03. 立ち位置
スーパーは確かに近所にあるものの、自転車で回った方が当然早い。
しかし岩崎家には三台ある自転車の中で、使えるものが二台しかなかった。
一つは姉が所有していたものだが、雑な扱いで壊れてしまって久しい。なので現在は母のものを拝借して駅まで走り、仕事に向かっている。対して母はバスでパート先へと通っているので、買い替える機会を逃していた。
一方、優路の自転車は問題なく使えるのだが、二人で買い出しとなると話は変わる。どちらかが自分の足を頼りにすることも、荷物を抱えて二人乗りを敢行することも、現実的ではなかった。必然として徒歩を選ぶことになる。
冬場とは言え、昼間の陽射しは暖かい。
上着を羽織った優路と西山は横に並んで歩いていた。二人とも外見だけを見れば昨晩の外出時の格好と同じである。
コート姿が目に留まり、優路は浮かんだ疑問を口にする。
「昨日の夜はずっと公園にいたんですか?」
唐突な指摘に驚いた西山は、一度足の動きを止めた。歩調を速めて優路の隣に戻ってくる。
「急だったから、びっくりした」
「先輩が父さんのことを聞いた時も急でしたよ」
「……仕返しのつもり?」
「さあ、どうでしょう」
本当は歯牙にも掛けていないのだが、優路はあえてはぐらかした。
冗談も程々に、本題へ移る。
「もしかして、それも答えられませんか」
「そんなことはないよ?」
息を整え、西山は語り始める。
「あの公園にいたのは……外に出てたのは、暇潰しだったの」
「暇潰し?」
「漫画喫茶って利用したことある? 駅の側にあったの。この前初めて使ったんだけど、長居し過ぎちゃってね。お会計をした時、想定よりも高い金額になってたんだ。考えて利用しないと手持ちの分だけじゃいつか無一文になっちゃう。だから、寝る時以外は極力外にいたの」
「寝る時以外って――先輩、いつから家に帰ってないんですか?」
「終業式の前の日から、かな」
自嘲気味な笑みとともに答えが返ってくる。
それは優路が初めて公園で西山を見かけた日でもあった。つまりは、家を出てから四日が経つことを意味している。その流れから考えると、学校を無断で欠席したという噂は真実なのかもしれない。
「俺が先輩を拾わなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「さあ。漫画喫茶に入り浸ってたんじゃない?」
「そんな、他人事みたいに……」
「先のことまで考えが回ってなかったの」
まるで、何かを諦めてしまっているような口振りだった。
この先を聞き出すべきか否か、迷い、優路は別の疑問をぶつける。
「先輩の家ってこの近くでしたっけ?」
「ううん。ここの最寄り駅から二つ隣」
「徒歩でこっちの方まで来たと?」
「そうなるね。家を飛び出して、気が付いたらこの辺りを彷徨ってた。スマホの地図で駅の側にある漫画喫茶を見つけられなかったら、野宿だったよ。焦ったなあ……あの時は」
浮かぶ苦笑いは、けれど何も誤魔化せていなかった。
やはり、優路は思う。
西山の言動の端々に諦観の色が隠れている。
「そんな調子で、本当に、大丈夫ですか?」
心の底から優路は不安だった。だから心配を口に出した。
しかし。
「――大丈夫だったら、君に迷惑なんてかけてないよ」
息を呑む。
その言葉は切々としていた。
助けてくれたことに対する申し訳なさか。自身に向けた自責の念なのか。
少しばかり震えた声のその先に、西山の抱えている問題がある。優路にはそう思えてならなかった。
核心に触れるには、互いの距離はまだ離れている。
「これくらい……迷惑なんかじゃ、ないです」
取り繕うように喉から息を押し出した。けれど。
「優しいよね、君は」
肯定の言葉でもって、西山はそれを拒絶した。
「普通ですよ。俺だって」
零れた呟きは、小さな足音にさえ紛れて消えてしまう。
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