残骸サチュレイション・バラッド

畳屋 嘉祥

0 アウェイクニング




 無機がシぬ。錆びた金属の苦悶と絶叫が木霊する。

 有機がシぬ。構造体の破断に伴い赤色液が飛散する。


 繋がっていたものが離れていく。結ばれていたものがほどけていく。


 最初に落ちたのは右腕だった。

 巨木もかくやの鋼鉄腕が、根本からぼろりともげ落ちる。

 鋼鉄の悲鳴。肉片の飛散。


 次に左脚。

 巨体を支えてなお余りある強靭な脚部が、関節部から脆くもへし折れる。

 電子の断末魔。腿骨の粉砕。


 壊れていく、崩れていく。

 そのカラダの残骸が海面へと落ちるたび、叫びにも似た音と飛沫が空気を震わせる。

 分離・剥離・別離。

 イキモノをイキモノたらしめていた何かが無慈悲にも切り離されていく。

 無機の叫びが、有機の瓦解が周囲に満ちる。

 それは即ち、見まごうことなきシであった。


 立ち昇る水蒸気と黒煙が、鼓動する赤光に淡く染められている。

 息吹く赤は単なる呼吸に過ぎないというのに、その燐光は神々しくも禍々しく。

 突き出されたの掌から広がるのは、血色の残光。

 シを生んだ赤は幾条にも枝分かれ、霧の幕に血管を投影していた。


 彼女の単眼モノアイを介して映し出されるその光景に、呼吸が氷る。

 何を起こしたのかは分からなかった。でも何が起きたのかは分かってしまった。

 体が震える。心が凍える。感じていたのは恐怖、ただそれだけ。

 何に対してのものなのかなど言うまでもない。


 今この時、僕は理解してしまった。彼女が何のために在るのかを。

 それはつまり、僕が何のために在るのかという答えでもあり。

 視界が白む。体の震えが止まらない。


 そうであって欲しくはないと、願う心は芽生えた傍から摘み取られていく。

 目の前の事実はそれほどに鮮烈であり明瞭であり。

 現実から逃れる手段の何もかもを、いとも簡単に打ち壊してしまった。


 そして。


 彼女の体内コックピットで肩を抱いて震える僕へと届いたのは、致命の囁き。 


『……済まない』


 短い謝罪。一切の無駄を省いたそれは、あまりにも鋭い言葉で。

 スピーカー越しの鈴の音のような声は、あまりにも冷たく響いて。

 霞む、眩む、歪む。全ての価値が崩れていく。

 誰に語ってもらわずとも、その真実は僕の目の前にしっかりと存在していて。


 つまりは、そういうことなのだろう。


 端的に。僕は、彼女は、シを生むために生まれてきたのだと。


 誰に言われずとも、悟らざるを得なかった。




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