おかしく笑える内容でもない。あまり言い触らさないのであれば、だが」
細川は出所の定かでない噂話を楽しめる性分ではない。自発的にこの手の話題を切り出すことは珍しかった。
「言い触らすも何も、小生は友人が少ないのですまする」
「わざわざ自虐を挟まなくても……。俺も他言しないよ」
二人からの確認を得られた細川の視線は、黙ってハンバーガーを食べている高橋へと向けられる。
「あ? 何だよ。別に言い触らしたりしねーから。話したきゃとっとと話せばいいだろ」
完璧に拗ねていた。苦笑いを残しつつ細川は語り出す。
「十一月の頭に学校で行われた模試があって、結果が下旬に出たんだ。その順位も掲示板に張り出されていた。生徒会室の側にある掲示板なんだが、見たことは?」
「いや。あんまり縁のない場所だし」
一年生が日頃使用する教室や各教科の実習室と違い、生徒会室は校長室、職員室、生徒指導室などがある並びに位置している。生徒会や委員会の仕事がある場合や、特別な用件でもない限り、生徒が訪れることは少ない。掲示板も同様で、特に一年生であればなおさらであった。早期から進路を想定している生徒以外が目にする機会はほぼないと言える。
「だろうな。普通の生徒の認識はその程度だ。人が多く集まる場所でも話題性に富んだ場所でもない。けれど、順位が張り出された直後の掲示板の前には、何人もの生徒が集まっていた。どうしてだと思う?」
高橋や細川が語った話の脈絡から、優路は一つの推測を口にする。
「西山先輩の名前がなかったからか?」
「そうだ。でもそれは点が取れなかったという話じゃない。そもそも西山先輩は模試を受けていないんだ」
「であればそれは、ただそれだけの話で済むのではないのかね?」
首を傾げながら松林が言う。
「それがそうでもない。生徒会にも西山先輩と同じクラスの二年生がいるんだ。先輩によると西山先輩は過去にも何度か模試を受けていて、高い成績を残しているそうだ。そして十一月の模試に関しても、申込書を担任に提出している。にも関わらず当日の模試には無断で欠席したらしい」
「大半の生徒は、今回も西山先輩の名前が上位に入ると思っていたわけか」
「そういうことになる。体調不良で仕方なく休んだのだと本人は言っているが、実際のところ怪しい、と先輩は言っていた」
「それを踏まえた上で、期末テストや終業式の欠席を考えれば、何かあったと考えるのが妥当じゃな」
「なるほど……」
今一度、優路の脳裏に公園にいた西山の姿が浮かぶ。見かけた日はテスト返却の最終日でもあった。関連性がまったくないとも言い切れない。
その件を話すべきか否かを考えていると、注文した品すべてを食べ終えた高橋が深い溜め息を吐いた。
「違う。俺が思ってた話の流れと全然違うぞ……」
「考察がしたいと申したのは貴殿ではないか」
「違うもんは違うんだよ。俺がしたかったのはこんなお堅い話じゃねえんだよ」
「『考察』という単語は、高橋が思っているほど柔らかい単語じゃないからな」
細川が淡々とニュアンスを訂正するが、高橋は意にも介さない。
「俺が話したかったのはずばり! 成績が落ちた理由だ!」
「はいはい分かった分かった。ではご意見をどうぞ」
片手間で子供を宥める親のような口調で優路は応対する。
高橋は息を整え、まるで大事であるかのように予想を述べた。
「ついに、西山先輩に彼氏ができたとかじゃね?」
「「「…………はあ」」」」
「なぜ溜め息だし!?」
「まあ、そうだな、うん。そういう可能性もなくはないんじゃないか」
「取って付けたように言うな! お前らそんなに恋愛沙汰に興味ゼロか!? 修行僧かよ!」
三人の態度が高橋は気に入らないようである。
「悟りを開いたのは、中学生の時でしたね」
「一体どんな人生を歩んできたと言うんだ……」
明後日の方向を向いている松林を、細川は胡乱な目で見ていた。
「やっぱ姉か。兄弟に女がいるとこんなにも違いが出るのか!? 羨ましいぞバカヤロー!」
明らかな嫉妬によって矛先が定まっていた。呆れ混じりに優路は呟く。
「家族構成に恨みを向けられてもどうしようもないんだけど。それに姉ってお前が羨むようなものでもないぞ」
「そっ、そうなのか!? あんなに素晴らしく見える存在が!?」
いきなり声を荒らげたのは細川だった。それを失態として捉えたのか、済まないと詫びを入れ、居住まいを正す。
「久司は一人っ子だったな。分かるよその気持ち。憧れるよな兄弟って」
「しかして、其方には兄上がいたのでは」
「黙るんだヤッシー。そんな奴はいない」
高橋は真顔で兄の話を打ち切った。多くを語るつもりはないようだ。
「まあ、姉うんぬんは今後じっくり話すとしてだ。西山先輩に彼氏の可能性は? いたとしたらどんな奴だと思う?」
「考え辛いだろ。今まで西山先輩の浮ついた噂なんてあったか?」
「サッカー部の男子部員数十名が知る限りそんな噂はないはず。あったとしたら先輩の何人かが発狂する」
「アイドルに交際疑惑が浮上した時のファンかよ」
優路が想定していたよりも西山の人気は高いようである。もしくはサッカー部の二年生が過剰なだけかもしれないが。
高橋以外の三人は懐疑的だった。
「やはり彼氏ができたという線は薄いと僕は思う。西山先輩は恋愛話どころか異性に対してもあまり関心がないようだ、と生徒会の先輩も言っていたし」
「何気に一番情報持ってるのが久司とか、実はミーハーなのか? 真面目キャラと合わんぞ」
「生徒会でも西山先輩の話題はよく挙がる。黙っていても勝手に耳に入ってくるだけだ」
「ともあれ。これまで誰からの甘い言葉にも応じなかった西山氏が、いきなり腑抜けに成り下がる可能性は極めて低い。ということでファイナルアンサー?」
松林が話題の総括に移ろうとする。ジュースを飲み干してしまったのか、手持ち無沙汰のようだ。
「なんでそんなに否定的なわけ? 今回に限っては有り得るかもしれないだろ!? 大体今まで真面目に勉強してきた奴の成績がさ、急に下がる理由なんて数えるほどなくね?」
その言い分は一理あるかもしれないが、あくまで憶測の域を出ないものだ。
「あれだ――恋愛は人を変えるんだぜ」
まるで自分は良いことを言った風な顔で、高橋は三人の目を見る。
その浅い発言が契機だった。優路、細川、松林は一度のアイコンタクトで互いの心情を推し量る。一斉にトレイを持って立ち上がった。
食事と世間話には区切りがついた。時間を持て余す理由もない。
唯一テーブルに残された高橋が慌てふためく。
「は? 何この感じ? 何その流れ? なぜ黙って立ち去るん!?」
「高橋の言った通りだろう。恋愛話は人の態度を変えさせたぞ」
細川の一線を画する言葉が三人の総意であることは言うまでもなかった。
優路はすでに次を考えている。
「今日はこの後どうしようか」
「昨日がカラオケだったからボーリングなどいかがですかな?」
「僕は構わないぞ」
「ありだな。じゃあとっとと行くか」
目的地が決まり、早々に店を出る。
「てめえらいつか泣かす!」
どこか情けない叫び声が三人を追いかけた。
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