04. 変わらない平凡

 ボーリングでの筋肉痛を引きずりながら、優路は冬休みを初日の朝を迎えた。

 休日であっても起床時刻に変わりはない。六時半に布団から起き上がると、着替えの服を持って一階に降りる。

 リビングにある暖房を入れ、躊躇いつつ着替えを終えて洗面所兼脱衣所へ。ささっと顔を冷水で洗って眠気を飛ばす。ついでに籠に溜まった衣類を洗濯機へ放り込んで運転を押した。使い切ってしまった洗剤を予備と交換する。

 締め切っていた一階のカーテンとシャッターをすべて開けると、雲間から強い太陽の光が差し込んでくる。洗濯物は充分に乾くことを優路は確信した。

 朝食の支度――へと移る前に行わなければならないことがひとつある。リビングから個々の自室がある二階へ上がり、姉の部屋に入る。

 七時にセットされた目覚ましはすでに役目を終えていた。ベッドで眠っている姉に動きはない。酒を飲んだ翌日の朝は目覚めが悪く、起こさなければ怒鳴られるという理不尽を経験している。しかし、だからといって起こす側が損な役回りというわけでもない。会社に遅刻しないように起こしてあげる、という大義名分を優路は手に入れたのだ。

 布団も毛布も取り払い冷たい空気に触れさせる。嫌がる素振りを見せながら姉は身震いして縮こまった。頬や耳を抓り、ベッドの角に置いてあるぬいぐるみで頭をペシペシ叩く。寝顔だけなら可愛げがあるのにと優路は残念に思った。

 寒さや振動では起きそうにないので次の手段に移行する。口を耳許へ寄せた。

「起きろよ。もう八時だぞ」

「はっ八時!?」

 飛び跳ねるように姉は体を起こす。効果覿面である。

「おう、起きたか」

「今もしかして八時って言った?」

 恐る恐る尋ねる声は震えていた。

「いや、七時って言ったけど。寝ぼけてないでさっさと準備しなよ」

「え、うん」

 判然としない意識のまま姉はベッドからのそりと立ち上がった。二度寝することはないだろう。ついでに自室の枕カバーを回収して一階に戻る。

 起床確認の済んだ優路は朝食作りに取りかかる。テーブルに一通りの品目が並ぶ頃には、母も姉も着替えを済ませてリビングに揃っていた。冬休みなど言語道断だと喚く社会人な姉を窘めながら、岩崎家の朝食は進む。姉弟を見ながら母は終始おかしそうに笑っていた。

 慌てて家を出ようとする姉に弁当を渡し、玄関で見送る。余裕を持ってパートの仕事に出向く母は、弁当を鞄に入れると、偉い偉いと言いながら優路の頭を撫でた。

「馬鹿やってないで早く行きなよ」

「ふふっ。そうね、行ってきます」

 口調は少し荒くなっていたが、それが照れ隠しであることを母は知っている。

 家事や料理をこなせるようになり、できることが増えていっても、優路は度々思う。姉と母の性格や態度を知れば知るほど、自分が子供であり弟であることを痛感する。まだまだ頑張らなければならない。

 今日は家に一人、すべきことはいくつもある。

 脱水まで終わった洗濯物を籠に移す。三人分の寝間着や後回しにした衣類を洗濯機に入れて二回目を回した。ベランダで洗濯物を干しながら、次の食器洗いや風呂掃除について考える。

 こうやって、優路にとっての慣れ親しんだ日常は過ぎていく。



 その日の夜、二十三時を過ぎた頃。

 優路は適当に時間を使ってから眠ろうと思っていた。

 スマートフォンに着信が入る。メッセージアプリ内で作られたグループの通知だった。


グループ名:余り者には縁がある

メンバー :岩崎優路、高橋洋介、細川久司、松林紀明


高橋 パソコン買ったんだけどネット見る以外って何ができる?

   基本はミュージックプレーヤーの音楽管理のために使ってる

優路 ネトゲとか? 詳しくは知らんが

高橋 ゲームはゲーム機で済ますからいいや

細川 ならいっそゲームの実況動画撮ってみるとか

高橋 あれってテロップとか編集とかしなきゃいけないんだろ? めんどい

松林 エロゲーでもしてな

高橋 紀明、個別チャットで詳しく

細川 一瞬松林の下の名前だと分からなかった……

優路 細川が知りたがってるのでここで話してあげなよ

細川 余計なお世話だ!

松林 細川殿にならこの前……ゲフンゲフン

細川 おいヤシこの野郎

高橋 慌てなくてもみんな分かってるから安心しろ

優路 男だったら仕方ないよな

松林 こうして人は大人になるのさ

細川 ガッデム


 口の端に笑みを残しながら、スマートフォンを置いた。

 家事を優先しがちの生活の中で、友達と交わすくだらないやり取りが心を軽くしていた。

 柔らかに体の力が抜ける。充分なリラックスができた状態で、優路は眠りに就いた。

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