04. 表面の奥

 駅ビルに着いた二人は気の向くままに各階を巡る。

 いくつかのショップを回った。

 個性豊かな商品が陳列されていた。女性向けのファンシーなアイテムから、大人でも使えるシックな小物まで。様々な雑貨が取り揃えられている。

 けれど、西山はどの品物にも強い興味を示さなかった。

 今はフロアごとの特色と店名が記された一覧を見上げている。

 その背中に問いかけた。

「この手のお店は、そんなに好きじゃなかったですか?」

「そういうわけじゃないけど……。なんとなく、私の身の丈には合ってない気がして、ね」

 言葉に含まれた後ろ向きな気持ちが、優路の心を圧迫する。

 途方に暮れていたところを助けた。これまでの経緯を聞き届けた。ある程度の事情を知り、互いに歩み寄ることもできている。

「ねえ、本屋さんに行きたいんだけど、いい?」

 西山が振り向いた。声は軽い。表情も明るい。

「……勿論」

 二人の関係性は良好である。

 しかしそれは、問題が解決したわけではない。

 改めて優路は現状を再確認した。



 エスカレーターを使って上の階を目指す。降り口の真正面に探していた書店はあった。

 先にフロアの床を踏んだ西山は、棚に表記されている分類を頼りにすたすたと奥へ進む。

 その後に付いていく優路。立ち止まったのは、若者向けのコミックが並ぶ棚の前だった。

 端から順に真剣な眼差しを送る西山がいる。

「この辺にあるの、少年漫画ですよ」

「女の子は読んじゃいけないって言うの?」

「迷いが全然なかったので」

「漫画喫茶で読んでた漫画は大体こういうのだったの」

「なるほど」

 いくつかのポップが目に留まる。『発行部数三百万突破』や『アニメ化決定!』といった煽り文句が散らばっていた。漫画喫茶でも似たような展示の仕方をしていとしたら。自然と興味を持つかもしれないと優路は納得した。

 惹かれるタイトルがあったのか、西山は手に取ってそれを確認しようとする。

「そっか。中はフィルムで見れないようになってるんだ」

「店によって違いますけど、ここはそうみたいですね」

「当たり前と言えば当たり前かあ」

 名残惜しそうにコミックを戻す。

 優路も倣うように背表紙を眺めた。いくつかの棚を移動していく。

 再び西山が足を止めた。気にかかる作品を真っ直ぐに見下ろしている。

 指先はその表紙に触れるだけで、持ち上げることもしない。

「そんなに気になるなら買えばいいのに」

 深く考えず、気軽に口にした言葉だった。けれど。

 見上げる純粋な瞳が優路を見据えた。

 西山が問う。

「買って、どうするの? 君の部屋に置いておくの?」

 沈黙。

 息遣いさえ滞った。

 優路は何も言えなくなる。

「これ以上、迷惑はかけられないよ」

 そんなことはない、優路はそう言おうとした。些細なことだと伝えようとしていた。

 だが、それは許されない。

「でしょ?」

 優しい眼差しが語っている。

 厳しい自制心が拒んでいる。

 優路の気遣いを、西山自身が丁重に断った。



「意外と時間が経つのは早いね。そろそろご飯にしようか」

「……そうですね。いい感じに腹も減ってきましたし」

 明確な目的や必要な買い物がなくとも、適当にフロアを歩き眺めているだけで簡単に時間を消費していた。

 食事にするために、外に出ようとエスカレーターで一階へ下っていく。

 その間、優路は考え事に耽っていた。

 西山は明らかな問題を抱えている。諦めてしまったような表情や態度にそれが表れている。

 そうであるにも関わらず、当人は平然としている。暗い影が覗くのは唐突で、鳴りを潜めるのも瞬く間だった。気持ちの在り処が簡単に移り変わってしまう。その場その場の空気に合わせるように。フォローの言葉を用意する頃には、一転して陽気に笑っている。

 まるで他人事のようだ。

 見ていられない、力になりたいと優路は思っている。

 しかし、できることは数えるほどなかった。


 ――私はずっと分からない。自分がなんのために生きているのか。なんのために生きたいのか。そもそも意味なんてあるのかさえも。


 それは誰かが口出しできる範疇を越えた、各々が答えを出すべき問題だ。他人の意見が参考になることはあっても、その人の結論に取って代わることはない。

「ねえ」

 対処すべきだと知っていて。

 傍にいることが精一杯。

 自身の無力を、優路は噛み締める。

「ねえってば!」

 肩を揺すられていた。控えめに張り上げた声が届いた。

 それらが優路を思考の渦から現実に引き戻す。

「あ。えー、なんでしょう?」

「しっかりしてよ。ご飯の話だけど、できれば君が普段行くような場所がいいなって」

「そうなると、比較的安いファミレスになりますけど」

「大丈夫。普段通りの君と同じものが食べたいから」

 共感のできるような、及ばないような、優路には量りかねる理由だった。

「……いいんですか? 折角のデートなのに」

 尋ねると、西山はおかしそうに笑う。優路には洒落や冗談を言葉に含めた覚えがない。

「ちゃんとデートだって思ってくれてるんだ。嬉しい」

「ええと、それは……まあ」

 動揺する様子を見て、西山がまた微笑む。

 優路の調子は狂うばかりだった。

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